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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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77話

 翌日。

 昼食を済ませたあと、ソフィとアレクは『銀の狐亭』を発った。



「『エルフの森』までは、普通の人ならば一週間、我々の足でも五日ほどかかるでしょう。修業は旅の最中に行います。食料はこちらで用意しました。それ以外の、個人的な荷物につきましてはお任せします。ここまでが宿で確認したことですが、いざ出発してみて、他になにかご質問は?」



 昼時。

 王都の中を歩きながら、アレクがそんなように言ってくる。


 彼は普段と少し違う格好をしていた。

 とはいえ、エプロンがなく、大きな包みを背負っているだけだ。

 その包みが、あんまりにも大きい。


 ……なんだか修行開始当時の記憶がよみがえる。

 豆……

 いや、きっと、旅支度なのだろうとソフィは思うことにした。


 包みの大きさを気にしないことにしたって、腰の後ろに差した、やけに無骨なナイフが気になるものの……

 彼の規格外さを思えば、あまりにも普通の『旅装』と言えるだろう。



 昼時の王都を東へ進んでいく。

 この時間帯は外にも人が多い。

 石造りの街並みの中には、買い物や仕事で行き交う人々がたくさんいた。


 この人口密度で、ぶつからないよう人とすれ違うのは、慣れが必要だ。

 アレクは巨大な荷物を背負っているのに、スイスイと人波を通り抜けていく。


 様々な人種が住まう王都だが、こうして見ると、やはり人間が多い。

 ここはあくまでも『人間の王都』なのだと思い知らされるような気分だ。

 もっとも、ソフィからすれば――



「……自分の種族の王族がいる街に、他の種族を入れる人間は、なんと言いますか、リベラルです」

「エルフの森には、エルフの王族がいらっしゃるので?」

「……古くは、わたしの家系が王族にあたったらしいです。『おばけ大樹』に生け贄を捧げる風習は、数百年前、エルフの森の変事を鎮めようと自ら身を捧げたエルフのお姫様からきているらしいのです。わたしの曾祖母らしいです」

「ということは、ソフィさんはかなりの家柄なんですね」

「……血統だけはそうらしいです。今、森エルフは長老議会制です。歳をとるほど偉いという制度になっているです。血筋は関係ないです」

「民主主義ともちょっと違うみたいですね。年功序列主義、とでも言うのでしょうか」

「です。もともと、年齢の高い者に従う文化は、どこにでもあるみたいです。でも、森エルフのはちょっと過剰というか……今の最長老が二百歳後半なので、王朝時代のエルフを知っているのがいけないと思うのです」

「と、言いますと?」

「森エルフの政治はだいたい、『最も優れた美しき時代』である、『エルフ王朝時代』を見本に運営されているです。つまり、王朝時代を知っている、その長老の記憶を頼りに政治を行っているです」

「なるほど」

「……寿命が短かったり、老化があれば、きちんと若い世代が決まり事を明文化するはずなのです。人間みたいに。でもなにがあってもその長老の『記憶』を頼るから、なんでもかんでも長老が決めるです」

「専制君主制と変わりませんね」

「昔から今の森エルフは頭おかしいと思っていたので、人間の政治をちょっと調べたのです。森にいたころ、我々は『人間は寿命も耳も短く、見た目も美しくない劣った種族』と言っていたのですが、なかなか、制度作りにかんして、人間はエルフのはるか先にいるのです」

「先なのか後なのか、正しいのか間違っているのか、政治にかんして俺はなにも言えませんが……生け贄制度を残すという点だけ見れば、今の森エルフは間違っているように思いますね」

「です」

「たぶん、あなたと同意見のエルフも多いのでしょう。たとえば、森の見張りをしているエルフなどもそうかもしれませんね」

「…………会話でもしたですか?」

「いえ、事実関係から考えて、そうではないかと」

「……どういう意味です? 見張りのエルフは……あの人たちだって、妹が生け贄に捧げられる際に、反対をしてはくれなかったです」

「失礼。今のは完全に予測でした。機会があれば裏付けをとって、その時にご説明させていただきたく思います」

「ですか……?」



 あまり根拠がある発言には思えなかった。

 こちらを気遣ってくれたのかもしれないとソフィは思うことにする。


 しばし雑談をしながら歩いていると、王都の東門が見えてきた。

 立派な門だ。

 古くは軍隊を通行させることも多かったらしい。



「あの門は、今よりもダンジョンの動きが活発だったころ、漏れ出てきたモンスターを押しとどめるために作られたようですよ」

「……ダンジョンからモンスターが漏れることなんか、あるですか?」

「あったようですね。今はほとんど見られませんが。ダンジョンにはそれぞれ、『モンスター回復数』と『モンスター上限数』があるのはご存じでしょうか?」

「知ってるです。『どのぐらいの頻度でどのぐらいモンスターが増えるか』と、『最高でどのぐらいの数まで増えるか』です。こんなの、常識です。馬鹿にしてます?」

「いいえ、一応、確認を。一例を挙げますと、『入門者の洞窟』での『秒間五匹増える』『最大で五百匹まで増える』というのが、その話ですね。まあ、秒間五匹というのも、最大五百匹というのも、実はなかなか例を見ないほどの過剰な多さなのですが」

「はいです」

「実は上限数に達していても、『モンスターを増やそうとする力』は働き続けているようなのですよ」

「……つまり?」

「上限数に達したまま、長いあいだ放置されると、モンスターがダンジョンから漏れます」

「…………」

「今はギルドや王室ダンジョン調査局がしっかりと管理して、定期的にモンスター討伐クエストを出しているので、モンスターが漏れる危険はかなり低いですが、昔は管理もずさんで、未発見ダンジョンもかなりあったので、それなりに危険だったようですね」

「……それで人間の街は壁に囲まれているですね」

「エルフの森は、どうでした?」

「です?」

「いわゆる森エルフが居住区にしている森の内部に、『おばけ大樹』はありました。しかも俺の計測で恐縮ですが、ダンジョンレベルは百五十です。長いあいだ、モンスターの数が上限数に達したまま放置されていたのではないのですか?」

「つまり、アレクさんは、『エルフの森の変事は漏れ出たモンスターの仕業ではないか』と考えているですか?」

「そうですね。今ある情報ですと、その可能性が一番高いように思えます。まあ、まっとうに変事が起こったとするならば、ですが」

「どういう意味です?」

「モンスターが漏れ出たならば、生け贄を捧げた程度で治まる理由がわからない」

「……」

「ダンジョンからモンスターが漏れてきた場合、そのモンスターを退治する以外に『変事』を治めることは不可能だと思われます。生け贄を捧げただけで治まるはずがない。そのことがどうしたって気がかりです」

「……です、か」

「もちろん、あなたのお母様や妹さんが、『おばけ大樹』のモンスターに対応できるほど強かったのなら話は別ですが」

「……さすがにそれは……二人とも、今のわたしより弱いのです」

「もしくは王族の血脈に眠る不思議パワーがなんかした、みたいな話でしょうか?」

「……たしかに王族の血筋には不思議な力が宿る、というお伽噺はよく聞くですが」

「まあ、お伽噺ですね。ちなみにその『変事』は誰がどのように『変事』だと判断するのでしょうか?」

「……それは、長老議会が」

「なるほど」

「なにかわかったですか?」

「ええ。けれど、まだ予測段階です。それに、あまり気分のいい話ではありません。俺はこういう時、どうしたって人の悪意を疑いますからね」

「……悪意」



 悪意は、たしかにあったのだろう。

『生け贄にされる、まだ若い少女を黙って見送る』。

 これだって、消極的ではあるけれど、その少女の家族としては、悪意を感じる。


 ……その悪意なら。

 自分も持っていたのだろうと、ソフィは思う。

 だって、必死に止めたけれど、けっきょく止めきれなかったのだから。

 そもそも。



「……生け贄制度の時点で、悪意は、あるのです」

「そうですね。いずれたしかめる機会もあるでしょうが……そんな先のことは置いておいて、今は目の前のことをしましょうか」

「目の前のこと、です?」

「修業ですよ」



 にこり、とアレクが笑う。

 気付けば、もう、王都の外に立っていた。


 あたりには広大な草原が広がっている。

 吹き抜ける風は、かすかな湿り気と、暖かさを帯びていた。


 寒い季節は終わり、温かな時期がやってくる。

 時節の移り変わりを全身で感じて。

 でも、ソフィは寒気を覚えた。



「……道中でやるらしい修業の説明を、そういえば、されてなかったです」

「はい。とはいえ、今回は大したことはやりません」

「嘘です。アレクさんがそう言う時は、だいたい心を折りに来る時です」

「俺は人の心を折りにいったことはありません」

「……」

「お話しする過程で折れてしまうだけです」

「折ってるじゃないですか!」

「いえ、でも、修業で人の心が折れたことはないですよ。だいたい、人の心が折れる時は、人の人格を矯正する時だけですから」

「嘘です! 嘘に決まってます! その言葉、宿屋のみんなの前で言えるですか!?」

「言えますよ」



 にこり。

 その笑みには、なんら自分に恥じることのない、堂々とした雰囲気があった。


 この人は、本気でそう言っている。

 本気で心を折ったことがないのだと、そう言っている。


 あと、『人格を矯正』のあたりは怖すぎるので聞かなかったことにする。

 さらりと普通にホラー発言をするのが、アレクの数ある悪い点のうち一つだった。


 ソフィは色々な反論を飲みこむ。

 それから。



「……それで、どんな修業をするですか?」

「はい。第二段階なので、やはり、特技のマスターを重点に置いてやっていきます」

「……敵はやっぱり、アレクさんですか?」

「そうですね。俺が仮想敵の役をやらせていただきますよ。今回は旅路で行うので、ちょっと趣向を変えます。慣れが出ると必死さが薄れて、修業効率が落ちますからね」

「……ですか」

「それで修業内容ですが、旅の中で食事をとりますよね」

「です」

「食料は俺が持っていますね」

「です」

「なにかを食べたい時は、俺から力尽くで奪ってください。それが、修業です」

「…………」

「必死になった時、人のステータスはよく伸びます。食料がかかれば、さぞかし必死になってくださることでしょう。手段は問いませんよ。ルールは以前、俺に一撃加えていただいた時と同じですね。ただ、あの時と違って、今回は『対応』します」

「…………『対応』?」

「はい。ですから、知恵と技能を尽くしてください。足りないようなら習得してください。もっとも、俺から食料を奪おうとする過程で、技能は習得できるものと、考えていますよ。試算ですと旅路で一回は食事がとれるでしょう」

「…………あ、あの、お腹が空いた状態で、険しい山道を抜けるですか……?」

「お腹は空きませんよ。食料を奪うことができればね」

「……」

「ご安心を。あなたが食べないあいだ、俺も食べませんから。俺に有効打を与えるか、俺の管理下にあるリュックに手を触れることができた時点で、食料を差し上げます。他に質問は?」

「許してくださいです……許してくださいです……わたし、そんな、そんな仕打ちうけるほど、悪いことはしてないつもりです……お腹が空いて死ぬか、アレクさんに殺されるかなんてそんなこと、そんなこと……」

「ああ、そうそう。死ぬといえば、セーブは一日の始まりに一度だけ、していただきます。移動速度を考慮した結果、我々が一日で進むことのできる距離が、もしセーブポイントに誰かが近付いた時、俺が瞬時に対応できる距離になりますので」



 その理屈だと、ソフィが一日かけて進む距離を、アレクは瞬時に移動できるということになりそうな気がしたのだけれど……

 アレクなら不可能ではないだろう。

 彼は、化け物だから。


 その化け物から、食料を奪わないといけない。

 五日間、あるいはもっと長い時間、険しい山道を歩く旅程。

 ソフィは震えながら、涙をこぼす。

 そして、笑った。



「……あはははは……やだやだやだ」

「楽しそうで結構。道中、色々と環境が変わると思いますから、試行錯誤をしてみてくださいね。地形の利用は弓師にとって特に重要な技能です。ああ、言うまでもなく、死んだらセーブポイントから復活ですので、旅程は延びます。俺はあなたが手の届く範囲に入らない限り反撃しませんので、『リュックを奪う』より『有効打を当てる』方をおすすめしますよ」

「あは……も、もう、あはっ、む、無理、無理……あははは」

「そんなに面白いですか? ああ、そうそう、長ければ二週間ほどの旅路になるかもしれませんからね。俺の計算では十日前後ですが……予定外のことがあってもいいように食料は持ってきましたよ」

「……」

「ちなみに、旅の食料といえばこれですね。軽くて、安くて、お腹にたまる」

「…………あははっ、な、なん、です?」

「炒り豆です」

「…………」



 こわばった笑顔のまま、ソフィは何度も首を横に振る。

 目からは止めどなく涙が流れていた。

 でも、アレクは笑っていて。



「では行きますか」



 ソフィは、笑顔のように顔をこわばらせたまま、涙を流すだけだった。

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