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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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75話

「ああ、天井に立っていたのは、一歩一歩、ダンジョンの内壁に足を突き刺しながら進んでいました。ドシンドシンという音は耳にとどいていたのでは?」



 修業を終えて、アレクはそんなネタバラシをした。

 もうどうでもよかった。


 あたりは昼時をやや過ぎたぐらいだろうか。

 昼の光はもうすぐ陰ろうとしている。

 切り立った山々の稜線で、光はまばらに欠けていた。

 修行開始から二日半ほどが経っている計算になるだろう。

 彼の予言通り、修行開始時点から数えて『明後日の夕食』には間に合いそうだ。



 ソフィは顔に妙な笑みをはりつけていた。

 表情がこわばって、変えることができないのだ。


 その笑顔をどう解釈したのか。

 アレクが、言う。



「楽しいでしょう?」

「あは?」

「できることが増えるというのは、楽しいものですよね。この修業であなたは、二つの特技をマスターしました。一つは弓師にとってもっとも大事な、『高速矢』の特技。もう一つは、魔力を素早く必要な部位にこめる『高速チャージ』です。どちらも接近を許してはいけない職業である弓師にとっては、重要なスキルですね」

「……」

「第二段階の修業は、このように、特技のマスターをメインに据えてやっていきます。レベル百程度までですとステータスを伸ばした方が強さが実感しやすいので、今まではあまりやってきませんでしたが、これからどんどんできることが増えて、楽しくなっていきますよ」

「……」


 レベル百程度、とか頭がおかしい発言があった気がする。

 なるほど、彼にとって、レベル百は『程度』なのだ。


 楽しくなるより、笑うしかできなくなる方が早い気がした。

 なるほど、第二段階。

 今までのモンスター相手の無茶な修業が、生易しく思える。


 最強の敵はダンジョンにいるのではない。

 宿屋にいたのだ。


 その最強の敵。

 宿屋『銀の狐亭』のダンジョンマスターが言う。



「明日の昼までお休みとしまして、そのあいだに旅支度を整えてください」

「旅支度……です?」

「はい。残りの修業は『おばけ大樹』に向かいながら行います」

「……つまり、エルフの森に向かうですか」

「はい」



 エルフの森は、王都からずっと北東に向かった先に存在している。

 切り立った険しい山脈のあいだに、突如として木々の生い茂った美しい土地があるのだ。

 そここそが、『エルフの森』。

 伝統や格式を重んじ、エルフ以外の種族との交友を持ちたがらない、古いタイプ……いわゆる『森エルフ』たちが住まう場所だ。


 探索を目的とするダンジョン、『おばけ大樹』は、エルフの森の中央にそびえ立っている。

 そして。

『おばけ大樹』に挑むには、ダンジョンレベルよりもっと厄介かもしれない問題があった。



「……忠告させてもらうですが、エルフの森は、普通、他種族はおろか、街に一度でも下ったエルフは入れないです」

「そうですね」

「アレクさんなら『正面から堂々とこっそり入る』ことができるかもですが、わたしにはたぶん、難しいです」

「そうですね。見張りエルフの方々のステータスを拝見しましたが、今のあなたでも、彼らに捉えられずに侵入するのは、難しく思いましたよ」

「アレクさんは顔が広いみたいですけど、森エルフの知り合いはいないです?」

「そうですねえ。他種族を完全にシャットアウトしている、種族ごとの独立国家みたいな場所には、さすがに伝手を作りにくくて。どうにかがんばってはいたんですけれど、現在伝手があるのは、獣人族と魔族ぐらいでしょうか」

「……獣人族と魔族に、エルフの森的な独立国家があるですか?」

「この二つの種族はキャラバン形式ですね。移動都市と申し上げますか。一箇所に定住するタイプではありません」

「なるほどです。でも、人間が他種族のキャラバンに伝手をもつのも、すごいことです」

「獣人族の『猫球旅団』からは大事なお子さんをたくされてもいますし、絆は確かですね。魔族の方はまあ……師匠の伝手、と言いますか。一回しか一緒に遊んだことはないけど一応フレンド登録だけはしておいた、みたいな関係ですかね」

「わからないです」

「向こうがサーバーを立てる時など、たまに声がかかったりします」

「わからないです」

「ともあれ、森エルフに伝手はありませんので、自然、強引な侵入方法になりますね」



 強引な侵入方法。

 不安を覚えないでもないが、彼の修業よりは楽だろうとソフィは思った。

 洗脳されているのかもしれない。

 少なくとも精神改造はされているだろう。


 それでも。

 まだ、懸念はある。



「でも、まだもっと厄介な問題があるですよ」

「なんでしょう?」

「『おばけ大樹』は神格化されているです。踏み入ること自体が『森に祟りが起こる』とかでいけないとされているですよ。見張りも、厳重です」

「そうでしたねえ。でも、あなたの妹さんは入られたのでしょう? ということは、見張りの意識に入る人でも侵入できるような経路があるのかと、思ったのですが」

「見張りの意識に入る……? 入らないことがありえるみたいな……いえ、まあ、もうあなたの発言にはつっこまないです。えっと、妹は、その……妹というか、うちの家系がちょっと特殊なのです」

「とおっしゃいますと?」

「エルフの森のベル家といえば、巫女の家系なのです」

「……巫女、ですか?」

「はいです。森に大きな変事が起きた時など、生け贄として『おばけ大樹』に捧げられる家系なのです。不思議なことに生まれる子供は女性ばかりですから、巫女、と」

「なるほど」

「子供を産んだ女がいた場合は、その女が捧げられるです。母は、そうして死にました。姉と妹がいた場合、年齢の若い方が捧げられるです。妹はそのように」

「…………」

「わたしは、子供を遺す役目があるですから。……それも嫌で、飛び出したのです。森エルフは頭おかしいです。一人の犠牲で森の異変が治まるだなんてありえないです」

「実際には、どうだったのですか?」

「………………治まってきた実績があるのです。困ったことに」

「非論理的ですね」

「です」

「原因なくして結果はないと、思いますよ。愚考いたしますに、森の変事とは、そもそもダンジョンが原因である可能性が高かったのではないですか? 日本でも、神が原因の災害を治めるため、その神に生け贄を捧げるなんていう昔話もあるぐらいですし」

「……ええっと、たぶん、そんな感じだと思うです」

「しかしその話が本当だとすると、妹さんの遺品は、ダンジョンマスターの部屋にあるかもしれませんね」

「なんでです?」

「生け贄ってだいたい『神』に捧げられるものでしょう? ダンジョンマスターはダンジョンにおける創造神じゃないですか」

「……なるほどです」

「加えて、俺がマッピングした場所にそれらしいものが見当たらなかったというのも、理由ですね。俺が踏み入っていない部屋はダンジョンマスターの間ぐらいだと思いますし」

「ま、マッピングなさったのです?」

「お役に立つかと思いまして。ああ、宝などには手をつけていませんからね」

「そ、そうですか……ちなみにダンジョンマスターの部屋に行ったら、そいつを相手取る可能性は高いと思うですが、その場合、修業内容は変わるですか?」

「いいえ。捜索しているものがダンジョンマスターの部屋にある可能性がゼロではないというのは最初から思っていましたので、ダンジョンマスターと対面することになっても大丈夫なように想定して、最初から修業しています。修業を終えれば制覇は可能ですね」

「……です、か」


 ソフィは悩む。

 もし、アレクの推察通り、『おばけ大樹』が原因で巫女なんていう制度が生まれてしまったとしたならば。

 そのダンジョンを制覇することで、今後、自分の家族みたいな犠牲者を出さずにすむのかもしれない。


 森エルフのもとでの生活に、あまりいい思い出はない。

 でも、それは。

 仲良く遊んでいた仲間たちが、妹が生け贄に捧げられる時、止めてくれなかったからだ。


 どんなにうわべで友達のように振る舞ったって。

 慣習や長老衆の権力の前には、かばっても、味方しても、くれない。

 伝統と格式で腐り果てた森エルフ。

 ……いい思い出がない、というよりも。

 よかった思い出ですらも、妹を生け贄に捧げる時に誰も味方してくれなかった事実によって悪い思い出に転化してしまった、だけだ。


 もし慣習自体をどうにかできたならば、それはきっと、いいことだろう。

 ……妹が好きだったエルフの森を、もっといい場所に変えられるかもしれない。

 でも。



 悩みは尽きない。

 いくら考えても、頭の中だけでは結論が出ないような気がした。


 そんなソフィを見かねたのかもしれない。

 彼が笑う。

 こちらを気遣うように。



「とりあえず、宿に戻られますか? お疲れのようですからね」

「そ、そうです……考えてみたら一日以上食事も睡眠もせず……お、思い出したら、急に、すごい疲労感が……」

「大丈夫ですか? なんでしたら、眠ってしまわれても、いいですよ。俺が背負って帰りますから」



 男性が、自分を背負って帰る。

 その申し出を受けたことは、初めてではなかったりする。


『銀の狐亭』に来る前にも、冒険者をやっていた時期はあるのだ。

 そういう時、たまたまダンジョンで一緒になった他の冒険者にやたらとそう申し出られたことがあった。


 いやらしい目つきを思い出してしまう。

 あの、ねばついた、悪意でもなく、敵意でもなく、しかし害のある視線を、ソフィはなかなか忘れることができない。


 だから、男性と二人きりの状況で意識を失うことは、彼女にとって非常に恐ろしいことだ。

 でも。



「じゃ、じゃあ、お願いするです……実は、立っているのも、つらいですから」

「そうですか? しかしみなさん、ダンジョンでの修業後はお疲れですね。HPはロード時点で回復してるはずなんだけどなあ。数値に出ない疲労があるんでしょうか?」

「そもそも疲労は数値に出ないです……」

「俺には見えるんですけどねえ。人はステータスだけで語れない部分もあるのかなあ」



 ボリボリと頭を掻く。

 そして、かがんだ。


 ソフィはその背中に体重をあずける。

 あまりに軽々、彼は立ち上がった。


 ……そういえば、これから山道を下っていくはずだけれど。

 まあ、彼なら大丈夫だろう。


 人に対するものというか、なにか巨大な生き物に対するような信頼感。

 それを抱いて、ソフィは眠りに落ちる。


 ――久々に。

 故郷で、自分の家が背負っている不幸に気付く前。

 まだ楽しかったころの夢を、見た気がした。

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