65話
ソレは混乱していた。
扉を開いたのだ。
見つかるのは、仕方がない。
けれど、ここは王宮だ。
警備も多く、女王の部屋までたどり着ける侵入者など、そうそういない。
だから、近衛兵たちはきっと、自分の来訪に戸惑い、おどろくだろうと思っていた。
しかも予告状まで出ているという話なのだ。
きっと、演説会の時の襲撃を予想して、日付が変わったばかりの今は油断しているはずだった。
だというのに――見事としか言い様のない、迎撃を受けた。
ソレは己が優れた存在であると疑っていなかった。
くぐり抜けた、いつ死んでもおかしくないような修羅場が、ソレの自信の源だった。
だから、ソレは知らない。
近衛兵たちはみな、『いつ死んでもおかしくないような修羅場』どころではなく、『必ず死ぬような修業』を終えた猛者たちだったのだと。
予定外の出来事に、ソレはおどろく。
けれど、すぐさま冷静な思考を取り戻した。
近衛兵は、要人警護が仕事だ。
つまり、要人が狙われれば、身を挺して守る。
ソレはおどろきながらも、本来のターゲットに目を向けた。
金銀財宝で散らかった部屋の中央。
高級そうなソファに横たわる、うまそうな肉のカタマリ。
女としても、きっと美味だろう。
けれど、その命の味わい、失った時国民の心に開く空洞といったら――
想像しただけで、たまらない。
ソレは無骨なナイフを握る。
おおよそ、刃物としての用途を為していない、分厚い金属のカタマリ。
毛皮のマントをたなびかせ、ソファに寝そべったまま微笑を浮かべる女王へ攻撃を開始――
する、と見せかけて。
本当の狙いは、女王を守るため飛び出してくる近衛兵だ。
狙い通り、近衛兵は女王を守ろうと動く。
黒髪。
小柄。
きっとまだ、成人してもいない。
――その将来を想像する。
明るく幸福な未来を思い描くことができた。
だからソレは、女王と自分のあいだに割りこんだ近衛兵の首筋に、万感の思いをこめて、ナイフを突き立てようとする。
しかし。
「お見通しであります!」
美しい、紋様の刻まれた剣で、ナイフを阻まれる。
まるで最初から、自分が狙われるとわかっていたかのような対応。
ソレは混乱を強める。
目の前の、まだ幼い近衛兵。
彼女の動きは要人を守る者のそれではない。
周囲から満遍なく迫る敵意を、敏感に察知する者。
狙いが自分なのか、それとも他の誰かなのかを、鋭敏に感じ取る者。
まるで。
ダンジョンに挑む冒険者のような。
二つの予想外。
襲撃を予測されたこと。
狙いを察知されたこと。
そして。
そして――三つ目の、予想外。
近衛兵が。
異常に、強い。
「……チッ」
ソレは、襲撃前に立てたプランがなに一つ役に立たないと判断した。
素早く撤退を開始する。
近衛兵たちは、追ってこない。
当然だろう。
向こうは襲撃者が一人きりだとは考えていないはずだ。
そして、主な任務は要人の警護である。
だから女王の警備を薄くしてまでおいかけてはこないだろう。
ソレはそこまで判断し、一目散に逃亡した。
城内を通り。
城を抜け。
ねぐらへ帰るべく、走り続ける。
自分を追う気配はない。
今日の襲撃が失敗した理由は、あとでじっくり考えればいい。
だから――帰ろう。
勝手に予告状を出した師に、文句の一つも言ってやりたい。
そう思いながら、ソレは駆ける。
その後ろ姿を。
音もなく、狐面をかぶった者が、追っていた。




