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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
四章 トゥーラの近衛兵入隊

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58話

 翌日。

 朝食を済ませたあと、トゥーラとアレクはあるダンジョンに来ていた。



 街の南側。

 世界の果てと呼ばれる絶壁を少しはしごでくだった場所に、そのダンジョンは存在する。


 そこは『立ち入り禁止』とされている迷宮だ。

 見た目はなんでもない、岩の裂け目のような洞窟入口。

 ダンジョンだという前情報がなければ、普通の洞窟だと思うだろう。


 しかし、今はその裂け目の中央に、看板があった。

『このダンジョン、入るべからず』。


 ……普通、ダンジョンの難易度はレベルで表わされる。

 そしてそのレベル制において、ダンジョンレベルの最高は百とされていた。

 それ以上は測定が不可能だからだ。


 だというのに――『二百』。

 最高値の倍もある、ふざけた難易度。


 なるほど『立ち入り禁止』。

 ようするに、既存のレベルに照らし合わせるのが馬鹿らしいほど難易度が高いダンジョンだということだろう。

 その名も。




「『死の虚』」




 アレクは、言う。

 笑顔のまま。



「調査に入ったレベル五十の冒険者三名を含むパーティーが、帰ってきませんでした。その後、救出に向かった、近隣では最強とされるレベル六十の四人パーティーが、半壊しました。四人のうち二人が死亡、一人が片腕を無くす大怪我だったという話です」

「残る一人は、どのような状態だったのでありますか……?」

「発狂」



 にこり。

 変わらぬ笑顔のまま、アレクは言う。


 トゥーラは身震いした。

 底が霞んでまったく見えない、断崖。

 そこにある、二人並べばもうギリギリという、わずかな足場。

 吹き抜ける強い風。


 先ほどまでただの裂け目に見えたダンジョンが、不気味な獣の顎に見える。

 トゥーラは、おそるおそる、続きを促す。



「は、発狂、とは……」

「文字通りです。生きてはいましたが、正気を失い、まともな生活が送れない状態となりました。症状としては光をひどく恐れる状態ということですね。その発狂した男性は、しばらく療養していましたが、そのうち、自ら目をつぶしたそうです」

「…………」

「というのが、これからあなたに挑んでいただくダンジョンですね。ご質問は?」

「えっ、挑むの……?」

「そういう修行だと、ご説明しましたが」

「お、おうち、おうち……かえ、かえ、おう、おうち」

「帰ります?」

「お、おう、う、うー……! かえ、かえ……! かえっ! り、ま、せん……」

「まあ、このまま送り出すのも酷ですので、攻略情報をお伝えしましょう」

「あう?」

「前に俺がこのダンジョンに入った時の話です」

「は、入ったのでありますか!?」

「はい。難易度が高かったり測定しにくかったりするダンジョンは、だいたいギルドマスターから依頼を受けて俺が調査しています」

「…………」



 なるほど。

 もとから狂っていれば発狂しないという、ギルドマスターの見事な判断である。



「このダンジョンの敵は、壁です」

「……かべ?」

「はい。正確には、壁に同化したモンスターが、主な敵ですね。基本的に内部は暗いのですが、その中で『光る目』が見える時があります。その目に見つかると死にます」

「……見つかっただけで、でありますか?」

「失礼。見つかると、レベル百以下の冒険者は、たぶん勝てなくて、死にます」



 レベル百以下。

 ようするにこのあたりの冒険者全員だった。

 なるほど『見つかると死ぬ』は間違いではない。



「そのモンスターは、あらゆる気配を察知し、壁を高速で……這う、と言うのでしょうか? それとも滑る、と言うのでしょうか? とにかく、壁と同化しながら襲ってきます」

「あらゆる気配、でありますか」

「聴覚は、足音、呼吸音はもちろん、心音や衣擦れの音まで。視覚は、どんな些細な光でも捉えますから、明かりは点けられません。『光る目』に捉えられればその時点で完全に終わりです。あとは、どこであろうと、壁に触れれば察知されますね。床と天井は大丈夫でした」

「……」

「ちなみに、そいつの殺し方は『取り込んでゆっくり消化する』なので、自害用のナイフは持っていった方がいいですね。まあ別にロードする方法もあるのですが、この修業に限っては死んでいただかないといけないので」

「………………」

「修行の内容は以前にご説明しました通り、『あるものをとってくる』ですが、その『あるもの』はダンジョンマスターの部屋の前に置いておきました」

「ということは、教官どのは、最近、このダンジョンの最奥部まで行ったのでありますか?」

「今朝、朝食の前に少し」



 話だけ聞いていると、朝ご飯の前にジョギング感覚で行ける場所には思えない。

 トゥーラの中のアレクが、どんどん『人』というカテゴリから外れていく。



「きょ、教官どのであれば、このダンジョンを制覇できるのではありませんか? こんな、危ないダンジョン、早く制覇してしまってほしいのでありますが……」

「うーん。でもですねえ、一応、『こんだけ高めに設定しておいたら誰も入らないだろう』という意味で『レベル二百』のダンジョンとされていますけれど、実際は百七十とかそのへんなんですよね」

「……」

「そこまで危険じゃないっていうか。モンスターの増え方もゆるやかですし、最大モンスター数も三匹だけですから、放っておいても別にいいかなって」

「教官どの、少しよろしいでありましょうか」

「なんでしょう」

「あんたの常識おかしいですよ! 普通! レベル百七十は! 人類が総力をあげてつぶすべき脅威です!」

「でも隠密能力を上げるのに一番いいダンジョンなんですよね」

「修行より大事なことあると思います!」

「まあ、なにが大事かは人によりますからね」

「……」

「俺にとっては、修行より大事なことはそこまでないです。強いて言えば、三つだけです」

「な、なんでありましょうか」

「妻と娘」

「………………」

「三つというのは、娘が双子だからですよ」

「教官どのが普通の人みたいなこと言うと、ものすごい違和感であります……」

「俺は普通のことしか言いません。前世はよく、つまらない人間だと思われていました」

「……教官どのの前世とやらは、よほど周囲に面白い方が多かったのでありますね」

「どうでしょうね。もうずいぶん昔のことなので、記憶もあいまいです。それより現在の話を続けてもよろしいですか?」

「現在?」

「ははは。修行に決まっているでしょう」

「おうちに帰して」

「帰ります?」

「か、かえ、かえ、かえ、帰らない、帰らないで、す」

「あなたの『近衛兵になりたい』という気持ちは固いですね。体感で言いますと、この修行の説明の時点で、十人中九人が帰宅しますよ」

「あ、あの、それだけ修行の難易度がおかしいのだと、お思いになられないのでありますか?」

「え? 別にダンジョンを制覇しろともモンスターを倒せとも言っていませんけれど? みなさん妙に怖がられますけど、難しいことは別にないですよ」

「でも、そんな、あらゆる気配を察知して、しかも見つかると消化して殺される相手のいるダンジョンに挑ませるなどというのは、少し、常軌を逸していると言いますか」

「だから、自害用のナイフをおすすめしたでしょう?」

「…………」

「大丈夫。死ねば、入口からやり直せますよ。傷一つない状態でね」

「………………」

「それに消化というのは、案外そこまで痛みはないですよ。痛いのは、俺の耐久力でもほんの十数分ぐらいでしょうかね。あとはもう、気持ちがいいぐらいです。でも装備が溶けるのは困りものなので、自害をおすすめしているだけですよ」



 体感した者の口ぶりだった。

 トゥーラは今まで、この人は頭がおかしいんじゃないかと思ってきたが……

 違うようだ。

 頭がおかしいとか。

 精神が異常をきたしているとか。

 そういう表現でくくってはならない、もっと危ないなにかだ。


 トゥーラの中で『帰りたい』という気持ちが順調に高まっていく。

 けれど、歯を食いしばってから、言う。



「じ、自分は、やります。やってみせます。絶対に、近衛兵になるのであります。そうして女王陛下のご恩に報いるのであります」

「ルクレチア様が、あなたになにをしたのか、おうかがいしても?」

「五年前、自分の家がひどい冤罪で取りつぶされそうになったところを、ルクレチア様とその近衛兵のみなさまに、救っていただいたのであります」

「五年前?」

「『はいいろ』という暗殺者が、陛下のお命を狙った事件であります」

「……あー……アレか」

「ご存じなのでありますか? 我が家は、その『はいいろ』を雇ったという冤罪で取りつぶされそうになっていたのであります」

「はい、はい。存じ上げておりますよ。たしか貴族同士の権力闘争で、『はいいろ』はおろか本当は暗殺者すら雇われていなかったというオチがつきましたね」

「大まかには女王陛下の近衛兵が調査をし、そう解決したということなのでありますが……自分にとっては少々違う側面があるのであります」

「と、申しますと?」

「自分はその時、どさくさに紛れて拉致をされたのであります」



 トゥーラは思い出す。

 家人がみな、自分の家にかけられた『女王暗殺を企てた』疑いを晴らすため奔走していた時だ。


 まだ幼かったトゥーラは、なにもできないことをもどかしく思っていた。

 そんな時――秘密の情報があると、もちかけられたのだ。


 今ならば乗るはずのない話。

 だけれどトゥーラは乗ってしまった。

 そこで、待ち合わせ場所に、誰にも告げずに一人で行ったら――

 一連の事件の犯人となる、トゥーラの家をつぶそうと画策していた貴族に、拉致された。



「……その時、自分を救い出してくださったのが、調査をしていた近衛兵のみなさまと、陛下でありました。その活躍に、当時幼かった自分は憧れ、近衛兵を目指したということであります」

「なるほど。そういうことでしたか」

「自分や両親が路頭に迷わなかったのは、陛下のお陰であります。そしてもちろん、自分が今、五体満足でいられるのも……自分は、陛下のためであればこの身命をなげうつ覚悟であります」

「では、がんばれますね」

「もちろんであります。どのような困難にも、立ち向かってみせるのであります」



 トゥーラは決意を思い出す。

 そして、勇気を奮い立たせた。


 死ぬかもしれない。

 でも、この修行で人生が終わることはないのだ。

 身命を賭して、行なう。

 身命が尽きたところで、また、やり直せる。


 よく考えれば。

『身命を賭す』という覚悟を、実際に示せる、このうえないいい機会だ。

 と、女王陛下のことを考えていたトゥーラは、思い出す。



「そういえば、女王陛下から手紙などは」

「……そうなんですよね。今回はどうにも、お返事が遅くて。申し訳ない。今日はなにもいただいていません」

「お忙しい方なので、仕方ないであります。教官は悪くないのでありますよ。では、自分は修行に行くのであります。セーブポイントを出していただきたいのであります」

「それでは――ああっと、危ない危ない。大事な連絡をしていませんでした」

「はい?」

「ダンジョンの奧でとってきてもらうもののことです」

「なるほど」



 そういえばそうだ。

 なにかもわからず対象の物品をとってくることは、不可能だ。



「なんでありますか?」

「はい。まず、手順の確認ですが、心音、足音、呼吸音を可能な限りおさえた状態で、明かりをつけずダンジョンの奧まで行っていただきます。やることは『足音に気をつけつつ、緊張などせず平静をたもったまま、出会うと死ぬモンスターのいるダンジョンを歩く』ですね」

「……その時点で……い、いえ、大丈夫であります。やるであります」

「そして、最奥でとってきてもらうものは、これです」



 と、アレクが片手を差し出す。

 その上には、なにかが乗っていた。


 それは。

 金属製の、赤いリボンのついた――



「鈴、でありますか?」

「はい。この鈴が最奥部にたくさん置いてありますので、一つでいいですから、取ってきてくださいね」

「……あの、教官どの、鈴は、鳴るのでありますな」

「そうですね。鈴ですので」

「心音も呼吸音も可能な限りおさえ、明かりもつけずに行ったダンジョンの最奥部で、鈴をとってくるのでありますか?」

「はい。ああ、鈴はこのようにリボンがついておりますので、耳にひっかけてください」

「あの、教官どの、鈴は、鳴るのでありますが」

「そうですが……?」



 鈴が鳴るのは当たり前、みたいな顔をされた。

 当たり前だけれど。



「あの、いくら自分が平静をたもてていても、鈴は揺れれば音が出るのであります」

「はい」

「……その、帰り道は、不可能では?」

「体軸をぶらさずに歩けば大丈夫ですよ」

「……」

「大丈夫です。行きで完璧な隠密歩行ができていれば、自然とそのころには体軸が安定していますからね」

「え、えっと、で、でも、失敗とか、してしまう場合も、あると思うのであります。風とか、突然吹いたりしたら……」

「風は、読んでください」

「…………」

「他に質問は?」

「………………も、もし、鈴を持った状態で死んで、ロードしたら、その場合は……」

「もちろん、やり直しですよ」

「……」

「そのために、今朝、鈴をたくさん置いてきましたからね」

「………………」

「他に、質問は?」

「おう、おう、おうっ、おう、おうち、おうち、かえ、かえ……」



 ガクガクと全身が震える。

 恐怖のあまり、口が勝手に『帰る』と言いそうになるのを、全力で押しとどめる。


 その結果、声は止まってくれた。

 でも、代わりに、目から涙があふれてきた。


 アレクは笑う。

 優しく。



「修行、やめておきますか?」



 それは、禁断のささやき。

 トゥーラは泣きながら、何度も何度も首を横に振る。



「結構。では、セーブポイントを出しますね」



 アレクが片手をかざす。

 出現するセーブポイント。

 トゥーラはガチガチと歯を鳴らしながら、言葉を絞り出す。



「せっ、セーブ、します……!」

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