54話
翌日。
トゥーラはいつもの習慣で、朝早く目覚めた。
周囲を見回す。
やたら寝心地のいいベッド。
大きい鏡のはまった鏡台。
壁に埋め込み式になったクローゼット。
ここは『銀の狐亭』。
昨日聞いた修行の話は全部、悪い夢で――
目覚めたら、兵宿舎に戻っている。
そんな思いはどうやら、叶わなかったようだった。
「……ああ、そういえば、遺書を記して両親にとどけないと、いけなかったのに」
昨日は、うっかり眠ってしまった。
大きなお風呂。
寝心地のいい、温かなベッド。
明日から――つまり今日からの修行が不安で枕に顔をうずめて泣いていたら、寝てしまった。
顔を覆う。
女王陛下の近衛兵になるために、がんばってきた。
その道が険しいことだって充分に承知していたつもりだ。
でも、この修行は。
完全に想定外で。
ひょっとしたら、遠回しに『お前はいらないから死ね』と言われているんじゃないかと。
トゥーラはそのように考え、首を横に振る。
「違う。女王陛下は、そんな冷酷な方じゃない。あの人は、聡明で、優しくて、清楚……な服装はあんまりお好きじゃないけれど、とにかくいい人だから。信じるんだ。信じて、辛い修行を乗り越えるんだ」
自己暗示をする。
大丈夫。
普通にやって死ぬようなことを、修行とは言わない。
だからきっと、大丈夫。
「……よし」
トゥーラは気合いを入れて、ベッドから起き上がる。
柔らかな寝間着から、きちんとした服装へと。
革鎧を身につけ、剣を帯びる。
そのタイミングを見計らったかのように。
ドアが、ノックされた。
「ひゃい!」
舌を噛みそうになりながら、返事をする。
すると、耳にとどいたのはアレクの声だった。
「おはようございます。トゥーラさん、これから修行ですけれど、準備はよろしいですか?」
「は、はい! 万全であります!」
「そうですか。では、一階の食堂でお待ちしておりますので。ご説明しなければならないこともあるようですし」
「なんでありましょうか?」
「いやあ……俺も説明は苦手な方だと自負しておりますが、ルクレチア様は、そもそも説明をしない方だったなと」
「?」
「ともかく、一階へどうぞ。食事をしながらお話しましょう」
そう言うと、声が途切れる。
いなくなったのだろうか。
足音とか、なかったけれど。
トゥーラは恐怖と不安を覚えながらも、一階食堂に行くことにした。
どんなことでも、やってみるまでは不安なものだ。
でも、やってみたら、意外とどうにか、なるものだ。
そう信じて。
トゥーラは修行の詳しい説明を受けるために、一階へ向かった。




