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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
三章 ホーの借金返済

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52話

 深夜。

 アレクは冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋に来ていた。

 書類と煙で満たされた空間。

 最奥、紙束に埋もれるように小柄すぎる人が座っている。


 ドライアドの女性。

 ホーの祖母、クーだ。


 褐色肌に、長すぎる緑髪のその人は、深く背もたれに体重をあずけ、パイプをふかしていた。

 アレクは彼女に言う。



「今日、ホーと話していたら、彼女ががうちの宿に来た当時を思い出しましたよ」

「それで、珍しく用事もねえのに来たってわけかい」



 クーは笑う。

 険しい表情が、幼い少女のそれに近付く。

 アレクも、困ったように笑った。



「最近用事なしでこちらに帰ってなかったと思いましてね」

「いいんだよ。あんたにゃあんたの人生がある」

「そちらもお忙しいようですが。……しかし、困りました」

「あん?」

「こうして向かい合うと、仕事以外なんのことを話していいのか、わかりません」

「はっはっは」



 クーが肩を揺らして笑った。

 そして。



「あたしもだ。思えばあんたとのんびり雑談をするなんてーのは、なかなか珍しい。ああ、じゃあついでとばかりに聞きてえことがあるんだが」

「なんでしょう?」

「あんたには、合わせて四人、親と、親代わりの存在がいる」

「はい」

「元の世界の親と、この世界であんたを最初に育てた親。あたしと、それから――」

「先代の『はいいろ』ですね」

「そうだ。そいつのこと、聞かせろ。情報は知ってるが、人格までは知らねえからな」

「最低の人格者です」

「……最低の、人格者? 最低の人格の持ち主、でもなく、優れた人格者、でもなく?」

「そうですね。女性関係で色々あった方で、常に三人以上の女性とのお付き合いがあったそうですよ。色々と彼の『武勇伝』を聞かされました。耳が腐るほどね」

「あんたはそういう話好きじゃねえよな」

「周囲に女性の多い人生でしたから。女性視点で聞いてしまうのかもしれません。下品な猥談もお好きな方で、そういう話をされるたび、なんて最低なやつだ、明日にも殺してやろう、と思っていたものですよ」

「物騒だねえ……」

「彼はすべての女性を均等に愛していると豪語していました」

「……」

「女性の立場からすれば、浮気には違いないはずですが……少なくとも、『輝き』と『狐』は、均等である状態で幸福そうではありましたね」

「不思議な男だったんだな」

「はい。……今でも時々、『はいいろ』がいつも言っていたことを、彼の胴間声とともに思い出します」

「なんて言ってたんだい?」

「『ボウズ、家族はいいぞ』」

「……」

「浮気性があり、女好きで、脳の代わりに下半身が思考をしているような最低な男でしたが……付き合ったすべての女性を大切にしていたのは事実です。それに、『銀の狐団』に入る行き場のない子供たちだって、彼は我が子のように大事にしていましたよ」

「けどそいつは暗殺者だろ?」

「そうですね。俺も当時、家族を大事とうそぶいて、それでも暗殺をする――誰かの家族かもしれない人を殺す、彼の矛盾を突いたことはありますよ」

「なんて答えたんだ?」

「『それ以外の生き方を知ってればよかったんだがな』と、困っていました」

「……世知辛い話だな」

「そうですね。平穏を切望して、でも、彼は平穏に生きる術を知らなかった。『はいいろ』という暗殺者としての教育しか受けてこなかった彼は、人を殺すしか食べていく術を知らなかった」

「はん」

「俺は、『はいいろ』を俺の代で終わらせようと思っていますよ。先代のような人を出すのはあまりに忍びない」

「それで、偽物狩りかい」

「狩ってはいません。俺は、偽物を殺しては、いないので」

「『殺しては』な」

「先代には信念がありました。でも、信念を貫く力がなかった。彼は博愛主義者で、自分と付き合いのある女性や子供、友人たちを、愛していました。だからこそ彼は、暗殺者をやめることができなかった。養う者が多かったですからね」

「先代の『はいいろ』は、ずいぶん不器用だったんだな」

「はい。反面教師のような人生です。そして、見習うべき信念でした」

「それで『最低の人格者』か」

「始まり方を選べたなら、きっと『はいいろ』は聖人だったでしょう。……悪すぎる女癖さえ除けばね。でも、普通、人は人生を選べない。人の可能性は生まれた時にある程度決まってしまうものです」

「……はん」

「ですから、俺の宿は、人の可能性を広げる場所でありたいと思っていますよ」



 アレクは目を閉じる。

 そして、黙祷するように、胸に手を当てた。


 クーが。

 歯を見せて笑う。



「酒でも飲むか」

「……よろしいので? 俺と飲むと限度がわからなくて次の日がつらいとかおっしゃっていたような気がしますが」

「今日は特別だ。棚に葡萄酒が隠してある。とってくんな」



 指示に従い、アレクは棚にまみれた書類をかきわける。

 そして、中から瓶を一つ掘り出した。



「……これは、隠しているのではなく、埋もれているのでは」

「そうとも言うな」



 笑いながら、クーが髪の毛を操る。

 受け渡される、二つの木製のジョッキ。


 アレクは両方に酒を注ぐ。

 そして、片方を受け取った。



「乾杯でもしますか?」

「なににだよ?」

「……そうですね。こんな時、先代『はいいろ』が使っていた決まり文句があります」

「なんだ?」

「『家族に乾杯』」

「……」

「いつかまた、ホーさんも連れて来ますよ。そして――姉さんもね。どこかできっと生きていると俺は信じていますから」

「……そうだな」

「その時は末席に俺も加えてください。この世界において、俺の父親はきっと、『はいいろ』です。まあ、そもそも、義父であることは確実ですからね。妻の父なので」

「そういやそうだな」

「でも、母親はあなただと思っていますよ」

「……はん。『家族に乾杯』」

「乾杯」



 ジョッキを合わせる。

 コツン、という軽い音。


 煙と書類にまみれた部屋。

 懐かしい、パイプの甘い香り。


 アレクは過去を思い出す。

 失ったものを思い出す。

 そして。

 現在を思い描いて。

 得たものを、思い描いた。

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