50話
ホーは男たちの襲撃にはまったくおどろかなかった。
けれど、知らないあいだに、音もなく隣にいたアレクには、おどろいた。
「いつのまに来たんだよ!?」
「不穏な気配はありましたので、それとなく観察していましたら、あなたが囲まれている感じになりましたから。少し急いで参りました」
「いや、にしたって、音とか、気配とか……」
「お客様に快適な宿泊をしていただくため、従業員一同、可能な限り存在感を消しております」
「ここは店の中じゃねーぞ」
「すでに習慣になっておりますもので」
とんでもない習慣だった。
いつ来たのか。
どういう範囲で気配察知をしているのか。
周囲を取り囲む男たちも、アレクがホーの横に来て初めて気付いた様子だったが……
どうやって男たちに気付かれず、彼らの隙間を通り抜けたのか。
ホーが混乱していると。
アレクが、男たちに向けて、言う。
「こんばんはみなさん。目的と、それを達成するために行使しようとしている手段の確認をしてもよろしいでしょうか?」
男たちは顔を見合わせる。
そして。
金貸しをしていた、細長い印象の、目が小さい、髪のない男が、代表して口を開いた。
「ギルドマスターの孫をこっちによこせ。そうすれば悪いようにはしない」
冷たい目。
感情を感じられない、平坦な声。
ゾッとする。
まるで人間的な情緒がなく、そいつは人をさらおうとしているのだ。
けれど。
アレクは笑顔のまま、首をかしげた。
「悪い、とは?」
「痛い目には遭わせない」
「つまり、あなたは、彼女を誘拐しようとしている。手段として暴力も辞さないということで間違いはないでしょうか?」
「……なんだお前は?」
「彼女のおじのようなものです」
男たちは不審がっている様子だった。
ホーはアレクを見る。
笑っている。
笑っているが――なんとなく、やばい雰囲気に思えた。
だからホーは、自分を誘拐しようとしている男たちに向けて、呼びかける。
「お、おい、悪いことは言わねーからやめとけ。精神を破壊されても知らねーぞ」
心の底から、男たちの無事を案じての忠告だった。
けれど。
どうやらその発言のせいで、男たちの行動は決まってしまったらしい。
「おじさんが来た途端に、ずいぶん強気だな、お嬢ちゃん」
なめられた。
そう、捉えられてしまったようだった。
男たちの視線がアレクに向く。
アレクは、首をかしげたのみだった。
「なるほど? あなた方はホーさんにお金を貸していた人たちですね? 憲兵団に査察に入られて、商売でも台無しにされましたか?」
「……ああ?」
「けれどそれは逆恨みというものですよ。ギルドマスターの孫である彼女を脅して、ゆくゆくはギルドマスターから金をむしりとろうと欲を掻いたのがいけませんでしたね。……とまあ、すべて推測ですが。普段は裏をとるのですが、今回はあまり俺にかかわりのない事態なもので。間違っていたら申し訳ありません」
「かかわりがないなら、帰った方が身のためだ」
「そちらこそ、欲に任せて乱暴な手段をとるのはやめていただきたいのですが」
「……金がとれないのは、いい。だがな、俺たちの商売は、相手が冒険者とはいえ、素人にやられっぱなしは許されないんだよ」
声が怒気をはらむ。
あきれた男だ。
金をとれなくなったことより、ぶちのめされたことの方が、そいつにとっては問題らしい。
それとも、金貸しのような人種は、そういうものなのだろうか。
ホーにはわからない。
わかるのは、ただ一つ。
アレクが。
言う。
「では、穏便に帰っていただけるよう、交渉しましょう」
パチン、とアレクが指を鳴らした。
すると――男たちの背後に、土壁が出現する。
その数八枚。
隙間無くびっちりと並べられたそれは、男たちと、男たちに囲まれている、アレクとホーの逃げ道を遮断した。
おかしい。
帰ってもらうよう交渉しよう。
そう言ったはずなのに、一手目で帰り道を塞ぐというのは、どういうことなのか。
ホーはおびえた表情で首を横に何度も振る。
そして、アレクの袖をつかんで、うったえた。
「や、やめてあげてよお……なにするかわかんないけど、やめてあげてよお……」
「こういう人たちは、しっかり話をつけないと、ずっとつきまといますからね。大丈夫ですよ。こう見えて俺、それなりに強いですから。相手が暴力を用いても、対応できます」
それなりという言葉の意味がわからなくなりそうだった。
素手でフルプレイトメイルを貫通できる人類は『それなり』ではないはずなのだが。
男たちは。
困惑している者が半分。
憤っている者が半分、といった様子だった。
「どういうつもりだ、テメェ?」
金貸しが凄む。
もとより小さな目を少し細めることで、その顔立ちにたしかな迫力が生まれていた。
冒険者とは別種の、人間を相手にし慣れた、凄味。
でも。
アレクには通用していなさそうだった。
「オーブンでパイを焼くのは、意外と難しいですよね」
「ああ?」
「外はカリッと、中はジューシーに仕上げるのには、まず、この世界ですとかまど造りから始めないといけません。かまどが悪いと、温度が上がらずに、うまく焼けませんからね」
「なにが言いたいんだテメェは」
「かまど造り、得意ですよ」
ゴッ。
アレクの周囲が、突如、燃え上がる。
さすがにこれには、金貸したちもおどろいたようで、下がろうとした。
でも、無理だった。
背後には、アレクが作った石壁がある。
背後の石壁。
前には炎。
その組み合わせはまるで。
「かまどの完成ですね」
アレクは笑う。
にこり、と。
……ここに来て。
ようやく金貸しも、事態の異常性に気付いたらしい。
わずかな動揺をにじませて。
それでもすごみのある表情は崩さずに、問いかける。
「な、なななんだ、て、テメェは!?」
表情をつくるだけで精一杯だったようだ。
アレクは笑って、右手をかざす。
その先に出て来たのは、ぼんやり光る球体。
――セーブポイント。
「セーブをしてください」
「はあ!?」
「これから、二度とホーさんにつきまとわないようお願いしたいのですが、ひょっとしたらその途中で死んでしまうことも、ありうるかもしれません。俺の交渉術は『輝き』に習ったものなので、相手が納得するか、相手の生命が尽きるか、チキンレースみたいなところがあるのです」
「わかる言葉で話せ!」
「『セーブをする』とおっしゃってくれるだけでいいのです。あなたがたが、外はこんがり、中はジューシーなパイになる前に、お願いします」
夜の闇が、アレクの炎により照らされていく。
ホーのいる場所は、まったくもって平静な、少し肌寒い王都の夜。
けれど、土壁側にいる金貸したちは、暑い熱いとわめいている。
「火傷をすると、水ぶくれが痛いですよね。弱めの火でじっくりとあぶると、全身がそのような状態になります。調整法によっては、痛みもなく、指先からボロボロと炭化するなんていう体験もできます。そうなる前にセーブしていただくのが、あなたがたのためになると、俺は思いますよ」
「セーブする! テメェらもセーブしろ!」
金貸しが叫ぶ。
男たちが次々『セーブする!』と叫ぶ。
ホーはその光景を見て、口元がひくついていくのを覚えた。
状況の意味がさっぱりわからなかった。
経緯と、アレクの目的しかわからない。
なるほど。
いつもの修行は外から見るとこんな感じなのかと、改めてホーは自分が拷問を受けていたことを知る。
この凄惨な光景を作り出しているアレクは。
笑いながら、なにかを、腰のあたりから取り出す。
それは。
無骨な鉄のカタマリ。
ナイフのようにも見えるが、身幅の厚さと、刃の鈍さが、おおよそ一般的ではない。
そのナイフを持って。
アレクは笑ったまま、言う。
「それでは交渉を始めましょう。まず、こちらの希望は、先ほど申し上げた通りです。ホーさんにつきまとうな。でも、あなた方にも、ゆずれない部分はあるでしょう」
シン、と静まり返っていた。
炎の燃える音だけが、今なお響く。
アレクは満足そうに続けた。
「あなた方の要求を、一つずつそぎ落として、こちらの要求を呑ませるのが、俺の目的です」
ナイフが夜の光を受けて輝く。
そぎ落とす。
その言葉はあまりにも直接的だ。
「誠心誠意、お話をしましょう。こちらも、退くことはありません。なにせ、姪の無事がかかっていますからね」
その言葉に、むしろホーが震えだした。
ガタガタと全身を小刻みに揺らして、首を何度も何度も横に振る。
「やだ、やだ、やめてあげてよお……」
「大丈夫ですよ。俺は家族を大事にしますから」
「ほ、ほかのひとだって、いきてるんだよ?」
「知っています。俺は別に、他者の生命を侵害しようとはしていませんよ。彼らにはきちんと、生きて帰っていただきます。そのための交渉です」
「いきてるだけが、いきるってことじゃ、ないんだよ?」
「ははは。なにを言っているんですか」
「え?」
「生きてることが、生きてることでしょう? ――途中何度死んだって、生きていれば、生きていけます」
――通じない。
この男に、常識は通じない。
だからホーは、そっと黙って、アレクの袖を放した。
交渉はすぐ終わるだろう。
なぜって、今の会話を聞いて金貸したちは、すっかり怯えきっているのだから。




