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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
三章 ホーの借金返済

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46話

「いっぱい、おはなを、つみました。まっくろな、おはなです。まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな、まっくろな……」



『暗黒空間』からホーが生還したら、あたりはすでに真っ暗だった。

 それでも内部よりはかなり明るい。


 一寸先も見えないような空間で、ホーは出会うモンスターを狩り続けた。

 どれがレアモンスターなのかわからないので、すべて倒すしかなかったのだ。

 たぶんアレクは、あえてレアモンスターの見た目を教えなかったのだろう。

 どうせ、暗くて、見た目での判別は不可能だったし。


 重くなっていく装備。

 体をひきずるように、一歩一歩、全力を出さなければならない。

 暗闇。

 どこからなにが出るかわからない恐怖。


 ホーの心は限界寸前で。

 だから、夜の闇だったとしても、内部と違ってわずかの光がある外の世界は安らげた。


 けれど。

 ふと陰がさす。

 ホーの瞳の焦点が合った。



 アレクが。

 こちらの顔をのぞきこんでいた。



「……うわあああ!?」



 慌てて飛び退く。

 アレクは気にした様子もなく、笑顔で言った。



「お帰りなさい、ホーさん。修行もお仕事も、無事に終えられたようですね」

「無事……?」



 無事とは、なんだろうか。

 体はたしかに、無事だ。

 頑強にもなっていた。


 モンスターの攻撃などまったく痛くなかった。

 効かなかった。

 効いてくれなかった。



「重くて、重くて、動けなくって、殺してって思うのに、ぜんぜん、ころしてくれなくって、まっくろな、まわりがみんな、おはなばたけでね」

「少し興奮していますね。ダンジョンを初めて制覇された方は、大なり小なりそうなる傾向があるようですねえ。水でも飲みますか?」

「うん、あのね、ホーはね、おみず、すきだよ」

「ドライアドの方はみなさんそのようですね。クーさんも浸かることのできるお風呂は大変喜んでおいででしたよ」

「きのうね、おふろ、たのしかったよ。ぶくぶくってね、おくちのあたりまでしずんだけど、ホーはね、そういうの、すきだよ」

「では、帰ったらお風呂ですね。今日は妻が代わりに風呂設営をしてくれているはずですから、すぐに入れますよ」

「わあい!」

「かなりお辛そうですね。やはりまったく光のないところで二日は、きついと感じる人もいるのかもしれません」

「ふつう、きついよ」

「でも代わりに、STRとDEXがかなり上がっていますよ。気配察知系のスキルものきなみ開いているようですし。これでどこから敵が来ても髪で迎え撃てますね。よかった、強くなっていますよ」

「わ、わあい……?」

「あなたの成長を見ていると、俺も嬉しくなります。赤ん坊のころを知っている身としてはね」

「……赤ん坊のころ?」



 気合いを取り戻す。

 アレクはうなずいた。



「以前も言いましたが、俺は、赤ん坊のころのあなたと会っているんですよ」

「……信じられねーんだよなあ、それ」

「あなたのお母さんのことを、姉さんと呼んでいましたし」

「あたしのママのこと、知ってんのかよ」

「失踪するまでは連絡もとりあっていました」



 彼は笑顔のままだ。

 ホーは、くだらなさそうに鼻を鳴らす。


 母親の失踪。

 ……もうずっと昔で、今さら、母がいないからなんだという気持ちはあるけれど。

 どうしても、心がささくれだつのは仕方がなかった。



「……ママがいなくなったのは、ババアのせいだとあたしは思ってる」

「へえ?」

「『ギルドマスターの娘』としか見られねーことに嫌気が差したんだろ。よくわかるよ」

「なるほど」

「……なるほどって。あんたは知らねーのか? ママがいなくなった理由」

「予想はできなくもありませんが、知ってはいませんね。捜索活動もしたことはありますが、もう十年ほど前ですから。あえて姿をさらさずどこかで幸せに暮らしているか。あるいは」

「……死んでるか、だな」

「俺としては生きている可能性を信じたいところです」

「あんたからそんな、人らしい意見が出るとはな」

「人ですから」

「……種族の話じゃなくて、精神的に……」

「はい?」

「……なんでもねーよ。なあ、聞いていいか?」

「なんでしょう?」

「あたしのパパは、どんなやつだった? 赤ん坊のころのあたしを知ってるんなら、あたしのパパとも会ったことはあるだろ?」

「さあ」

「……知らねーのかよ」

「知っていればよかったんですがね。それらしい人にあたりましたが、全部空振りでした。俺があなたのお母様と出会った時には、すでにあなたは産まれていて、あなたのお父様はいませんでしたからね」



 重い事実のように聞こえた。

 けれど、アレクの語り口は軽やかだ。

 彼に人らしい情緒を求めるだけ無駄か、とホーは理解する。



「……万が一の可能性を心配して一応聞いておくけど、あんたがあたしのパパってことは、ねーよな? 見た目通りの年齢ってわけでもねーみたいだし」

「もしそうだったら、どう思います?」

「……正直に言うとな。あんたと一緒にいると、懐かしい気持ちになる」

「そうですか」

「あんたがあたしのパパだったら、嬉しくはねーが、納得はする。あのババアの義理の息子でも、あんたの精神構造なら余裕だ」

「義理の息子のようなものでは、ありますが……クーさんは厳しく見えますが、優しいですよ。誰があなたの父親でも、うまくやったようには思います」

「どこがだよ。実際、あたしはパパの顔を知らねーし、ママは失踪してんだろ」

「原因がクーさんにあるとお考えで?」

「それ以外ねーだろ」

「ご本人に確認されましたか? クーさん、ご本人に。意見を」

「……しては、いねーけどさ」

「なるほど」

「なんだよ」

「いえ。ともかく、ダンジョンの初制覇、おめでとうございます」

「……ああ。なんかもう、装備が重すぎてそればっかりしか気にしてなかったけど、そうだよな。ダンジョンを制覇したんだ……」



 一歩祖母に近付いた。

 ……などという発想が真っ先に浮かんで、ホーは首を振る。


 あんなクソババア。

 意識してしまう自分が、嫌だ。



「……なあ、思ったんだが、ドライアド族って鎧とか武器がねー方がいいのか?」

「そうですね。現役当時のクーさんの話を聞く限り、ドライアドにとって武装は邪魔かと。しなやかで丈夫な髪がありますからね」

「……」

「服なんかも、薄着の方が、髪の操作に意識を集中できていいようですよ。感覚的なことは、俺がドライアドではないのでわかりませんが。敵としてドライアドを相手取った場合を想定するに、鎧が効果を発揮するまでの距離に接近できれば勝ちかなと。逆に、それ以前に髪でからめとられれば負けですかね」

「そういう考えもあるのか」

「ドライアドの戦い方については、俺よりも、クーさんの方が詳しいですよ」

「……」

「『髪を操作する』というのは、他種族ではわかりにくいものがありますし」

「…………わかってんだよ。そんなことは。でも、そんな素直に質問できたら苦労はねーよ」

「……」

「ダンジョン制覇して、すげー苦労した。しかもババアはセーブもないし、ダンジョンレベルが今よりあいまいなころに、命懸けでやったんだって思ったら、素直に尊敬できるよ。たしかにあたしは『ギルドマスターの孫』でしかねーのも、納得した」

「そうですか」

「……けどさ、今さら尊敬できるか? 今さら、仲良くしようだなんて思えるか? あたしはずっとババアを嫌い続けて、生きてきたんだ。目標もなく、ただ、ババアを嫌って、ババアから少しでも遠ざかるためだけにやってきた。それを今さら、捨てられるかよ」

「ギルドマスターの孫と見られることを、あなたは嫌っておいででしたね」

「そうだ」

「でも、あなた自身が、一番あなたを『ギルドマスターの孫』としか見ていないように、俺には聞こえましたよ」

「……そうかもな。あたしはずっと、自分の影を見てきた。どんなに速く走っても、どんなに回り道をしても、ずっとついてくる、足元の影だ。……今さら、前の向き方はわかんねーな。ずっと下を見てきたから」

「なるほど」

「……なにがだ」

「つまり、前を向くことが、あなたの目標ですね」

「……かもしれねーな」

「参考になります」

「ハッ……だからってなにができるんだよ」

「俺にできることは、修行を含めた、あなたのサポートです」

「……」

「ところで、質問が」

「なんだよ」

「『魔族』という人種がいらっしゃいますね」

「はあ?」



 話の流れがわからない。

 ホーは思いきりいぶかしげにアレクを見た。



「……いるけど、なんだよ」

「あれの由来が、モンスターから来ていることは、ご存じとは思います。違った二つの種族、たとえばドライアドと人間が結婚し、子供を産んだ場合、通常は人間かドライアドのどちらかが産まれますが……時たまに突然変異で、両方の親と違った特性を持つ種族が産まれます。その両親どちらでもない不思議な種族が、『魔物と姦通してはらんだ子に違いない』というひどい発言から、『魔族』と呼ばれるようになりました。定着しているので今さら名称を変えることはなさそうですが」

「……だからなんだよ」

「では、魔族同士の子供はどうなると思います?」

「……知るか。魔族になるんじゃねーの?」

「そうですね。基本的には魔族が産まれますが、時たま、魔族の親の種族が産まれます」

「…………本題が見えねーな」

「魔族というのは、かなり差別的に扱われる種族です。親からも、ひどい扱いを受ける場合が多いですが……それ以上に周囲の目が、厳しいのです」

「ちっと親と違う種族ってだけなのにな」

「そうですね。でも、差別に確固たる理由はいりません。人は差別したいものを差別するだけですからね」

「……なんだ、道徳でも説きてーのかよ」

「あなたは、ご自分のお母様が魔族だったことはご存じですか?」



 ホーは。

 呼吸を止めた。

 一瞬、なにを言われたのか、わからない。

 けれど。



「な、なんだ、そりゃ。だって、あたしのママは、ババアの子供で……」

「異種族婚姻ならば、どのような場合でも、魔族が産まれる可能性はあります。あなたのお母様が失踪されたのは十年ほど前ですが……あなたは当時、まだ赤ん坊だったはずですよ。ドライアドが物心つくのは、生後十二年目ぐらいでしたか」

「……」

「お母様の記憶、ありますか?」

「……だ、だって、ババアは、あたしのママが魔族だとかは、言わなかったぞ」

「そうですね。そのことが知られれば、あなたが差別されてしまいますから」

「母親が魔族ってだけで、なんで差別されなきゃならねーんだ」

「さあ? 人は差別したいものを差別するだけですので」

「…………」

「けれど、予想の裏付けがとれました。あなたはクーさんから、きっとなにも聞かされていない」

「……だって、それは」

「あの人は聞けば答えますよ。一度、クーさんとお話されることをおすすめします」

「……なんであんたにそこまで言われなきゃならねーんだよ」

「あなたは俺の、姪のようなものですから」

「あたしは、あんたのことを覚えてねーって言ってんだろ」

「覚えられていなくても、情がわいてしまうのは、仕方ありません」

「勝手だな」

「あなたはお母様のことを、きっと覚えていないでしょう?」

「……」

「でも、お母様は、あなたのことを、愛していましたよ」

「じゃあなんでいなくなった」

「さあ? 予想はできますが、答えとなると、ご本人しか知りませんね。姉さんは快活ではありますが、一人で考えこむところもあったので」

「……もう一度確認するが、あんたがあたしのパパっていうオチはねーよな?」

「それだけはないと確約します。でも」

「なんだよ」

「なにかあった時に頼ってもらうのは、かまいませんよ。あなたは俺の、姪のようなものですからね」

「……」

「よろしければ、クーさんと話すのに、仲立ちしましょうか?」

「…………」



 ホーは悩む。

 振り払えない影。

 ギルドマスターという祖母。


 ……けれど。

 自分はその影のことを、どれだけ知っているのだろう。

 なにも知らないのではないか。


 話し合いたいこと、聞きたいことは、たくさんあった。

 教えてくれなかったと今まで思っていたけれど。

 ……悔しいが。

 聞かなかったことは、事実だ。


 だから。

 ホーはくだらなさそうに言う。



「……ハッ。おせっかいだな、あんたも」

「なるべくそうならないようにしていますよ。他のお客様にはね」

「あたしが姪みたいなもんだから、おせっかいなのか?」

「はい。そのつもりです」

「……チッ。しょうがねーな。いいよ、あんたの思惑通り、ババアと会ってやる。ただし、借金を返してからだ」

「そうですか。ご理解ご協力、ありがとうございます」

「今日のダンジョン制覇賞金はすぐ入るんだろ?」

「半金なら今日中に。全額も近日中には入るかと」

「そういや制覇賞金を受け取るには、事後調査が必要だったな……ってことは借金全額返済はまだ無理か」

「半金だけでも『制覇者推奨ダンジョン』なら充分とは思いますが。制覇賞金だって、ダンジョンレベル七十から跳ね上がりますよ」

「そうなのか? 実は制覇賞金はよく知らねーんだよな」

「俺もあなたの借金額を詳しくは知りませんが、以前お聞きした返済プランから逆算すれば、余裕かと」

「……じゃあ、明日の夜だな。昼に借金を返して、夜、ギルドに行く」

「なるほど。わかりました。では明日、ギルドに、ご一緒しましょう。今日のクエスト成功報告は、代わりにやりますよ」

「頼むわ」



 なんでもなさそうに言う。

 内心は、緊張と不安でいっぱいだ。


 でも、ホーは思う。

 自分につきまとう影。

 そのことをよく知れば――

 前を向くこともできるかもしれない。

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