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4話

 意識の覚醒。

 気付けば、宿屋受付に、彼女は戻っていた。



 目の前にはアレク。

 最初の時のように、受付で椅子に座っている。


 一瞬、彼女は時が戻ったかと思った。

 けれど。



「おかえりなさい。やっぱりロードまでタイムラグがありますね」



 彼が、そのように言ったことで、時間は戻っていないのだとわかった。

 ロレッタは腹部を触る。

 ……身につけた鎧に、穴が空いていた。

 下に着ていた服も穴がある。

 しかし体には傷一つない。



「……たしか、失った装備は戻らないと言っていたな」

「はい。本当は装備のない頭を狙えばよかったんですけど……女の子の顔を殴るのは、抵抗があって」

「紳士的な気遣い、感謝する。……なるほどこれが『死なない宿屋』の秘密か」

「そうですね。死んでも、やり直せる。他にも、『ロードする』って宣言すれば、セーブした地点からやり直せます。まあ、俺がセーブポイントを消すと効力なくなりますけど……ああ、それと、失った装備、アイテム、金銭は戻らないんですけど、獲得したものは、もともとあった場所に戻ったりはしませんから、ご安心を」

「……面妖な、どういう仕掛け……いや、いい。効能はわかった。泊めていただきたい」

「お、宿泊ですね」



 アレクが嬉しそうに言う。

 そして、カウンターの下から宿帳と羽根ペンを取り出した。



「これに名前の記入を。部屋は全部料金一緒です。食事は、一階の食堂で。ただ深夜は営業してないんで、朝から夕方までの利用でお願いしますね」

「わかった。それでは、部屋代を――」

「あ、料金は後払いです」

「珍しいな。だいたいの宿屋は先払い制だと思うが……特に、冒険者を客にする宿屋は」



 支払わずトンズラする冒険者も珍しくない。

 冒険者の中には、冒険者を名乗る犯罪者だって少ないわけではないのだ。



「うちは新人育成がメインなんで。お金のない駆け出しの時に泊まって、支払いはクエスト攻略したあとでもいいっていう……それに、いざ払われなくてもどうにかなるぐらいの蓄えはあります。あと、俺から逃げられる人はたぶん存在しないので」

「ずいぶん大口をたたくものだと思っていたが、今聞くと、本当のことなのだと思える」

「俺は嘘とか苦手なんですけどね……なぜかみなさん、俺の言葉を嘘とかハッタリだと思われるんですよ」

「いや、あなたの語る話は、どれもありえないものばかりで、世間でそんなこと口にすれば泥酔していると思われるのが普通だ」

「本当なのになあ……」



 悩んでしまった。

 彼の年齢がいくつなのか知らないが、ロレッタには妙にかわいい仕草に思えた。



「五十ものダンジョンを制覇したとか、ギルド長や女王陛下と知り合いというのは、未だに私も信じていない。さすがにそれは、酔漢でもあからさますぎて避ける与太話だ」

「それも本当なのになあ……」

「だが、強い冒険者だったことと、この宿屋に泊まれば『死んでもなかったことになる』のは、信じた。体験したからな」

「そこを信じてもらえたなら、よかった。この世界の人には、なかなか理解されなくって。セーブ&ロードっていう概念は、やっぱりゲームを知らないと……」

「ゲーム? カードゲームなどか? 酒場でやるような」

「いえ、この世界の言葉では、該当する表現はないみたいです」

「……先ほどから、あなたはよく『この世界』という表現をするが……」

「俺、異世界から転生してきたんで」

「……はあ」

「まあ、はい。そういうリアクション来るのは知ってました。ただ、まっとうな現地人のフリしてるとあとでボロが出そうなんで、正直に言ってるだけです。理解はされなくても大丈夫ですよ」



 なにやら事情がある様子だったが、ロレッタにはよくわからなかった。

 冒険者上がりということなので、人に語れない出自もあるのだろうとだけ理解する。



「……ともかく、私はこれからしばらく、王都西に最近発見されたダンジョンに通うつもりだ。制覇を目指すので、それまで世話になる」

「王都西で、最近発見っていうと――『花園』ですか」

「さすが、冒険者の宿屋主人だ。情報収集には余念がないな」



 ロレッタは感心する。

 頼りないのは雰囲気だけで、仕事はしっかりするタイプらしい。

 彼は語る。



「たしか『制覇者推奨』のダンジョンだったと思いますけど。お客さん、見たところまだ『探索』でも新人って感じですよね?」

「……そこまでわかるのか」

「ステータスを見ればなんとなく」

「……それも、異世界の言葉か?」

「そうですね。ステータスっていう表現でわかりにくければ、強さって表現しますけど」

「私は弱かったか? ……あなたに比べれば確かに弱いだろうが、そこらの駆け出しよりはよほど強いという自信があったのだが……」



 幼いころから、剣術だけはやっていた自負がある。

 するとアレクは、困ったように頭を掻いた。



「そのですね……剣技は上手なんだけど、それだけっていうか」

「……」

「力押しとか、めちゃくちゃな戦いとかをしないようにしてるのは立派なんですけど、その分小さくまとまってる感じですね」

「…………」

「相手が人で、試合でもしてるなら充分なんですけど、冒険者の主な相手はモンスターですから、想定外の事態とか、剣技使ってる場合じゃないケースとかはかなりあるわけで、今のあなただと相手がきちんと自分と向かい合って、正々堂々勝負をつけてくれるんでもないと実力の半分も発揮できないと思いますよ」

「………………」

「総合的に言えば、冒険者を始めて二週間と少し、レベル三十ぐらいのダンジョンに挑めるようにはなったものの攻略がうまくいかずに伸び悩んでおり、突破口もないって感じですかね。あ、ちなみに『花園』はレベル百でしたっけ。今のままだと挑めるまで三年ぐらいかかりそうですねえ。制覇までは十年でしょうか?」

「……………………」

「どうでしょうか、俺の見立て」

「……………………………………うむ、まあ、だいたい、合っている、かな」



 だいたいどころじゃなかった。

 見てきたのかというぐらい正確だ。


 言われるたびになにかが心に突き刺さる気分だった。

 ロレッタはよろめきつつ、言う。



「早いところ……『花園』の制覇にとりかかりたいのだが……まだ入口にもたどりつけない……それどころか『花園』の半分以下のレベルでつまずいている……小さくまとまって……伸び悩んで突破口がなくて……」

「お客さん、どうしました? 元気ないみたいですけど」

「いや、その、自分ではわかっていたつもりなのだが、人に言われると、かなり……つらい」

「ああ、すいません……嘘がつけないたちなので」



 申し訳なさそうに、容赦ないことを言う。

 とどめを刺しにきたのだろうか。



「あの、お客さん」

「……なんだ。これ以上なにかを言われたら膝をつきそうなのだが」

「そうですか? じゃあ、お部屋にご案内した方がいいのかな……」

「いや、気になる。言ってくれ」

「あ、はい。じゃあ……サービスの一環でですね、修行をつけようっていうのがありまして」

「修行?」

「一応、冒険者を長くやってきたもので。駆け出しの才能を伸ばすのも役目かなって……それに俺は人のステータス見えますから。効果的な修行をつけられますよ」

「なるほど。ちなみに、あなたぐらい強くなるにはどのぐらいかかる?」

「ははは。そうですね……十年間、一日も欠かさず、日に六十回以上死ぬような難易度のダンジョンに挑み続ければ、誰でも俺ぐらいになれますよ」

「……質問を間違えたらしい。『花園』を制覇できるぐらいに強くなるにはどのぐらいだ?」

「一週間で」



 聞き間違いかと思った。

 普通、ひとかどの冒険者になるには五年必要だと言われている。

 そして、ダンジョン制覇を成し遂げる者は、ひとかどの冒険者の中でも、さらに選ばれた一握りだ。

 あまりに到達者が少ないので、もう『才能のない者には永遠に無理』と言われるほどだ。

 それを、一週間で。

 ロレッタは少しだけひるんだ。



「……あなたが思うほど、私は才能ある冒険者ではないかもしれないが」

「才能なんかいりませんよ。鍛えれば誰でも強くなれます」

「そうは言うが、やはり最終的な強さを決めるのは才能だろう?」

「でも、お客さんの目標はたかがダンジョン制覇では? 世界最強とか目指してないですよね?」

「……お願いだから、あなたの基準でものを語らないでくれ。あなたにとっては『たかが』でも、多くの冒険者にとっては『切望してそれでも叶わないもの』だ」

「いやいや、それはみなさん、死んだらおしまいだから、無茶ができないだけですって。無茶な鍛え方したら余裕ですよ」

「それで死んだらどうするのだ」

「ロードすればいいんです」



 ……そうだった。

 この宿屋は、死んでもなかったことになる。

 失った装備やアイテム、金銭は戻らないが――

 獲得したものは、残る。

 宝でもお金でも。

 経験でも、強さでも。



「なるほど、確かに、死にものぐるいになれば、私でも一週間で『花園』攻略が叶うかもしれないな」

「そうですよ。死にものぐるいになって死んでも、死ななかったことにすればいいんです」

「あなたの言っていることはめちゃくちゃだが、めちゃくちゃを普通にやってしまえるからな」

「めちゃくちゃかなあ……トライ&エラーはRPGの基本だと思いますけど」

「またわけのわからないことを」

「とにかくですよ。一つしかない命だから、死んだら怖いし、生きたいんです。一つしかないものは大事ですからね。だから、命の価値を下げるところから、まずは始めましょう」



 ロレッタはうなずく。

 言葉だけ聞けば、なにを言っているんだという感じではあるが……

 彼は、『死んでもなかったことにできる』人なのだ。


 それに、駆け出し冒険者を応援したいという気持ちは本当だろう。

 ロレッタは彼の修行を受けることにした。



「わかった。あなたに、私の修行をお願いしたい」

「毎度あり! ……あ、修行代は部屋代にふくまれてますので、ご安心を」

「それは助かる。今はあまり金がなくてな」

「冒険者を始めて二週間ぐらいが、一番金銭的に苦しい時期ですよね。装備の手入れとか、宿泊代とか、ギルドへの会費とか」

「そうだな……冒険者も意外と様々なしがらみを背負って生きている。市井に出て初めてわかったよ。得がたい経験だ……それで、修行はなにをするのだ?」



 何気ない問いかけ。

 アレクもまた、何気なく答えた。




「断崖絶壁から飛び降ります」




 宿帳をしまいながら、もののついでとばかりの調子で言う。

 ロレッタは耳を疑った。



「すまない、もう一度お願いできるか? 今、遠回しに『自殺しろ』と言われた気がしたのだ」

「間違ってませんよ。修行の第一歩は、自殺です」

「は?」

「ですから、命の価値を下げるんですよ。ほら、死ぬのが怖いとか思ってたら、死にそうになった時に逃げちゃうでしょ? 死ぬなら前のめりでいくための、第一段階で必要なんですよ」



 柔らかい笑顔で言ってのける。

 ロレッタは、今さらながら気付いた。


 彼は、雰囲気こそ優しげだが――

 頭はちょっと、おかしいかもしれない。

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