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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
二章 モリーンの『屋敷』侵入

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35話

 翌朝、モリーンは宿を後にした。

 アレクはチェックアウトの手続きを済ませて、食堂カウンター内で豆を炒っていた。


 食堂内には宿泊客五名と、奴隷の双子がいる。

 ヨミは厨房でスープを温めていた。



 しばし、作業に没頭していると――

 カウンター席にロレッタが座る。


 アレクは気配で察したあと、そちらを見る。

 ロレッタが、切り出した。



「アレクさん、モリーンさんは出て行かれたのか?」

「そうですね」

「まあ、そういうこともあるさ。あなたの修行は常人にはとても耐えられないからな」

「……あの、モリーンさんはきちんと修行を終えて、ダンジョン制覇をしてチェックアウトされましたけど」

「そ、そうだったのか。すまない。あなたの修行が辛くて逃げ出したのだとばかり……心が弱そうな方だったからな」

「心が弱くても耐えられる、ゆるい修行をちゃんとつけて差し上げましたよ」

「ゆるい? それはつまり……いや、すまない。ゆるい修行をどうにか想像しようとしたのだが、私の想像力では不可能だったようだ」

「ははは。まあ、ようするにいつものやつですよ」

「そうか。いつものやつか。つまり今の発言も、いつものアレクさんというわけだな」



 ロレッタはうなずく。

 アレクは首をかしげた。



「ところでロレッタさん、今日はみなさんと同じ席でお食事をされないので?」

「ああ。そうだな。今日は少し、あなたと話したかった」



 最近のロレッタは、他の宿泊客とも打ち解けている。

 貴族という出自はあったが、それ以前に、他の客もみなアレクの修行を受けているのだ。

 同じ苦境を経験した者同士は、自然と連帯感が生まれる。

 苦境が苦しいものであればあるほど、同胞との絆も深い。

 つまりロレッタと他の宿泊客とのあいだには、相当な絆があった。



「俺に話……ですか。どのような?」

「あなた方夫妻のなれそめの話だ」

「ははは……本当に、若い女性は恋愛の話がお好きですね」

「いや、まあ、それもないではないのだが。昨日ちょっと宿泊客のあいだで話題になったもので。気になる人が多いが聞くのが怖い人も多いようなので、私が代表しておたずねしようかと」

「怖い話はありませんが」

「そうだな。あなたの中では、きっとそうなのだろう」

「いや、妻の中にも怖い話はないはずですが」

「そうかもしれないな。それで、細君から『銀の狐団』というクランにいて、そこが滅んだ話は聞いたのだが、他の情報がなく、あなたがたがなぜ一緒に旅をすることになったのかがわからない。なにかきっかけのようなものはあったのか?」

「きっかけ、ですか」

「……ここまで聞いておいてなんだが、答えたくない話は、しなくていい。冒険者は過去に色々あるのが通例だ。だから私があなたと話しに来たのも……そもそも聞いていい話なのかどうか、無責任に騒いでいい、明るい話なのかどうか、確認をしに来た側面も大きいのだ」

「なるほど」

「いじられたくない過去で、好き勝手に盛り上がられるというのは、いい気分ではないだろう? だから触れられたくない話ならば、我々は金輪際、あなた方夫妻のなれそめの話はしない。そのように私から呼びかける」

「……ロレッタさん」

「なんだ」

「相変わらずクソ真面目ですね」

「汚い言葉はやめていただこう。人の弱みを突きたくないだけだ」

「まあ、そこまでもったいぶる話でもないんですが」



 アレクは豆を炒る手を止める。

 そして、少しだけ悩む素振りを見せたあと――

 苦笑して、語る。



「俺と妻が昔所属していた『銀の狐団』は、ある界隈ではちょっと有名なクランでして」

「ある界隈とは?」

「犯罪者界隈ですね」

「…………はあ?」

「冒険者クランの体裁をとった犯罪者クランだったんですよ。『銀の狐団』は」

「……その。話の入口からして、まったく続きを聞いていいような話には思えないのだが、大丈夫なのだろうか」

「明るい話ですよ」

「そう思えないが」

「今、俺と妻はこうして宿屋経営をしたり、新米冒険者さんたちに修行をつけて差し上げたり、かわいい双子の娘……まあ、立場上はまだ奴隷ですが……も、いますから。ハッピーエンドには間違いありません」

「そ、そうか……そうか? あなた方夫妻のハッピーエンドの陰で、心に傷を負っている人もいるのではないか? たとえば、私とか」

「ははは。そりゃあ、冒険者は過去に色々ありますし、オルブライト家の色々は、あなたの心に傷を残すのに充分だったかもしれませんが、あなたはきちんと、乗り越えたじゃないですか」

「そちらの話ではないのだが、あなたにはきっと、わからないのだろうな……」



 修行の話です。

 豆とか。

 悪意も悪気もないのが、この宿屋主人のもっとも悪いところだと、ロレッタは改めて思う。


 アレクは。

 いつも通り、笑ったままだ。



「ご承知の通り、俺は勇者なので、世の乱れをどうにかしないといけませんでした。でも、この世界には絶対悪がいないんですよね。魔王とかそういうの」

「魔王? ダンジョンマスターのようなものか?」

「ダンジョンマスターを統括する存在、ですかね。そいつだけ倒せばこの世から悪いことはみんな消えるような、そういう、悪を一手に担う総合商社です」

「……はあ、つまりそれは、アレクさんのことか?」

「俺を倒しても悪は滅びませんよ」

「あなたは何度でも甦るものな……」

「それ以前に、俺は悪ではありません」

「そうだな。そんな言葉で表してはいけない、もっと別ななにかだ」

「むしろ正義の味方のつもりでした。一時期ね」

「正義か……この宿屋は哲学的なことを考えさせられるな。生命とは。生きるとは。死ぬとは。普通とは。適度とは。そして悪とは。正義とは」

「ずいぶん思想家ですね」

「いや、この宿が人を思想家にさせるのだ」

「なるほど……新しい宿のアピールポイントになりますかね?」

「ならないと思う……」



 むしろ。

 隠し通すべき部分のように、ロレッタには思えた。

 アレクは気にした風もなく続けた。



「……そんなこんなで、悪を滅ぼすつもりが、具体的な絶対悪がないこの世界ではどうしたらいいかわからなかったので、とりあえず犯罪者を滅ぼすことになったわけです。そこで、『銀の狐団』にいた妻と出会ったのです。それで『銀の狐団』は滅びて、今に至ります」

「待て待て待て。重要な部分がゴソッと抜けているぞ」

「ちょっとはしょりました。モリーンさんが戻っておいでのようなので」

「……戻って来た?」



 ロレッタは周囲を見る。

 しかし、モリーンの姿はない。


 なんだろう、と首をかしげていると――

 やや経ったあと。

 慌ただしく扉が開かれる音が、宿屋入口から響いた。


 ロレッタはうなずき。

 我慢できずに、言った。



「……なあアレクさん、あなたはすさまじい範囲の気配を察知してはいないか?」

「街の中央に立てば、街で動くものの気配はだいたい全部わかる程度ですかね」

「相変わらずさらりとすさまじいことを言うな」

「ダンジョンマスターが逃げ回るタイプのダンジョンがありまして。攻略するのに必要なスキルだったんですよ」

「必要であることと、できるようになることは、また違う問題だと、何度も言わせないでいただけないか」

「でも、やるしかない状況になったら、意外とできるものですよ」

「何度か死ねばか?」

「そうですね。死にながら覚えれば。……ではちょっと、お出迎えに」



 アレクはカウンターから出て、宿屋入口に向かう。

 すると。

 モリーンは、宿屋受付に隠れるようにしゃがみこんでいた。

 アレクは彼女を見下ろすようにして声をかける。



「いらっしゃいませ。『銀の狐亭』へようこそ」

「そ、そ、そんな呑気な状況では、ないのですわ……」



 モリーンは震えながら、アレクを見上げる。

 アレクは笑顔で首をかしげた。



「しかし宿屋の主人ですので、入って来られたお客様をお出迎えしないわけにも」

「そうではなく! そうではなく……あ、あの、今からちょっととんでもないことを申し上げますが、どうぞおどろかないでいただけますか?」

「こう見えて小心者なので、その前フリは少し怖いですね」

「冗談を言っている場合ではないのです!」

「素直に本心を申し上げておりますが」

「わたくし、追われているのですわ!」



 らちがあかないと思ったモリーンは、会話をぶった切る。

 アレクは。

 動揺した様子もなく、言う。



「なるほど。あなたが宿泊されていたお部屋は空いておりますので、まずはそちらへどうぞ」

「じ、事情説明を求めるとか、おどろきとか、そういうのはございませんの!?」

「特に意外なことは言われておりませんので……」

「追われているんですわよ!? わたくしが! アンロージー様の率いる憲兵第二大隊に! しかも凶悪な盗賊団、『狐』の構成員として!」

「身に覚えでも?」

「ありませんわよ!」

「でしたら、お部屋にどうぞ。憲兵がこの宿に来るまでは四半日はかかるでしょうし、来たところで適当に言って追い返しますから、まずはお部屋でゆっくり、落ち着かれてはいかがでしょう?」

「……追い出しませんの?」

「当店は、駆け出し冒険者へ万全のサポートをお約束しておりますので」



 にこりと笑う。

 モリーンは、おどろきながら、思った。


 今まで、この笑顔には、恐怖しか覚えなかったが――

 味方になるとここまで心強いのかと。

 また、泣きそうになった。

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