31話
モリーンはこう語る。
「魔法ってもっと、頭で考えて撃つものだと思っていましたわ。でも、実際は違うんですのね。反射的に最良の選択ができるように、体にたたき込むものでしたのね」
勉強になりましたわ、と。
最後の方は、そんなことが言えるぐらいの余裕をもって――
『魔術師殺しの洞窟』での修行を終えた。
久々に洞窟の外に出る。
モリーンはとっくに時間感覚をなくしていたが、アレクは正確に時間を把握していた。
今は昼ごろ。
ちょうどまる二日の修行だった。
言われた通りの陽光に目を細める。
――帰って来た。
かつて感じたことのない充足感を、モリーンは覚えていた。
洞窟入口で、アレクが言う。
柔らかで、優しい声。
「お疲れ様でした。今日、明日は休んでください」
モリーンは聞き間違いかと思った。
休む?
それはどのような修行?
本気でそう考えて。
ようやく、理解する。
「お、おやす、やす、お休みとか、ありますの!?」
「えっ? そりゃあ、あるでしょうよ。別にただやるだけが修行じゃありませんからね。適度な休憩は大事ですよ」
「適度……適度ってなんでしたかしら……で、でも、休めますのね!? ひどいひっかけや比喩などではなく、お休みですのね!?」
「ひどい引っかけもないですし、比喩も、今までそんなにしたことないですが……とにかくお休みですよ」
「なにをしてもよろしいんですの!?」
「そうですね。まあ、あまり遠くに行かれるとその次の修行ができませんから、宿には、いていただきますが」
「あの宿はただ過ごすだけなら天上の居心地ですわよ! 喜んで宿でごろごろしますわ!」
「そう言っていただけると、宿屋主人冥利に尽きます」
「……宿屋主人……そういえばそうでしたわね……てっきり、拷問界隈の方かと……」
「そんな界隈は、そもそも実在するのかさえ知りませんが……というかなぜ拷問。俺は人生で一度だって人を拷問したことはありませんよ」
「う、うーん……あなた様がおっしゃるのであれば、わたくしはあなた様の従順なしもべです」
「いえ、俺の大事なお客様ですよ。しもべじゃなくてね」
アレクが笑う。
モリーンは彼が笑顔を浮かべているだけで体が震えそうになるのを感じた。
きっと感銘を受けたからだということで、自分を納得させる。
「あ、でも、なぜ急にお休みですの? 理由を聞かないことには、新手の修行かと勘違いしてしまいますわ」
「そんなに警戒しないでも……みなさん妙に警戒されるんですよねえ」
「警戒しない方が不自然ではないかと、わたくしは思いますけれど……」
「まあ、説明が必要ということであれば、ご説明させていただきます。『魔術師殺しの洞窟』での修行は、あなたの魔力上限を引き上げました」
「そうですの?」
「修行後半は衰弱死しなくなったでしょう?」
そういえば、とモリーンは思い返す。
最初はちょっとものを考えていただけであっという間に死んだが……
後半はたしかに、魔法を撃ち合うという状況なのに、衰弱死はしなかった。
単純に攻撃魔法で死んでいたから、魔力を吸われる暇もなかったのだと思っていたが……
アレクは言う。
「修行開始時のあなたの魔力が、数字で言うと百五十ぐらいでした」
「はい。そう聞きましたわ」
「今のあなたの魔力は、五千です」
「……はい?」
「ですので、一回、魔力を満タンにしてもらうまでに、二日ほど休憩が必要になります。一度最大まで回復すれば、あとは今まで同様、一晩眠れば全快するようになりますよ」
「えっと……十倍……でもなく、二十倍、でもなく、三十倍以上になっているのですか?」
「そうですね。効率いいでしょ?」
「すさまじすぎますわよ!」
今のところ、あまり実感はできていなかったが……
たしかに思い返せば、頭も全然ぼんやりしなくなっていたし。
魔法を撃ち続けても余裕があった。
考え続けたので、思考の体力的なものが上がったのかと思っていたが。
考えると、魔力を使う。
それは修行の中で実感したことだ。
ならば長考できるということは、魔力が上がったということなのだろう。
「はー……わたくし、強くなってますのね」
「俺は嘘をつけないタチなんではっきり言いますが、あなたの魔術師の適性はかなりのものです。なぜ今まで弓なんて使おうとしていたのか、俺からすれば、意味がわかりません」
「それは……アンロージー様が、やれとおっしゃったので……」
「なるほど、この世界の人にはステータスが見えないからかな……? それとも、そのアンロージーさんは、あなたが弓使いに絶望的に向いていないことをわかって、あえてやらせたとか?」
「そのような方ではないと思いますが……」
「でも、たぶん、一番向いてないのが弓師ですよ。それをピンポイントでやらせるって、俺に言わせてもらえば悪意さえ感じますけど」
「…………」
「モリーンさん?」
「………………悪意など、あるはずが、ありませんわ。だって、身寄りのなかったわたくしたちを拾って育てて……わたくしはできない子だから叱責ばかり受けていましたけど……でも……」
「俺、なにかまずいこと言いましたかね……?」
「……い、いえ。アレク様はなにも……ただ、わたくし、褒められ慣れていないので、少々戸惑ってしまいましたわ」
「……なるほど。『狐』を探していることといい、少し気になる方ですね、そのアンロージーさんは。ちょっと個人的に調べてみます」
「調べる? アンロージー様を? 憲兵のお偉い方の情報なんて、とても厳重に管理されていると思いますけれど……」
「女王様に聞けば教えてくれると思いますし」
「はあ、まあ、女王陛下であれば、ご存じとは思いますが……?」
そんな気軽に聞けたら苦労はない。
なにかの比喩、あるいは冗談だろうかとモリーンは首をかしげた。
アレクは笑う。
いつもの笑顔だ。
「ところで、明日のご予定はなにかありますか?」
「う、うーん……降って湧いた休日ですものね。予定らしきものは、立てられませんけれど」
「お金は?」
「は? あ、宿泊費のことならどうか、ご心配なさらないで。たしかにわたくしの状況を聞けば金銭に窮しているのではないかと不安がられるでしょうけれど……」
「いえ、あなたの今の装備、弓師のものでしょう?」
「そうですわね」
「ですから、魔術師の装備を整えるお金はありますか? とおたずねしたかったわけです。杖も服も、必要ですからね。ないならこちらから貸し出しますよ。ダンジョン制覇をするおつもりなら、確実な返済が見こめますし」
「なるほど。そういったお気遣いでしたのね」
「魔術師の装備を整えれば、もっとあなたは強くなりますよ。今でもおそらく、世間的には充分な力量だとは思いますが」
「そうなのですか?」
「はい。ステータスだけ見れば、つい最近修行をつけたロレッタという方と並ぶぐらいにはなりましたね。まあその方は剣士なので、STRとINTの違いはありますが」
「……ロレッタさんというと、宿にいらっしゃる赤毛の貴族様でしたかしら」
わけのわからない単語はスルーする。
これが、アレクとうまく会話するコツだと、物覚えの悪いモリーンもさすがに理解していた。
「はい。その方はダンジョンを一つ制覇なさっていますので、その方と並ぶ実力という自信はもっていいですよ」
「ダンジョンを一つ……さすがベテランの風格のある貴族様ですのね。あの方と同じ年齢になるころには、わたくしもひとかどの冒険者になっているでしょうか」
「ちなみにモリーンさんは十五歳ぐらいでは?」
「いえ、十六です」
「そうですか」
「はい、そうですが……?」
どういう質問だったのだろう、とモリーンは首をかしげる。
しかしアレクはそれ以上この話を続けず。
「では、明日は装備を整えるため、買い物へ行ってください。妻には話を通しておきますから」
「わかりましたわ……強く、なっているのですよね、このわたくしが……こんな、わたくしでも。装備を整えさえすればきっと、自信ももてますわよね」
「……」
「アレク様?」
「はい、きっとそうですよ」
アレクは笑う。
モリーンは、少しだけドキリとする。
夢のようだ。
まさか自分が、ダンジョン制覇者ぐらい強いだなんて。
意外すぎて現実感がない。
だから。
今見ているのは、都合のいい夢で――
現実の自分は、アンロージーの膝元で馬鹿にされているのではないかと。
彼女はしばらく、疑い続けていた。




