29話
頭を使うと。
魔力も使う。
モリーンがそんなことに気付く余裕ができたころ、属性の説明は終わった。
火、風、土、水。
光、闇。
無、そして不在。
火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。
光と闇はお互いに対して強い。
無に弱点はないが、無に弱い属性もない。
不在属性というのは『理論上あるとされているが誰も実際に観測したことがない属性』だ。
学問的な話なので、そういう属性がある、程度に覚えればいいらしい。
「強い、弱いにも色々ありますね。火が風に強いのは、風は火に飲みこまれ、火を強くしてしまうからです。風が土に強いのは、土の影響を一切受けないからです。土が水に強いのは、水を受け止め吸収してしまうからですけれど、水属性に影響された土属性は性質を変えます。水が火に強いのは、簡単ですね。消えます。まあ、うまくやると、お湯を沸かすなどの利用法もありますが」
「はい……はい……」
「ではモリーンさん、今の説明を最初から復唱してください」
「……」
「モリーンさん?」
「……どなたですの……わたくしは……チワワ……」
「……少し休憩しましょうか」
アレクは苦笑する。
モリーンは、彼がなぜ、一切変わらず活動できるのか、わからなかった。
もうかれこれ十時間ほど座学をやっている。
普通の勉強でも疲れるのに、魔力を吸収する洞窟での授業だ。
脳はぐつぐつゆだって、なにも考えることができなくなっていく。
実際に、何度も死んだ。
何度も何度も、何度も何度も。
考えて、悩んで、一生懸命覚えようと頭を使っていたら、いきなりフッと思考が軽くなる。
死んで生き返るとそうなるようだ。
この洞窟では頭を使うだけで極度に衰弱する。
それが普通のはずなのに。
なぜ、アレクは一切変わらずに、話を続けられるのか。
強いとか、ものを知っているとか、そういう話ではない。
どこか非人間的な、無機質な不気味さを感じた。
アレクはにこにこと笑って。
モリーンの正面に、なにかを置いた。
「お弁当を作ってきたんですよ。よろしければ、どうぞ」
「……おべんとぅ……?」
「そうですよ。食べ物です。疲れた頭にちょうどいいですよ」
「ああ……いただき……ますわ……」
なにかの植物で編まれたランチボックスを、のそりと開く。
すると、そこに入っていたのは……
「……アレク様」
「なんでしょうか?」
「あの、わたくしの見間違えでしょうか……いえ、きっと見間違えに違いありませんわ……なんだか固そうな、細長いものがたくさん絡まった、よくわからないものしか、入っていませんのですけれど、きっとわたくしが疲れて、見間違えているのですわよね?」
「見間違えじゃありませんよ」
「では、これはいったい、なんですの? ビスケットの一種ですの?」
「いいえ、それは、インスタントラーメンです」
「…………名称を聞いても、よくわからないのですけれど」
「手記で拝見しましたが、あなたはうちで出している醤油ラーメンをたいそうお気に入りのご様子でしたので、手軽に食べられるラーメンをお弁当に出せば、喜んでいただけるかと思い、昨日、作りました」
「これが、ラーメンですの!? あっ、インスタント『ラーメン』!」
モリーンが、がっぷりと弁当箱に顔を寄せる。
似ても似つかない物体だ。
これがどのようにして、あの美味なるショウユラーメンに化けるというのか。
「あ、あの、アレク様、これ、スープがございませんわ。よく見ればパスタの集合体のようにも見えるのですけれど、固くて、解きほぐそうとしたら、すべて折れてしまいそうですわ。なにより魅惑のチャーシューがございません」
「その塊を避けて、下を見てください」
「……なにか、よくわからないものが……」
「『かやく』と『スープの素』です」
「……ええと」
「乾燥させたチャーシューと、お湯に溶くことでスープになる粉が入っています」
「これが!?」
まじまじと見る。
どのような魔術的儀式を行なえば、これがラーメンになるのか、本当に想像もできない。
むしろ目の前のこれらは、このまま食べるのが正解であり、疲れているせいでアレクがさもラーメンを振る舞ってくれるような幻聴を聞いているのではないかと、モリーンは疑った。
アレクは語る。
穏やかな、聞いていると、頭の芯に浸透してくるような声で。
「いいですか、モリーンさん。これは、いつもあなたが食べているラーメンを、俺が魔法で、どこでも手軽に食べられるようにしたものです。昨日、修行のお話をしてから、お弁当にラーメンを差し上げたらどれほど喜んでいただけるかと思い、徹夜で作りました。この世界初、世界で最初にして、今は俺が一つ一つ手作りするしかない、オーダーメイドのインスタントラーメンです」
「徹夜で!? 世界初!? しかも一品ものですの!? ちょっとアレク様! 一つの発言におどろくポイントを二つも三つも配置しないでいただけませんこと!? わたくし、どれに反応したらいいかわからなくなってしまいますわ!」
「魔法の可能性はすごいとだけ、覚えてください」
「魔法の可能性ってすごいですわね!」
モリーンが叫ぶ。
アレクは満足そうにうなずいた。
「そのインスタントラーメンは、熱湯で三分間茹でることで完成します」
「あのお料理がたったそれだけの手間で! なんと贅沢な!」
「では、早速作ってみてください」
「わかりましたわ! では、お湯を沸かすお鍋をくださいます!?」
「ありません」
「なるほど! ありま――ありませんの!?」
「ありません」
「それでは、わたくしは、ラーメンを目の前にして、ラーメンを食べられないということになりませんこと?」
「いいえ。きちんと食べられますよ」
「どのように?」
「今、教えたでしょう?」
「はい?」
「魔法ですよ」
アレクは柔らかく笑う。
モリーンは目をぱちくりさせた。
「あの、おっしゃっていることの意味が、よく……」
「まずは、土魔法で鍋を作ります。土属性の基本である『造形』の技術ですね」
「……」
「次に、火魔法と風魔法で、火を熾します。風魔法を上手に使うことで、火魔法単体よりも、楽に火力をコントロールできます」
「…………」
「そして、水魔法で、先ほど作った鍋に、空気中の水分を集めます。ここで注意するべきは、土魔法の『造形』が不完全だと、水魔法に反応して、鍋に水を入れた瞬間、泥に変質します」
「………………」
「そして、お湯を沸かしたら、インスタントラーメンと、かやくを入れて、三分間茹でます。最後にスープの素を入れて軽く混ぜれば完成です。ああ、フォークはランチボックスにありますよ。これは、俺からのサービスです」
「……………………」
「さ、どうぞ」
アレクは小首をかしげ、言葉と同時にハンドサインで作業開始を命じた。
モリーンは妙な笑いが喉奧から漏れてくるのを感じる。
「え、えへっ、えへへ……」
「喜んでいただけているようで、なによりです。ここでさらに嬉しいお知らせがあります」
「えへっ?」
「今日と明日、修行中のお食事は、すべてインスタントラーメンです」
「えへへ?」
「あなたの分だけしか作れませんでしたが、俺のことはお気になさらず。一週間は飲まず食わずでも活動できるように鍛えてありますから。さあ、丁寧に、教えて差し上げますよ。まずは鍋の『造形』です。さ、魔力を集中して」
「えへへへ」
モリーンは笑う。
アレクも笑う。
二人の幸福そうな笑い声が、洞窟内に響く。
でも、モリーンはなにか熱いものがこみあげそうになるような感覚を、覚えた。




