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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
二章 モリーンの『屋敷』侵入

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27話

 夜。

 宿屋、従業員の寝室。

 大きなベッドが真ん中に置かれた、やや粗末な部屋で、アレクはモリーンから受け取った手記を読んでいた。


 その目の前にはモリーンがいる。

 長い髪を頭の後ろで縛った少女だ。


 まずは真っ白い髪が目を惹く。

 次いで注目したくなるのは、それ以上に白い肌だ。


 比喩でもなんでもない、純白。

 整いすぎた顔立ちと、左右で色の違う瞳も相まって、その容姿には幻想的な趣さえある。


 長いマントに丈夫なワンピースという、平均よりもややファッション性に欠けた旅姿でさえなければ、精霊か天使かと思うような美女。

 その彼女は神に仕える巫女のように、アレクの正面に片膝をつき、頭を垂れていた。


 ぱたん、と軽い音。

 アレクが手記を閉じたのだ。


 モリーンは顔を上げる。

 そして、たずねた。



「アレク様、どうか、過去のわたくしがしようとしていた愚かな行為をお許しください」

「……勝手に宿の枕を裂いて中になにか入れてると思ったら、こんな物をしまってたんですね」



 あきれた声。

 モリーンは身を固くした。



「お許しください。どうぞ、どうぞ、寛大なるお心で……」

「まあ、どのようなものを記していても、それはお客様の自由ですし、たとえ備品の枕を勝手に破かれていても、お部屋の掃除の際にお取り替えするだけですから、いいんですが。もちろん、故意に宿のものを壊さないよう、注意とお願いはしますけれど」

「許してくださるのですか?」

「ええ、まあ、はい」

「なんたる深いお慈悲……わたくし、先ほどより震えが止まりませんわ」

「そうですね、チワワもかくやというぐらいにプルプルしてますね……」

「ちわわ?」

「白い毛並みの犬のことです。俺の世界にいました」

「なるほど。白い毛並みで、犬のように従順、そして震えている。つまりわたくしのことですね」

「いや、比喩じゃなくて、犬の話をしているんですが」

「わかりました。これからわたくしは、あなた様の託宣に従い、チワワと名乗ります」

「名乗らなくていいです」

「どうかアレク様、チワワめの愚かな行いをお許しください」



 モリーンは深く頭を下げた。

 なので、アレクの心底困り果てた顔は見えていない。



「……とにかく、備品を勝手に改造しないでください。あと、この宿は一応、冒険者を専門に受け入れていますので、ダンジョン攻略が目的でなく、行く当てがあるならお帰りください」

「あ、いえ、その、冒険者なのは、本当です」

「どういうことですか? 密命を受けて俺の調査に来たみたいな感じなのでは? 手記にもたしかに、アンロージーさんという方の密命を受けていると書いてありますが……」

「……実は、密命は受けていないのです」

「どういうことで?」

「密命は受けていないのですが、きっと密命のようなものを言外に授けたに違いないと信じたい思いがあったと申し上げますか……」

「つまり?」

「今まで暮らしていたお屋敷から、主であるアンロージー様に、追い出されまして」

「……」

「ダンジョンの一つも制覇するまで帰ってくるなと」

「……はあ」

「最初はわたくしを密偵の仕事につけてくださっていたのですが、その、あまり出来がよろしくなくてですね……さすがにもう仕事は任せられないと、追い出されまして」

「なるほど」

「わたくしの不明が招いたことですので、追い出されるのはやむなしと思っております。けれど、アンロージー様のお屋敷には、妹分となる亜人もたくさんいますので、彼女らにまた会いたく、せめて自由に屋敷に戻れるようになりたいと……」

「亜人、ですか?」

「……はい、亜人ですが……わたくしのような、人間以外の種族を亜人と言いますよね?」

「言わないわけではないんですが……ちょっと差別的な表現のような」

「アンロージー様はそのようにおっしゃっておりましたが」

「……まあ、いいです。それで?」

「あ、はい……ダンジョン制覇とか、何年かかるかわからないでしょう? ですから、手っ取り早く手柄を挙げて、アンロージー様のおうちに帰りたいと、そう思って、『狐』を探そうと……」



 ダンジョン制覇は難しい。

 ひとかどの冒険者になるのに五年。

 その『ひとかどの冒険者』の中でも、ダンジョン制覇ができる者は、一握りだ。


 モリーンはチワワのような目でアレクを見上げる。

 彼は笑った。



「よろしい。事情はわかりました。つまり、ダンジョンを一つでも制覇すれば帰っていいという話なのですね?」

「それは……」

「違うんですか?」

「…………いえ。違うはずが、ありませんわ。アンロージー様はきっと、ダンジョンを制覇さえすれば、またわたくしを家に帰してくれるはずです」



 うつむく。

 モリーンにはなにか、思うところがあるようだった。


 しかしアレクは話を続ける。

 いつものように、笑ったまま。



「でしたら、明日からも修行を続けましょう。大丈夫、ダンジョン制覇なんて、うちで修行すればすぐですよ」

「ああああありがとうござざざざざいいいまままままままま」

「どうしました? 震えているようですが……」

「なななななんでもありませんわ! これは、これは、嬉しくて、嬉しくて、震えているのです」

「そうなんですか? いやあ、数々のお客様に修行をつけてきましたが、ここまで喜ばれたのは初めてですよ。よし、気合い入れますね」

「嬉しいですわ! 嬉しいですわ!」



 モリーンは泣いた。

 笑おうとしているのに、頬がこわばって、涙があふれてくる。


 アレクは。

 やっぱり、笑っていた。



「耐久力とHPは上げたので、明日からは攻撃力を上げましょうね」

「楽しみで仕方ありませんわ! 楽しみすぎて、なんだか、吐き気がしてまいりました!」

「はしゃぎすぎて吐くというのも犬みたいな……いえ、お客様に失礼でしたね」

「失礼なんてそんな! アレク様が犬になれとおっしゃるならば、わたくし、喜んで犬になりますわ! わんわん!」

「いえ、そんなことで喜ばれても、ドン引きなんですが……」

「今から、明日のことを思うと、涙と震えが止まりませんわ!」

「そこまで楽しみなんですか? 水分補給はしてくださいね。涙で脱水症状というのも、ありえそうな泣きっぷりですから……」

「慈悲深きお言葉、ありがとうございます!」



 モリーンは頭を垂れる。

 アレクは苦笑した。



「では、明日やる修行の内容ですが……」

「聞きたくありませんわ……」

「そうですか? じゃあ、現地に着いてからのお楽しみにします?」

「いえ! お聞かせくださいまし! 聞いた方がまだ怖く……いえ! 楽しみが増しますので!」

「そこまで力強く楽しみにされると、こっちもやりがいがあるなあ……最近来たお客さんは、まるで拷問みたいに俺の修行のこと語ってたから……」

「そのお客様は正しいですわ」

「なにか? ……あ、そういえば手記にも拷問とかあったような……」

「なんでもございません! 見間違えですわ!」

「そうですか? えー、では、明日の修行ですが……あなたは魔術師のようですから、魔力を上げます」

「……魔術師? わたくしが、ですか?」



 モリーンは自分を見下ろす。

 森に溶け込み、獲物を待つためのマント姿。

 ……今この場にはないが、部屋には弓が置いてある。


 物心ついた時にはすでに、弓師として育てられたのだ。

 だから首をかしげたのだが。

 アレクの方も、首をかしげていた。



「そうですよ? ステータスを見るに、どう見たって魔術系です。もともとの素早さと腕力がとても低いですし、耐久力とHPの伸びの悪さから見ても、後方で魔術を放つ魔術師が向いています」

「……弓師ではなく? 物心ついた時からずっと、弓を持たされていたのですが」

「あなたは弓師には一番向いてないと思いますけど……」

「え、そんなに向いていませんの?」

「あなたの才能ですと、たぶん、そのへんの子供の方がうまく射ることができるんじゃないですか? 血のにじむような修行をして、ようやく止まった目標の半径一メートル圏内にギリギリ矢が届くぐらいではないでしょうか? だってDEXの低さ、やばいですよ」

「なにやらわたくし、混乱してまいりましたわ」

「とにかく、そうですね。そっちで大成したいなら、そのように計らいますけど……たぶん、他の方よりだいぶ辛い修行になると思い――」

「そう、わたくしは魔術師なのです! 物心ついた時から、ずっと弓師に偽装しておりましたが、実は魔術師だったのです! よくぞ見破られましたね! さすがですわ!」



 モリーンは拍手をする。

 アレクは首をかしげた。



「えっと、とにかく、魔術師の修行をつけていいんですか?」

「アレク様のお望みのままに!」

「ああ、お任せいただけるんですね。ありがとうございます。では、明日の修行ですが、まずは楽なものから始めましょうか。お客様は一つも呪文を習得していないようですし」

「……どうしてそんなことがわかるのですか」

「えっ? 特技欄を閲覧しただけですが」

「特技欄?」

「……ああ、はい。いえ、なんでもないです。とにかく、わかります。では、明日は初級から中級までの呪文を一気に覚えちゃいましょう」

「あの、わたくし、それほど記憶力がよろしくないのですが」

「大丈夫です。体に教えますから」

「はい?」

「俺が魔法を撃ちますので、相性のいい魔法を唱えていただいて、打ち消してもらうんですよ」

「……相性のいい魔法で、魔法を打ち消す?」

「属性という概念も、明日ご説明させていただきますが……まあ、大丈夫です。俺は手加減が苦手ですけど、魔力の調整だけは得意なんです。昔、妻に魔法を教えるために努力しましたから」

「は、はあ……」

「だから、きちんと相性のいい属性の魔法を唱えれば打ち消せるギリギリの強さで、あなたに魔法攻撃をします。それを、あなたは打ち消すのです」

「あの、ちょっとわたくし、混乱しているのですが……もし打ち消すことに失敗したら、どうなるのでしょうか?」

「死にますね」



 アレクは笑顔のまま、なんでもなさそうに言った。

 モリーンは体の震えが止まるのを感じる。


 本気で恐怖を覚えると。

 震えることさえ、体が拒否する。


 腹の底が氷のように冷たくなっていく。

 ひきつった喉で、モリーンはどうにか声を絞り出す。



「し、し、死にたく、な、ない、です」

「あはは。やだなあ、今さらそんな、冗談みたいなこと、言わないでくださいよ。ほら、絶壁から飛び降りる修行を思い出してください。あなたは死を乗り越えたはずです。それに――」



 笑う。

 彼は、あくまでも、柔らかな雰囲気で、微笑みを浮かべ続ける。



「――死んだってロードしたらいいでしょう?」



 それが当然とばかりに。

 彼は、あっけらかんと口にした。

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