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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
二章 モリーンの『屋敷』侵入

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26話

 手記より。



 ――調査一日目。

『銀の狐亭』という、目標のアジトへ潜入する日が訪れた。


 宿屋に偽装してはいるが、盗賊団がアジトを偽装するのは自然なことだ。

 なかなか尻尾を出さない『狐』の尻尾をつかむため、潜入調査を行なうこととする。


 危険な任務だ。

 生きて帰れないかもしれない。


 けれど、『狐』の悪事に苦しむ人々をこれ以上出さないためにも、やらなければならない。

 だからもし、わたくしが志半ばで倒れた時のため、この手記を残す。


 どうか、わたくしの死後、この手記を発見した方がいらしたら、憲兵団の第二大隊長であるアンロージー様に、この手記を渡してほしい。

 手記の筆者、モリーンから厚くお願い申し上げる。





 ――調査二日目。

 宿屋への侵入は成功した。

 客だと言ったらあっさりと宿泊が可能だった。

 値段も良心的で、とても裏でとんでもない凶悪犯罪を繰り返す窃盗団のアジトには思えない。


 しかし、騙されてはならない。

 裏で凶悪なことをしているからこそ、表の顔は品行方正なのだ。


 まだ調査は始まったばかりだ。

 しばらくはなにもない日が続くかもしれないが、根気強く気付いたことを書き留めていきたい。





 ――調査三日目。

 わたくしは、もう駄目かもしれない。


 裏でどのような凶悪犯罪を行なっているにせよ……

 にこやかな夫妻の経営する健全な宿屋だと、思っていた。


 甘かった。

 ここは、人を堕落させる禁断の園だ。


 まず、ベッドの寝心地がよすぎる。

 次に風呂がおかしい。

 大きな土壁に、お湯をたっぷりためて、つかる。

 こんな貴族様のようなお風呂を、まさか場末の宿屋で味わえるとは思わなかった。


 しかも、食事が美味しい。

 王都でもこの宿屋でのみ食べられる『ショウユラーメン』という料理が特に絶品だ。


 独特な風味のあるちぢれたパスタに、スープをからめて食べる。

 具材として大きくカットされた肉が使用されており、この肉が特にすごい。

 大きいのに口の中でとろけるような柔らかさで、噛むたびにあふれ出すスープがとてもジューシィな味わいだ。


 この宿屋はなにかがおかしい。

 食事もサービスもすごすぎる。


 わたくしは調査を重ね、この宿屋のサービスの謎に迫ることにした。

 きっと、『狐』につながる情報に違いない。





 ――調査四日目。

 調査を続けていて、店主が深夜、毎日のようにどこかに消えていることに気付いた。

 自室にいる風でもない。

 表に出ているのだろうか?


 もちろん、宿屋の店主だからといって、夜に外出してはいけない決まりはない。

 しかし、あのなにを考えているかわからない店主だ。

 きっと秘密の外出に違いない。


 おそらく、食事に使用している未知の食材を仕入れる裏市場があるのだ。

 わたくしも、あの『チャーシュー』とかいう肉の秘密を知るため、追跡しようと思う。



 四日目、追記。

 この夜は、店主を見つけることが叶わなかった。

 店主が扉を出たあとしばらく間をおいて追いかけたが、見つけられなかったのだ。


 このあたりは裏路地で、道が入り組んでいるため、見失ってしまったのだろう。

 またチャンスは訪れるはずだ。

 今度は事前にたどりそうなルートを調査してから臨みたい。





 ――調査五日目。

 この宿屋では新人冒険者の育成という名目で、修行を行なっているようだった。

 わたくしも、店主の行動パターンを観察するため、彼の修行を受けてみることとする。

 なんでも、『銀の狐亭』は新人冒険者育成に力を入れているらしい。


 ひょっとしたらそのような名目で、新しい盗賊団メンバーを探しているのかもしれない。

 チャーシューの仕入れ先も気になるが、『狐』の全貌に直接つながる調査も大事だ。


 ここの修行を受けた者が、みな、一様に内容を語らないのも気になる。

 ただ、きつい訓練だという話だけは、耳に届いた。


 しかしわたくしは、ある程度の軍事訓練は受けている身だ。

 こう言っては悪いが、新米冒険者とは鍛え方が違う。


 修行を終えたあと、またその内容について記そうと思う。

 ともすれば、盗賊団につながる決定的な証拠をつかめるかもしれない。



 五日目、追記。

 わたくしはあの壮絶な修行を語る言葉をもたない。


 思い出したくもない、壮絶な、あの、どう言ったところで他者に伝えることは不可能な、修行と呼んではいけないなにかを、わたくしはそれでも、なにかの重大な証拠になるかと思い、たどたどしくも記してみようと思う。


 こうして懸命に思い返している今、手が震えて、文字がうまく記せない。

 死とは、なんなのか?

 わたくしは今、本当に生きているのか?

 あの時の苦しみが、とてつもない現実感を伴い、今も、この胸に、深く、深く残っている。


 修行の内容は

 豆


(筆跡の震えが増し、後の文字は判別できない)





 ――調査六日目。

 当たり前のように、今日も修行を受けることにされてしまった。


 ひょっとしたら、店主はわたくしの正体に気付いていて、拷問をしかけているのかもしれない。

 だから、これ以降の手記は、遺書のようなものだと思ってほしい。


 わたくしは、なにがあろうとも、自身が受けた密命を吐くことはないし、この手記も、宿屋の従業員に見つからないよう、厳重に隠し、保管している。

 だからここに、わたくしの秘めた思いを記しておきたい。


 わたくしは、孤児だったわたくしを拾い、育ててくださったアンロージー様に大変な恩義を感じている。

 彼女とは人種も違うが、彼女は、差別を受けがちな魔族であるわたくしを、育ててくださった。


 他にも、行き場のない人間以外の種族を、あの方は受け入れてくださっている。

 あの方のもとから卒業していったきょうだいたちは、その後も、よく活躍しているらしい。


 大恩あるアンロージー様。

 その方の密命なのだ。

 わたくしは死をも恐れない。


 だから、わたくしは、秘めた思いをここに記しておく。

 アンロージー様。

 あなたのことを、実の母のように思っておりました。

 どうかわたくしが先立ったあと、この手記が『狐』逮捕の要因の一つとなれたなら、無上の喜びです。


 どうかわたくし亡きあとも、同じ境遇、同じ環境で育った妹分たちを、お願いいたします。

 彼女たちは、わたくしより才能も将来もあるはずです。

 どうかどうか、彼女たちの明るい未来を、重ねてお願いいたします。


 でも、修行を受けてから、思うのです。

 死とは、なんなのか?

 本当に死んだら人はおしまいなのか?


 どうやらもう、わたくしは、冷静にものを語ることができないようです。

 だんだんと、精神が、前のままでいられなくなってきているのを、感じます。


 わたくしがわたくしでなくなる前に……

 どうにか『狐』の撲滅につながる情報を掴み、親愛なるアンロージー様にお伝えしたいと、切に願います。





 ――調査七日目。


 素晴らしい扉が開けました。なにも恐れることはなかったのです。わたくしが知ったのは人の可能性でした。恐れを取り除くだけで人は何倍も強くなることができます。不可能と思っていたことは不可能ではなかったのです。思えば子供のころは、なんでもないつもりで木から木、屋根から屋根へ飛び移るという荒行をやっていました。今は任務でもなければやらなくなりました。身体能力は上がっているのにです。ではなぜ、人は大人になり身体能力が上がると行動範囲が狭まるのか? それは恐れがあるからでした。ケガ程度のことを怖がるからです。死ぬ程度のことを忌避するからです。世間体、見栄、精神的な枷があるからです。ですが生きることは生き抜くことなのです。恐れにより可能性を狭めてしまうのはもったいないことなのです。わたくしは気付きました。今のわたくしには、世界が以前より広く見えます。なんと素晴らしき啓蒙をうけたのでしょう。彼は素晴らしいお方です。最初は恐れておりましたが、今や、わたくしは彼に深く感謝し、尊敬をしております。父も同然に慕っております。いえ、彼はわたくしを生まれ変わらせてくれました。父も同然ではなく、まさに父なのです。尊き父。畏敬すべき父。彼は正しきお方でした。悪事など働いては、いなかったのです。いえ、彼の為すことすべては、正義なのです。こうして彼を崇め奉るため手記を記しているあいだ、わたくしは涙が止まりません。こうしていても彼の素晴らしさを思い出し手が震えます。全身が震えます。震えて、震えて、止まりません。


(こわい、たすけて という震えた文字が、端の方に、小さく記されている)





 ――調査八日目。

 今日はなにもない、素晴らしい一日でした。




 ――調査九日目。

 快適なベッドで眠って、快適なベッドで起きます。

 大きな鏡で、身だしなみを整えます。

 きっと、王都の誰も食べたことのないような、不思議で、美味しいご飯を食べます。

 夕方には、大きなお風呂で、全身をお湯につけることができます。

 また、気持ちのいいベッドで眠ります。

 幸せです。




 ――調査十日目。

 なにか大事なことを忘れている気がして、手記を読み返しました。


 すると、おそろしいことがわかります。

 どうやら、わたくしは、この宿に、アレク様の秘密を暴くため潜入していたようなのです。

 ありえません。

 知らなかったとはいえ、なんという愚かしく、恐れ知らずなことを考えていたのでしょう。

 なので、この手記はアレク様に提出することにしました。

 優しいお方なので、きっと、過去のわたくしが思っていた愚かしい考えも、許してくださることでしょう。

 許してください。

 お願いします。

 どうかこの手記を見たアレク様が、万が一にもお怒りになられませんよう、願いをこめて。



 ○



「いや、怒りませんけど、でも備品の枕を切り裂いて勝手に手記を中に入れるのだけはやめていただけると、店としては助かります」



 手記の隠し場所は筒抜けでした。

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