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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
一章 ロレッタの『花園』制覇

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22話

 アレクが宿屋『銀の狐亭』に戻ってきたのは、その日の夕方だった。

 宝の回収と、ギルドへの報告、そしてギルドから情報をもらうという三つの用事を済ませていたため、遅くなってしまったのだ。



 宿屋に入り、一時保管場所として、自分の部屋に袋いっぱいの宝物を置く。

 そして妻と奴隷たちがいるはずの食堂に顔を出せば――



 カウンター席に。

 先ほど別れたはずのロレッタが、いた。


 どんよりとした雰囲気だ。

 なにかを悩んでいるのか、ほおづえをついて、真剣に、カウンターテーブルを凝視していた。



 アレクはいつものような足取りで彼女に近付く。

 そして、すぐ真後ろから声をかけた。



「ロレッタさん、お帰りなさい」

「おお!? ……アレクさんか。だから気配を消して近付くのはやめろと言ったではないか」



 ロレッタはとびのきかけたが、どうにか椅子の上から動かないですんだ。

 何度もおどろかされていると耐性がつくらしい。

 まさかこれが『精神修行』なのかと、彼女はちょっとだけ考えて、否定する。

 こんな生ぬるいものを、きっとアレクは修行などと呼ばないだろう。


 アレクは。

 にこにこと柔らかい笑顔を浮かべたまま謝罪する。



「すみません。従業員一同、お客様の邪魔にならないよう、気配を消して――」

「それは知っている。……なんだ、その、私の方があなたをおどろかせてしまうかと思っていたぐらいなのだが、どうにも杞憂だったようだ」

「そうですね。お早いお帰りのようで」

「う、うむ……」

「俺の予想より半日ほど早いです。あなたは常に、俺の予想の半日先を行く方ですねえ」

「……まるで戻ってくること自体は想定していたような口ぶりだな。ああ、賞金を取りに戻ると予想していたという話か?」

「いえ。たぶん、おじさんと直談判できずに戻ってくるんじゃないかと思っていましたよ」

「……」



 ロレッタは黙り込んだ。

 そして、大きくため息をつく。



「……当たりだ。叔父には、指輪だけとられ、門前払いされた」

「今のあなたの腕力でしたら、強引に指輪を守り抜くこともできたと思いますけど」

「呆然としてしまってな。抵抗する気力もなかったよ。……本当に叔父は、私を家族とは思っていないらしい。あるいはそれだけ、私に家督をゆずりたくないのか」

「どうでしょうね」

「……今から、不遜なことを言うかもしれんが、聞いていただけるか?」

「どうぞ」

「貴族の位や財産は、そこまで大事なものか?」

「……」

「私には、わからない。金や権力は、家族を殺してまで欲しいものなのだろうか? 私とて家督を取り戻そうと動いていた身だ。偉そうなことは言えないのだろうが……もし叔父を殺さなければ家督も財産も取り戻せないという話ならば、あきらめていたと思う」

「そうですか」

「まさか話さえしてもらえないとは、思わなかったよ。……なんだか、ぼんやりしてしまうな。目指していた目的地が、実は幻だったのだ。目標を見失った。――話し合いによる和解など、最初から、私以外、誰も、考えてすらいなかったのだ」

「それで、おじさんを憎みますか?」

「………甘いと笑ってくれ。それでも私は、叔父を憎めない。いや、叔父に限らず、誰かを憎み、その気持ちを原動力とすることは、無理なようだ」

「なぜ?」

「その質問は難しいな。……強いて根拠らしきものを挙げるならば、それは私が、貴族として育てられたからだと思う」

「おじさんも貴族なのでは?」

「それを言われると弱いのだがな。……母の教えでは、貴族とは無私無欲の存在であれということだったのだ。高貴なる者の義務は、民衆を助け導くことにある。権力や財力はすべて民に還元するために一時あずかっているにすぎず、貴族は民あってのものだと。……だから、浮き沈みがあれど他者を恨んだり責めたりしてはいけない。それは筋違いだと……そう教えられてきた」

「なるほど」

「母はまだ、教えとなって、私の中に生きている」

「……」

「だからきっと、私は人を恨めないのだろう。恨めないことが、恨めしい。叔父を憎んで敵視できれば、色々とやりようはあるのだと思うが」



 また、深いため息をつく。

 アレクは、少し迷うようなそぶりを見せてから、言う。



「……その、明日、またたずねてみては?」

「それでなにか、変わるかな?」

「…………」

「アレクさん?」

「いえ、その。……まあ、変わるか変わらないかまでは、お約束できませんが。無駄にはならないかと思いますよ」

「……そうだな。繰り返せば、だんだん事態は好転していくものだ。私はあなたの修行で、そのことを学んだ」

「はい」

「……わかった。あなたの言う通り、また明日、叔父をたずねてみる。それですまないのだが……今日も泊めていただけるか? 宿無しでな」

「どうぞ。どうせ予約もない、寂れた宿屋です。お風呂もそろそろ、沸かしますから」

「ありがたい」

「あとで賞金と宝もお返ししますね。まあ、賞金の方は、調査団が『制覇』を確認するまでは、まだ半金しかもえらませんけれど」

「そうだったのか。実際に制覇した者の話を聞くことは希だからな。支払いがそのような仕組みだったというのは初めて知った」

「『制覇』のあとにも『掃討』『事後調査』っていう段階がありますからね。まあ、制覇者はだいたい掃討まで済ませてるものですので、実際は事後調査をするだけだと思いますけど」

「私の場合は特に、指輪を探していたからな。……制覇は、捜索の邪魔になるモンスターを湧かなくするための手段でしかなかった。今思えば、かなり無茶な『手段』だったよ。話に聞いて制覇の難易度を知っていたはずなのに、私はどうにも、自分ならできると根拠もなく思っていたようだ」

「冒険初心者にはよくありますね」

「……あるいは、無意識に、一生を冒険者で終える腹づもりだったのかもな」



 ロレッタが笑う。

 悲しい微笑みだった。


 アレクは、風呂を作るために、その場を離れる。

 風呂を作り終えたらやるべきこともあった。

 魔法の維持は多少離れていても問題なくできるが――


 さて。

 ロレッタの屋敷とこの宿とは、どのぐらいの距離があったか。

 場合によっては、熱めに沸かしておかねばならないかもしれない。

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