216話
奴隷商人には二種類いる。
身寄りのない子供を保護し、自立できるまで面倒を見るつもりで取り扱う『新しい奴隷商人』。
奴隷を消耗品と考え、その身をいたわることのない、『古い奴隷商人』。
双子を引き取ったのは『新しい奴隷商人』だった。
彼女は双子を『親を嵐で失ったかわいそうな子』と聞かされていた。
疑う理由はない。
たしかに嵐はあったと、奴隷商人は知っていたし――
狩猟型の獣人キャラバンは、よくこのような孤児が出る。
自然の獣と戦い、時には自然そのものと戦う狩猟という行為では理不尽な死がおとずれる。
そして――狩猟型キャラバンは、だいたいがギリギリの生活をしている。
赤ん坊が生まれた年にたくさんの大人が亡くなったりすると、キャラバンの存続自体が危うくなる。
そういう時にキャラバンは生まれた子を奴隷商人に売る。
食い扶持が減り、さらに代金も手に入るという損のない行為だからだ。
奴隷商人は自分の仕事を『理不尽に死ぬ子供をなくす素晴らしい職業だ』と思っていた。
まともな奴隷制度がなかったころ、狩猟民族が自然災害でたくさんの大人を失ったあとなど子供や老人は山に捨てられた。
それを思えば、金銭を払って子供を保護する行為のなんと尊いことか。
また二つの命を救うことができた。
奴隷商人は白黒の双子を買い取ったあと、そのように思ったものだ。
この奴隷商人の商売スタイルは実にまともだった。
主に子供を取り扱い、物心つくまで育てる。
育てた子供自身に客を選ばせ、自分を売るに足る主が見つからなかった場合、商売を手伝わせた。
また、奴隷商人の――彼女の教育者としての手腕は一流だった。
もとは貴族の家庭教師をしていたこともあるのだ。
その知識は広く、また、深い。彼女の教育した奴隷たちは、誰もが立派な主のもとで、立派な職業に就いていた。
ある日、彼女のもとに年若い夫婦がおとずれた。
なんでも商売を始めるための人手を欲しており、なるべくなら恵まれない子を引き取ってあげたいとのことだった。
彼女はその夫婦に他の奴隷商人をすすめた。
自分のところには恵まれていない子などいないからだ。
しかし――
「その子たちは?」
夫の方がたずねてくる。
彼の目は、双子の赤ん坊――引き取ったばかりの、白黒の猫獣人を見ていた。
奴隷商人は答えた。
「嵐で家族を失ったそうでね。物心つくまでは商品じゃないよ」
「赤ん坊が奴隷になっているのはなんていうか……」
男は嫌そうに顔をしかめた。
貴族出身なのだろうか、と奴隷商人は思う。
貴族らは平民にはない不思議な道徳教育を受けており、赤ん坊や年寄りが奴隷になったりすると、ことさら気分を害されたようにふるまう。
そのくせなにもしない。
赤ん坊や年寄りを奴隷にしたりするのは我慢ならない。でも手助けはしないし金を出すつもりもないから、自分たちの目に触れないところでどうにかやっておけ――そういうのが、奴隷商人の知る『貴族』というものだった。
そんな貴族に嫌気が差して、奴隷商人は以前の職業――貴族の家庭教師を辞めたのだ。
だから彼女は、この年若い夫婦もまた、そういう貴族なのだろうと判断し、身構えた。
……さらに言えば、婦人の方は獣人族であり、まだ幼いような見た目だったから、この二人は夫婦ではなく、貴族の坊ちゃんとその妾なのだろう、というあたりまで想像した。
貴族はだいたい、人間同士で結婚するものなのだ。
「この子たちを解放するにはいくら払えばいいんだ?」
男がたずねてくる。
奴隷商人は『男が貴族だ』という推理に確信を強めていく。
一度奴隷になったならば、解放のためにはいくつかの条件がある。
そのうち一つが『成人していること』であり――いくら金を積もうとも、赤ん坊を奴隷から解放することは不可能だ。
奴隷制度をよく知らないのに、奴隷を買いに来る――これから奴隷を自分の手元で働かせようという商人なら、勉強しておいてしかるべきだ。
夫婦は――夫婦を名乗る人間族と獣人族の男女は最初、『商売で使う人手がほしい』と言っていたが、それも嘘だろう。
おおかた、貴族が愛妾を連れて暇つぶしに奴隷を購入に来ただけなのだ。
そう考えると、色々とつじつまが合う。
奴隷は安いものではない――にもかかわらず、働き手になるような子を選ばず、大事なはずの資金を赤ん坊購入にあてようとしている。
余裕があって、本当は商売を始める気なんかないから、そういうことができる。
あるいはよっぽど後先考えない間抜けという線も考えられたが――
どのみち、奴隷商人の返事は決まっていた。
「解放はできないねえ。少なくとも、アンタらにこの子たちをあずけようとは思えない。赤ん坊は暇つぶしで育てられるほど楽な存在じゃないんだよ」
「暇つぶしってわけじゃないけど……」
「なんで解放できないのかは、奴隷制度について勉強してきなとしか言えないね」
この男女に自分の奴隷たちを売る気はなかった。
きっと、こいつらでは子供たちを幸福にはできないから。――金銭だけでは人は幸福になれないと、奴隷商人は思っている。
彼女は商人だった。当然奴隷を使って商売をしている。
でも、それ以上に教師だった。自分が育てた子供の将来を案じている。
「また来る」
そう言って、男女は去って行った。
奴隷商人はなんとも言わず、見送りもしなかった。
二度と来ないだろうと思っていた。
来たとしても、その時は、とても払う気にならないような金額をふっかけてやるつもりだった。
しかし、男女はまた来た。
だから奴隷商人は値段を告げる。
「王城を買えるぐらいの金額を持ってきな」
売るつもりはない、という意味の表現だった。
しかし、男にはどうにも、比喩が通じなかったらしい。
「わかった」
また翌日来る、と言った。
……翌日、本当に来た。
どっさりとお金を持って。
「足りるか?」
奴隷商人は、男の正体がわからなくなった。
男の持ってきた金額は、貴族が地位や家財をすべて売ったとしてもまかないきれないものだったからだ。
「……アンタ、何者なんだい? この金はどうした?」
奴隷商人はたずねる。
男はかすかに笑い、
「俺は、昨日までは冒険者だった、アレクサンダーという者だ。アレクとかアレックスとか呼ばれてる」
名乗って。
それから気まずそうに――
「この金は、いくつかのダンジョンを制覇して稼いだ。そのせいでギルドマスターから『もう冒険者辞めろ。マジでダンジョンなくなるわ』って言われたから、今は職がない。だから――できればいくらかまけてくれないか?」
頭を掻いて、告げた。




