214話
今回のことで一番救われたのは自分なのだろう。
リンジィはそう思っていた。
ダンジョンを制覇して帰れば――
ラウラと会うことができた。
なにを話したかは覚えていない。
言葉にならなかった気もするし、色んなことを話した気もする。
謝ったことだけは覚えてるけれど、必死で、いっぱいいっぱいで――言いたいことがあふれ出しそうで、たくさんありすぎて喉が詰まって、見つめ合った瞬間に泣いてしまった。
彼女じゃない。
自分たちに罰を与えたのはラウラじゃないと、見ただけで確信した。
なぜ突然会えたのか。
その詳しい理由はわからないが――アレクに事情を教えた途端に事態が動いたことを考えれば、彼がなんらかの遠因、あるいは原因であるような気はした。
だから――
『銀の狐亭』。
ダンジョンでどの程度かかったか、ラウラと再会してどのぐらい話したか、詳しい時間はわからないが――とにかく、今は夜。
カウンター内部で豆を炒るアレクに、リンジィは話しかけた。
「アレクサンダーさん、ありがとうございました」
「はい?」
彼が豆を炒る手を止める。
リンジィは、隣にいる妹――メリンダを一瞥してから、もう一度アレクへと視線を戻す。
「なんだかよくわからないけれど、アレクサンダーさんに事情を話した途端に解決しましたから。……なにかされたのかなと」
「こういう時、困りますね。サンプルが二種類ある」
「……?」
「いえ、お気になさらず。今回はまあ――隠すパターンなのでしょう。実際問題、俺はなにもしていませんしね。地味でつらい役割をこなしたのは、モリーンさんですよ。あの方、あなた方のことをずいぶん気にしておいででしたから」
「そうなんですか?」
「はい。まあ、ですので、お礼があるならばモリーンさんに」
「そのモリーンさんは今どちらに?」
「帰って来たロレッタさんに呼び出されて、王都の方の彼女のお屋敷へ。なんでもお掃除のお手伝いだとか」
「……貴族と平民なのに仲がよろしいんですね」
「ロレッタさんは、そういうのを気にしないタイプなので」
「……そういうところが、ラウラと似てたのかな」
リンジィは妹を見る。
メリンダは、悩むようにうなってから、
「ロレッタさんは、お姉ちゃんと似てるんだよ」
「そうなの? でも、貴族なんでしょう?」
「ラウラさんは誰とも似てないよ。あんな人そうそういたら大変だよ」
「……あなた、結構言うようになったわね」
「め、メリンダまずいこと言う子になった?」
「……まあ、おどおどしてなにも言わないよりは、いいんじゃないかしら」
「……うん」
会話が途切れて。
メリンダが、アレクの方を見る。
「アレクさん、ごめんなさい」
「どうされました?」
「……メリンダはたぶん、最後まで修業できなかったんですよね?」
「ああ……まあ、修業は手段なので。目的を達成できたならば、かたくなに手段を厳守することもないと思いますよ」
「……はい」
「あなたの努力は報われましたか?」
「……はい。……あ、あの、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
アレクが笑った。
リンジィは立ち上がる。
「……店は売らなくてすみそうです。ラウラと色々話して――貴族をやめるみたいです」
「おや、そういうこともできるんですか」
「詳しい手段はわかりませんけど、決意は固いみたいですよ。だから――三人で、薬屋をやっていこうと思います。もともと私たちは冒険者じゃありませんし。私の足は、神様からの『やめておけ』っていう警告だったんじゃないかなって」
「そういえば、あなたが足をケガするまで冒険者を続けた理由――いえ、冒険者を始めた理由はなんだったのですか?」
「……市に出回る材料だけだと、作れない薬があったんです」
「おや、どんな?」
「傷あとをなくす薬」
「…………なるほど」
「でも、私にはそもそも冒険者は向いてなかったみたいです。……必要な材料があったら、お金をためて、ギルドに依頼を出すことにします」
「その時はロレッタさんやモリーンさんに頼むといいかもしれませんね。彼女たちならば確実に望むものをとってきてくれるでしょう」
「考えておきます。……じゃあ、私たちはお店に帰ります。今までありがとうございました。料金は――」
「カウンターに猫獣人の女の子がいるはずですので、そちらで」
「わかりました。お世話になりました」
リンジィが礼をする。
メリンダも立ち上がり、一礼した。
そして、去って行く。
入れ違うように――
十本の尻尾を持つ狐獣人が、カウンター席に座った。
「のうアレク、カウンター席の背もたれが浅くて、わらわにはきついんじゃが」
「……なんですか出し抜けに」
「ほれ、尻尾がな、十本もあるじゃろ? そういう客のためにも、もう少し背もたれなど気をつかってもよかろうと、そういう話をじゃな」
「あなたしかいないと思う」
「ま、それもそうじゃな」
「ところで、調査の状況は?」
アレクが詰め寄る。
十本の尻尾を持つ狐獣人――『月光』は牙を見せて笑った。
「なんじゃ、貴様にしては珍しく、焦りが見えるのう」
「……からかうな」
「まあ、任せい。まだ成果は出ておらんが、近いうちになんぞつかめるじゃろ。慌てたところで調査は早まらんわ。もしくは人をもう少し貸せ」
「すでに俺の名前で使いまくっているようだけれど」
「もっと有能な人材がほしいんじゃ。わらわが無能じゃからな、部下は有能でなければならんじゃろうが」
「当然の道理のように言われても」
「――で、今日は家で眠るのか?」
唐突すぎる話題転換だった。
アレクは――おどろく。
「……なんで、いきなり」
「最近ずっと夜、家で寝ておらんのじゃろ? どうした? 夫婦間が冷え込んでおるのか?」
「……」
「……今の貴様は割と好きじゃぞ。からかいがいがある――まあ、わらわは調査を続けよう。裏で暗躍させるのが、わらわの正しい使い方じゃ。しかし、わらわは他にも使いでがある」
「……」
「悩みがあれば言うてみ。母が聞いてやるぞ」
「……別に」
「そうか、そうか。……ま、それもよかろう。じゃがな、貴様の気持ちがわかるのは、おそらくこの世界でわらわだけじゃぞ」
「……」
「どうした、気持ちが悪いと言わんのか」
「……あんたは、俺になにを言わせたいんだ?」
「ほう、わらわに言わされそうななにかがあるのか」
「……」
「クックック、楽しいのう。やはりわらわは、攻めに回る方が好きじゃな。しかし本気で怒らせるのも分が悪いでな、わらわは退散しよう。……成果があがればすぐに教える。心配せず、貴様は今のまま、普通にしておれ。それが一番じゃろう」
言いたいことを言い終わった――
妙にツヤツヤした顔で、『月光』は席を立つ。
アレクはうつむく。
そして――
「たしかに、そうかもな」
ボソリと。
誰にも聞こえない声で、つぶやいた。




