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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
一章 ロレッタの『花園』制覇

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21話

 ロレッタが『花園』制覇を終えて出たら、そこにはアレクがいた。

 時刻は昼だ。

 制覇するまで、ちょうど丸一日かかったことになる。



 セーブポイントの横にはアレクだけがおり、ブランはいない。

 一晩寝ずに見張りをしていたはずなので、アレクが帰らせて休ませているのかもしれない。



 ロレッタはアレクに近付く。

 そして、嬉しさを抑えきれない様子で言った。



「アレクさん、『花園』は制覇したぞ」

「そうですか。おめでとうございます」



 リアクションは薄かった。

 ロレッタは思い出す。

 彼にとってダンジョン制覇など珍しくもなんともないのだ。


 嘘のような話だが、五十『ぐらい』制覇しているらしい。

 ならばたった一つダンジョンを制覇した程度、祝うほどのことでもなんでもないだろう。


 ……と、ロレッタは思ったのだが。

 アレクはたずねる。



「それよりも、指輪は見つかったので?」

「……そうだったな。私の目的は、そちらだった」



 制覇という偉業を前に舞い上がってしまったな、とロレッタは反省する。

 むしろ他人のはずの彼の方が、よほどしっかり目的を見据えていたようだ。

 だからロレッタは、自分の左手を彼へ向けて突き出す。



「今改めて名乗ろう。我が名は、ロレッタ・オルブライト。我が家、オルブライト公家の家長の証たる指輪はここに。ダンジョンマスターは、花を喰う黒い巨大な鳥だったのだが、そいつが巣にためこんでいたものの中にあったよ」



 彼女の人差し指には、太めのリングがあった。

 小さな赤い宝石が散りばめられ、薔薇のような模様を描き出している。

 アレクは言う。



「綺麗な指輪ですね」

「……そうだな。これこそ、我が家の家紋を記した、家長の証だ。……叔父の指には細すぎたようだが、私の指にはちょうどいいようだ」

「はあ、そうなんですね。それはよかった」

「……目標を無事に達成したのだ。もう少し喜んでくれてもいいと思うが」

「まだですよね? あなたの目的はそれを持っておじさんと直談判し、家督を取り戻すことのはずでは?」

「そうだが……ともあれ、これで私の冒険者生活は終わりというわけだ。あなたに世話になった成果は出した」

「いいえ。あなたが最初に定めた目的のすべてを達成するまで、ウチの宿屋はあなたをサポートしますよ。……また困ったことになったらいらしてください。どうにかできることなら、修行でどうにかできるようになってもらいますから」

「その言葉を聞いて、また世話になりたいと思う修行経験者が何人いるのだ……」



 いなさそう。

 しかし、彼のお陰で死を恐れず進めるようになった成果を思えば、いつか大きな壁にぶつかった時、また修行をつけてほしいと思う人も、まったくの皆無ではない可能性も否定はできない。


 機能的な意味でも――セーブという不思議な技能によっても、死を恐れず済むようになったし。

 精神的にも、命を懸けるという事態に対して、耐性がついた。

 危機に陥っても、うろたえない精神的強度がはぐくまれたように、ロレッタには思えた。


 だから。

 ロレッタは、アレクに向けて、頭を垂れる。



「本当に世話になった。まさかこれほど早く『花園』制覇が成せるとは、思ってもみなかった。本当にあなたのお陰だ。ありがとう」

「いえ、すべてロレッタさんの才覚に因るものですよ。俺は、あなたの力を引き出しただけです」

「引き出したというか、無理にねじって絞り出したという感じだが……ともあれ、あなたの修行なしには、成人前に指輪を取り戻すことは叶わなかっただろう。これで叔父から家督を取り戻したところで、彼の側も『正式な当主が成人するまで面倒を見た』という大義名分が立つはずだ」

「……あなたの全部をうばったおじさんを、恨んだりはなさらないので?」

「どうにも私は、人を恨んだり呪ったりするのが、得意ではないらしい」

「……」

「加えて、我が一族は、親類が少なくてな。父が亡くなり、ひと月前に母が亡くなり、もう血のつながった親類は叔父だけだ。……母に暗殺者を仕向けたことが確定するまでは、なるべく、穏便に済ませたいと思っている。それに……」

「それに?」

「……仮に、母に暗殺者を仕向けたのが叔父でも、そのことを悔いて罪を償ってくれるのならば、私は彼を許そうと思う。母もきっと、そうしただろう。……苛烈さが足りないとは思うが、私の飾るところのない本心がそれだ」

「そうですか」

「甘いと笑われるだろうな」

「いえ」

「……まあ、それにだ。実務的な面でも、叔父の力がないと家がつぶれてしまうのは、事実だ。貴族向きの品性ではないものの、商売人としての叔父は一流だからな」



 最後のは、それらしい言い訳だった。

 もちろん事実ではあるが、細々命脈を保つだけならば、ロレッタの独力でもできる。

 そして、彼女に家を大きくする意思はない。


 だからけっきょく。

 家族を殺した相手でも、親族を憎みきれないだけなのだと、ロレッタは自嘲した。



「ともあれ、指輪を手土産に叔父をたずねてみようと思う。状況が落ち着いたら手紙を出すから、一度我が家にも来てくれ。できうる限りでもてなそう」

「ありがとうございます。では、一度宿に帰られますか?」

「いや……できればすぐに家へ……ああ、先に冒険者ギルドに制覇報告に行かねばならないのだったか」

「それはこちらですませておきますよ」

「そうか? ……この際、『制覇した本人が生きているのに、制覇報告を代理でできるわけがないだろう』という普通の意見は言わないでおこう。あなたならできそうな気がするからな」

「ギルド長と知り合いですしね」

「……最初はもう、酔っ払いでも言うのをためらう与太話だとしか思えなかったが、今となっては真実なのだと思えるよ。あなたならなにができても不思議ではない」

「ようやく信じていただけたようで、なによりです」

「宿代は、制覇報告の賞金から引いておいてくれ。すべてとってくれてもかまわない」

「いえ。しっかり必要分だけいただいておきますので、あとでとりにいらしてください」

「そうか。……なにからなにまで、感謝する。それでは後日、また」

「はい」



 ロレッタが去って行く。

 あの様子だと、『花園』内部にあるという宝にさえ、目もくれていないのだろう。


 アレクは代わりに回収して、あとで渡そうと考えた。

 ダンジョンマスターが巣に宝をためこむ習性がありそうだし、未発見の宝も多いだろう。


 それに。

 きっとまだ、冒険者としてやっていくための金銭は必要になる。


 ほとんど予言に近い、経験則からの直感で。

 アレクはそう考え、セーブポイントを消して、『花園』へと踏み入った。

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