201話
メリンダには心の底から信頼できる人が三人いて、そのうち一人とは最近知り合った。
やたらと強い人だ。
出会いはレベル六十のダンジョンで、『レベル六十』といえば『普通の冒険者ならまず挑まない』というぐらいの難易度なのに、その人は毎日通っている。
「あなたはいつも入口にいるな。よろしければ私と一緒に挑んでみるか?」
その人はそのように誘ってくれたけれど、メリンダは断った。
だって、ダンジョンのレベルとメリンダのレベルは、全然、まったく、合っていないのだ。
その人の厚意に甘えてついていったって、途中でモンスターの奇襲でも受けて死ぬのがオチに決まっている。
死ぬわけにはいかなかった。
一人で遺せない人がいるから。
だからメリンダは、他のダンジョンでクエストをこなしたあと、毎日そのダンジョンを見て、入口の浅いところをウロウロして、やっぱり無理だと引き返す。
その人とは入口のところでいつも会話をした。
どうやら貴族様らしいのだけれど、メリンダが貧乏で、おまけに魔族だからといって差別するようなこともなく、真摯な態度で接してくれる。
話していると生真面目さが伝わってくるし、なにより『できる大人の女性』という感じがたまらなく好ましかった。どことなく姉と似た雰囲気をしていたのも、すぐに信頼できた理由かもしれない。
「このダンジョンに、あなたが求めるものがあるのか?」
その人に、そう質問されたことがあった。
このダンジョンにある、というわけではない。
ただ、レベル六十というのは魔法の数字なのだ。才能がなくたって運があればどうにか攻略できそうであり、お金がない時に賭けに出て挑んでみようかなと思える、魅惑の難易度。
これがレベル五十や四十だとそうはいかない。
いつも挑むダンジョンより危険なわりに、対価が見合わない――そのような認識なのだ。
かといってレベル七十までいってしまうと、それはもう奇跡が起こったって攻略できる気がしない。
レベル六十。
それは人を賭けに出させる魅惑の難易度なのである。
「つまり、お金が入り用か。緊急なのか?」
その人が、そう聞いてきた。
メリンダは返答に詰まる。
だって、相手は貴族で、貴族というのはお金持ちなのだ。ここで『そこそこ緊急に入り用なんです』と素直に答えてしまえば、遠回しに要求しているみたくなってしまう。
メリンダは物乞いではなかった。
その程度の誇りはあるし――もし、物乞いのようなマネをしてお金をもらったとしても、そのお金を渡したい人には、受け取ってもらえないだろう。
だから、自分で稼ぐ必要があった。
……だからこそ、レベル六十という、そこそこ現実的で、そこそこ夢のある難易度のダンジョン前を毎日ウロウロしているのだ。
「強くなりたいならば、方法がある」
その人は言った。
メリンダは強く興味を惹かれた。
強くなる。その人と同じぐらいに強くなる方法があるのであれば、是非知りたい。
しかし、その人は口ごもった。
彼女の語る『強くなる方法』は、人に語りにくいものなのだろうか。
「いや、その……なんというか、その方法は少々哲学的なのだ」
哲学と言われても、メリンダは学がないのでわからない。
しかし、そういうことではないらしい――哲学ではなく、あくまでも、哲学『的』なだけなのだとか。
「あなたの金策は、命懸けでも成し遂げたいことか?」
命懸け。
メリンダは返答に詰まった――死ぬわけにはいかないのだ。
片足の動かない姉がいる。彼女を遺して自分がいなくなるわけにはいかない。
だが、命懸けというのは、『死んでもいいか』という意味ではないらしい。
貴族様は難しい言い回しを好むのだなとメリンダは思った。
「ああ、いやあ、その……ええと……死なないのだ。死ぬのだが、死なないのだ」
死ぬけど死なない?
メリンダはいよいよわけがわからなくなってきた。
なにかの比喩だろうか?
それともこれが哲学的ということなのだろうか?
「まあ一度行ってみて……しかし、あの人の話を少しでも聞くと、なんだか不思議と修行をやることにされてしまうのがな……あと、ちょっと私は用事でしばらく王都を離れなければならないので、もし修行を始めたとして、様子を見たり止めたりもして差し上げられないし……」
その人は思い悩んでいるようだった。
でも、最終的に――
「……とりあえず、『銀の狐亭』の場所だけ教えよう。そこの男性店主に『ロレッタからの紹介だ』と言えば伝わるよう、話だけ通しておく」
そのように、修行場を紹介してくれた。
それがメリンダが『銀の狐亭』におとずれた理由だった。




