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196話

「アレクさんアレクさん! 冒険者ギルドにウチの記事を出す正式な許可がおりたと聞きましたが現実ですか!?」

「現実ですよ。まあ、ともかく、尻尾を振るのを止めて、席にどうぞ。今やっている仕事が終わったら、詳しく説明をさせていただきますので」



『銀の狐亭』食堂――

 言われるまま、ネイはカウンター席に着く。


 席に着いたはいいものの、まったく落ち着かない。

 せわしなく周囲に視線を配り、尻尾でゴスゴスと着いた席の背もたれを叩いている。


 周囲を見回した結果、どうにも今はすでに夜らしいとネイは知る。

 食堂には自分の他に一人だけ客がいるようだった――もっとも、その青い毛並みの猫獣人はテーブル席に突っ伏して眠っているので、食堂の客とは言いがたいかもしれないが。


 そんなことをしているあいだに、アレクはそれまでしていた炒りものを終えたようだ。

 ネイに向き直り、いつもの笑顔を浮かべ、語る。



「あなたがお休みになっているあいだにギルドマスターと交渉をしまして、半年間、日に最大で二回、あなたがいつも無許可で勝手に貼り出していた場所に記事を貼ることを許可していただきました」

「本当ですかっ!? いつも勝手に貼りだしてたウチの言うことじゃないと思いますけど、あそこに記事出すの結構お金とられると思うんですけど!?」

「そうですね。普通あそこに貼りだされるものは、大店の武器屋の広告など、宣伝効果を見込んだものがほとんどです――まあ、お金持ちが道楽で詩を載せたりというようなこともあるようですけれど」

「そうですよ! 毒にも薬にもならないくだらない自己陶酔五流ポエム載っけるなら、そのお金でウチの記事を載せてくれっていつも思ってます!」

「いえ、第三者からすれば、あなたの記事もお金持ちのポエムも変わらないものかと」

「なんでですかっ! ウチは世界の真実を知らしめる啓蒙活動をしているんですっ! 道楽ポエムなんていうお尻の穴をさらすみたいな羞恥プレイとは違いますっ!」

「……まあ、あなたの記事の内容についてとやかく言う気はありませんが――申し訳ないことに、記事を掲載する許可はしていただけたものの、条件つきです」

「お金ですか!? お金ですね!?」

「違います。それに、お金でしたら俺がどうにかします。あなたと『記事を掲載できるようにする』とお約束しましたからね。……まあ、そういうのもあって、俺にはどうしようもない条件をギルドマスターも出してきたのでしょうが」

「アレクさんにもどうしようもないことがあるんですね! 都市伝説的ぃ!」

「都市伝説的なんでしょうか……」

「それでっ! それでっ! 条件は!?」

「まあまあ、息をそう荒げないで……条件というのはですね、ダンジョンの制覇です。あなたがするように、とご指名ですよ」

「無理難題! やっぱりなあ! そうですよねえ! そうきましたかあ! ギルドマスターめ訴えてやる!」

「いえ、俺があなたを鍛えますので、無理難題ではありません。ただ、そのダンジョンというのが、あなたと因縁があるようですよ」

「……因縁?」



 ネイは首をかしげた。

 アレクが微笑み、うなずく。



「あなたのご両親は、冒険者だったそうですね。そして、あるダンジョンを攻略中に亡くなった」

「…………まあ」

「ギルドマスターも、そのあたりを知っていたようで、あなたが記事を貼り出すことについて目こぼししていたそうですよ。あの人は身寄りのない子供の世話がライフワークみたいなところがありますし」

「目こぼしされてません! 記事は剥がされてます!」

「いえ、普通、勝手に記事を貼ったりしたらお金を請求されます。罰金です。剥がすだけですまされているのは充分に目こぼしかと。本気でお金を取り立てられたら、あなたの今までの稼ぎの何倍かかるかわかりませんよ。払えますか?」

「今までの稼ぎの何倍とられるかわからない金額なのに『払えますか?』とか、不毛な質問ですっ! 払えるわけないです!」

「そうですね。……まあ、そういう支払い面のこともあり、ギルドマスターは、あなたに『あるダンジョン』を制覇していただくことで、色々と精算してもらいたいと、そういうことのようですよ」

「……そう言われると弱いですね……」

「では、ダンジョン制覇しますか?」

「その前に詳しい話をうかがいたいのですが!」

「まあ、それもそうですね。『因縁のあるダンジョン』と言っただけで、ダンジョン名を言わないのは不公平だ。こちらの言うダンジョンと、あなたの思うダンジョンがまったく別物という可能性もある。そもそも――因縁だなんて、本人にしかわからないものですしね」

「……そうですね」



 まあ、しかし――

 ギルドマスターが『ネイの両親が死んだダンジョン』ということで指定してきたならば、それはたぶん間違っていないだろう。


 ただし。

 ギルドマスターの想像する『因縁』と、ネイの本当に抱いている『因縁』は、絶対に違うだろうけれど。



「ダンジョンの名前は『風鳴りの塔』で――ダンジョンレベルは、八十だそうですよ」

「……合ってます。ウチの両親が死んだのは、そのダンジョンで間違いないです」

「しかし、レベル八十のダンジョンに挑まれるようなご両親だったんですね。世間的にはひとかどの冒険者という感じだったのでしょうか」

「まあ――ウチの父は、異常に強かったですし」

「なるほど。才能があり、それを必死に――文字通り命を賭して磨き続けたのでしょうね。一つしかない、命を賭して」

「……そうですね」

「そのダンジョンにあなたを挑ませようという配慮はまあ、そうですね、言うなれば――」

「『お前も死んでこい』ですね!」

「いえ、俺が鍛えるので、あなたは死にませんし、死なせません」

「……じゃあ、『余計なお世話』ですね」

「そうですね」

「えっ?」



 まさか同意してもらえるとは思っていなかったので、ネイはおどろく。

 普通、こういう時は、ギルドマスターの温かい気遣いに感謝し、全身全霊を賭して両親の仇討ちに励め――とか注意されるものと、ネイには思えたのだが。


 アレクは変わらず笑っている。

 なにを考えているかは――相変わらず、さっぱりだ。



「俺があなたの立場でも『余計なお世話』と思うでしょう。あの人はまあ、老婆心が過ぎるところもありますから。俺なんかが言える立場かはわかりませんが、代わってお詫びします」

「……」

「実際に、俺も『余計なお世話になるのではないか』と進言しましたが、まあ、あちらにもあちらの考えがあるようでして、とりあえず現状のように話を持ってきてしまいました。重ね重ね、申し訳ありません」

「い、いえ、そんな、謝られるようなことでは……!」

「親を殺された子が必ずしも仇討ちしたいと考える――だなんていうのは、事情を知らない第三者の考えですからね」

「……まあ」

「それぞれ、それぞれの事情があってしかるべきです――まあ、殺した方としては、いつ仇討ちされてもかまわないぐらいの覚悟は持っていますけれど」

「……アレクさん、誰かの親を殺したんですか?」

「妻の両親を殺しました」



 にこにこと彼は語る。

 どこまで冗談で、どこまで本当かわかったもんじゃない――都市伝説的だ。



「まあ、そんなわけで、あなたは必ずしも『両親が挑んで死んだダンジョンの制覇』――『ダンジョンへの復讐』が望みではないものと、俺は考えています」

「……はい」

「だからこうして、一応、ギルドマスターからの話をそのまま持ってきました。ダンジョンへの復讐があなたにとって願ったり叶ったりだったならば、なにも言うことはありません。ただ触れたくもない、見たくもない、というものだった場合、もう一度ギルドマスターと交渉してきます」

「……」

「いかがでしょうか?」



 ダンジョンへの復讐。

 ネイは正直、『復讐』という行為に価値を見出せない――もちろん『スッとする』程度の効果はあるかもしれないが、それ以上のメリットがあるようには思えないのだ。加えて言えばデメリットさえ、あるだろう。


 だから、『復讐』目的の場合、いくら都市伝説的な修行をつけてもらって挑めるとはいえ、ネイはまったくモチベーションがわかないのだ。

 ……モチベーションがわくとすれば、それは。



「決める前に――アレクさん、都市伝説を一つ、聞いていくれますか?」

「……かまいませんが、なんでしょう?」

「ある家族のお話です。与太話だと思ったら笑ってください。うさんくさいと思ったら、途中で止めてもらってかまいません。でもこれは、どれほど信じられなくとも――実際に起こったことなのです」

「なんとも『都市伝説的』な話の枕ですね」

「そうですね。まあ、こういう場合、『友達の友達の話だけど』とか『知り合いから聞いたんだけど』とかいう持って行き方が普通なんですが――ウチの話は、ひと味違いますよ」

「ほう、どのように?」

「ウチの話です」

「……」

「これは、ウチ自身の経験した都市伝説です」



 信じられないもの。巷説の中にだけ存在するもの。

 与太話。

 本気にしたらおかしいと思われるもの――都市伝説。


 ……ネイは牙の首飾りを握りしめた。

 緊張していた。恐怖していた。でも、首飾りを握りしめれば、少しだけ落ち着く。自分の中にいる自分ではない誰かが、力を貸してくれるような、そんな気がするのだ。



「うかがいましょう」



 アレクは言う。

 ネイはうなずいて、深呼吸をした。



「アレクさんやギルドマスターは、ウチの両親がダンジョンに挑んで、そこのモンスターか罠に殺されたと思ってらっしゃるのかもしれませんが――そうではないのです」

「では、真相は?」

「ウチの両親は――母は、父に殺されました」

「……」

「事故と言えば事故かもしれません。でも、誰にも予想できない、予想している者がいたとして、そんな予想は妄想と断じられるようなそんな事故で――死にました」

「…………その事故とは?」

「父がモンスターになったのです」

「……」

「与太話だと思うならば、笑ってください。うさんくさいと思ったなら、もう聞かなくて結構です。でも――どれほど信じられなくとも、これが事実。ウチが目にした、両親の死の真相です」

「……では、あなたにとってダンジョンは、別にかたきではないということになりますね」

「はい。ですから、ウチがそのダンジョンに挑むとすれば、それは、父を殺すためです」

「……」

「今なおダンジョンでモンスターとして生きている――かもしれない父を探して、殺すため。さらなる父の被害者を出さないため……ようするに」



 復讐ではなく。

 もちろん――取材でもなく。



「責任を果たすために、ウチはそのダンジョンに、挑みます」

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