表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/249

19話

 そして。

 翌朝、本当に、ロレッタは『花園』前に来ていた。



 王都西。

 広大な草原が広がるその場所に、ひときわ大きな一つの花がある。

 もはや樹木と言いたくなるような太い茎。

 天を突くほど高い場所にある、花弁。

 葉の一枚には人が百人も乗れそうな大きさがあった。


 その花の周囲には、女王にかしづく侍従のように、美しい花々が群生していた。

 目を奪われる景色。

 だが――見惚れていると、命を奪われることとなるのを、冒険者たちは知っている。


 周囲にはあまり人がいない。

 発見直後のダンジョンは、中に入らなくても様子見の者で賑わうのが通例だ。

 しかし、このダンジョンは、発見からたったひと月であまりに多くの死者を出した。


 そのため、『一度でもなんらかのダンジョンを制覇した者の挑戦』が推奨されている。

 そして、ダンジョン制覇者は数少ない。

 結果として――誰もいない。

 それが、『花園』と呼ばれる美しいダンジョンの、現状だった。


 この場には、ロレッタの他に、アレクと、それから奴隷の双子の片割れがいた。

 ロレッタは感慨深げに『花園』の花弁を見上げている。



「……ひと月前だ。叔父がここで、家長の証である指輪を落としたのは。そのころが、私の人生で一番の激動だった。母が死に、家督をかすめとられ……思えば、叔父がここで指輪を落としたというのは、神のお導きかもしれん。いつか私に家督を取り戻せという、何者かの意思が介在しているようにさえ、思えるよ」



 様々なことがあったように思える。

 今、その終着点に立っている。

 ロレッタは感慨をこめて、師匠たるアレクに視線を向けた。

 アレクは笑顔でうなずいて、言う。



「セーブポイント出しておきますね」



 いつものアレクだった。

 彼には特に感慨はないらしい。



「ありがたいが! もっと、なにかないのか!」

「やだなあ、ここまで来たら俺はもう、セーブポイントを出すことぐらいしかやれませんよ」

「……たしかにそうかもしれないが……仮にもあなたが育てた弟子が、目標に挑むのだぞ。もう少し激励してくれてもいいのではないか?」

「別に、これで終わりじゃありませんし」

「……私としては、終わりのつもりだが」

「違うでしょう? ロレッタさんの目的は、家督を取り戻すことのはずだ。『花園』制覇は、そのための準備でしかない」

「……」

「駆け出し冒険者が初めての目標を達成するまで、俺はしっかりとサポートしますよ。冒険者育成も、俺の宿の仕事の一つだと、思っていますからね」

「……そう、だったな」

「まあ、育成が仕事なので、一緒にダンジョンに挑んで差し上げたりはしませんけど」

「それはわかっている。あなたに頼んだのは冒険の手伝いではない。目的は自分の手で達成してこそ意味があると、私は思う」

「ご理解いただけているようで、なによりです。……強い人に連れ回されてダンジョンを制覇したところで、なんの経験にもなりませんからね」

「今回のことは、修行も含めて、いい経験だったと思う。貴族として生きていくことになっても、きっと私は、この七日間を忘れない」

「まあ、今日は八日目なので、七日間だけ覚えていられると、早い方の記憶から消えていきそうなのですが」

「揚げ足をとらないでいただけないか。あと、本音を言ってしまえば、私は修行の記憶は一刻も早く消したいと思っている」

「では、ダンジョンから帰られたら、豆料理をお出ししますよ」

「やめてくれ。生きて帰ろうという希望がなくなる」

「死ねないから大丈夫です」



 ははは、と笑う。

 なにが面白いのかロレッタにはさっぱりわからなかった。

 だから話題を変える。



「ところで、双子の片割れを連れてきているようだが、ひょっとして私の手伝いか?」



 アレクの横には、まだ幼い少女がいた。

 白い毛並みの、猫のような耳を生やした獣人だ。

 名前はたしか――



「ブランですか?」

「そうだ。私が宿に来た日、彼女は他の冒険者の手伝いをしていたとか聞いた気がするのでな。あるいは今日の私を手伝うために連れてきてくれたのかと」

「先ほども申し上げた通り、強い人に連れ回されてダンジョンを制覇したところで、なんの経験にもなりませんので」

「……その子は私より強いとおっしゃるのか」

「そうですね。純粋な戦闘能力だけで言えば、うちの宿で二番目です」

「一番はあなただろう? ということは、ヨミさんよりも強いのか」

「あいつは細かい魔法が得意ですから。肉弾戦だとそこまででもないですよ」

「ということは、ブランちゃんは肉弾戦が強いのか」

「腕力だけで言えば、大人百人との押し合いで勝てますよ」

「……あなたの話はいちいち大きすぎて、すべてホラに聞こえるのが難点だな」

「本当なのになあ」



 困ったように頭を掻く。

 とにかく冒険に同行させてくれるのではないらしい。

 ロレッタはたずねる。



「では、ブランちゃんはなんのために?」

「セーブポイントの見張りです。な?」



 アレクはブランに呼びかける。

 すると、彼女は、サッとアレクの背中に隠れてしまった。

 内気な子のようだ。

 仕事中は普通に客の注文をとっているようだが、表だと、また変わるらしい。



「……この通り内気ですが、言いつけはきちんと守る子なので、ご安心ください。ロレッタさんの復帰地点はこの子が守りますよ」

「それはいいのだが、セーブポイントを守るというのは?」

「今までもやっていたんですが……これはこの通り、壊れたりはしないんですけど、悪用される可能性はあるので。俺が認めた人以外は使えないようにいつも見張ってるんです」

「そうだったのか……その割には、私は初めて会った日に簡単に使えた気がするが」

「ロレッタさんは一目で正直者だとわかりましたから」

「慧眼恐れ入るが、それはもうただの勘でしかないと思うぞ」

「根拠らしきものを語るなら、あなたが悪人でも、俺がその場にいれば、あなたを殺さない程度に足止めして、セーブポイントを消せばいい話でしたから。セーブポイントが消えればロードできませんからね」

「当時、悪いことはまったく考えていなかったが、魔が差さなくてよかったと心から思う」



 なんだろう『殺さない程度の足止め』とは。

 想像するだに恐ろしい。

 死が一番辛いことではなく、生きているがゆえに苦しいこともあるのだと、ロレッタはいくつかの修行で骨身に染みて実感していたので、恐ろしさもひとしおだ。


 しかし――

 気になることは、やっぱり残った。



「アレクさんが見張りをするのでは足りないのか?」

「ああ、申し訳ない。俺はちょっと、席を外さないといけないので……」

「そうなのか……まあ、そうだな。あなたの本業は宿屋主人だ。やらなければならないこともあるだろう。むしろ、今までよく私の修行に付き合ってくれたと感心し、感謝するばかりだ」

「宿屋とは別件なんですが……まあ、その、聞かないでください。答えそうなので」

「そう言うならばたずねまい。なんのお仕事かは知らないが、がんばってくれ」

「仕事っていうか雑務処理っていうか……がんばります」

「うむ。こちらも、誠心誠意努力しよう」

「俺の見立てでは五回ほど死ぬと思いますので、そのつもりで」

「たった五回か。ならば大した問題ではないな」

「そうですね」



 アレクは笑う。

 ロレッタは今のやりとりをしたあとで、アレ? と首をかしげた。

 五回死ぬのは大したことだと思っていた時期も、たしかにあったような気がするのだ。

 でもそれは、もう思い出せない遠い日のことのようだった。


 過去はもういい。

 それより今は――未来を見よう。

 目の前のダンジョンを制覇し、指輪を見つけ出す。

 そのことだけを考えようと、ロレッタは頭を切り換えた。



「それでは行ってくる」

「はい、お気を付けて」



 アレクが手を振る。

 彼の背後から、おどおどとブランがこちらを見ている。


 ロレッタは軽く手を振り返し、『花園』へと向かった。

 ダンジョンに挑むというのに、足取りにこわばったところは少しもない。

 これも修行の成果だろうとロレッタは誇らしく思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ