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189話

 今もって私はヘンリエッタさんという方をつかみきれている気がしません。

 楽しげで、いつも朗らかで、明るくて――

 でも、どこか演技のようで。


 考えなしのようで、深い考えを持っているようで。

 頭がいいようで――悪いようで。

 温かいようで、冷たいようで。


 ただ、きっと人格的な面で、誰よりもアレクに影響していたのは、彼女だと思います。

 彼女のそういう、ただ話すだけでも振り回されるような強いエネルギーに、アレクも、そして私も、強い影響を受けているのだと思います。


 ……ちなみに、アンダーソンは捕まったようです。

 アレクとヘンリエッタさんが気配もまともに殺せない三十名に負けるという展開は、なかったようでした。


 だから戦闘は問題なく。

 その戦いで、アンダーソンを無力化した後――



「やっぱり駄目だ。このままじゃ、アンダーソンは憲兵に殺される。抵抗をあきらめて大人しく出頭するんでもない限り……」

「でもこの子、話聞かないよ? ほら今も唸ってるし……」

「……もう俺は、人が死ぬのは嫌なんだ。特に仲間だった人が死ぬのは、我慢ができない。たとえ名前さえ覚えていなくても……」

「じゃあ、どうするの?」

「殺してでも死なせない」

「…………あっ、ふーん」

「だからアンダーソン、頼む。『セーブ』をしてくれ。俺があんたを、説得してみせるから」



 ――というようなことがあり、アンダーソンは改心したようです。

 私は音声しか聞いていないのですが……

 年上の男性が号泣する声というのは、耳に残りますね。

 アンダーソンの顔は思い出せませんが、「生きる! 生きるから殺せ! 殺せえええ!」という叫びはたまに夢に出ます。


 というわけで紆余曲折の果て、彼には死刑ではない刑罰が科されました。

 もっとも彼は姫殿下を誘拐したので、その懲役はかなり長いはずです。

 現在の『銀の狐団』に引き取られた様子もないので、この回想録を書いている現在も、牢にいるかと思います。


 ちなみに、誘拐された『姫殿下』は現女王のルクレチアさんです。

 その時にルクレチアさんは、アレクとヘンリエッタさんのしたことの一部始終を見ていたようでした。


 当時まだ幼かった……私よりも年下だった彼女は、アレクとヘンリエッタさんの『勇気ある行為』にいたく感動したようでした。

 こんなコメントを残しています。



「あらあ、あたくし、こんな刺激的なもの見たの、初めてですわあ。またお願いできますかしらあ?」



 当時の彼女はぽわぽわした雰囲気の、お人形みたいにかわいい、良家のお嬢様という感じでした。

 まあ王族なので『良家』どころではないのですが……


 変わった子ではあったようです。

 今がどうかは、不敬罪にあたるので、言及しません。


 そんな事件がありましたが、世間的に『事件はなかった』扱いになっています。

 ただ、当時の近衛兵はほぼ全員入れ替えになりました。

 このあたりから、アレクが近衛兵に誘われ、伝統的に女性ばかりの近衛兵にはさすがにということで、教官みたいな立ち位置をだんだん確立していきます。


 まあ、ルクレチアさんの近衛兵にまつわるアレコレには、さらに別のエピソードもあるのですが……

 ここでは割愛します。


 ……その後、ホーさんと遊んだり、クーさんのもとでクエストをこなしたり、ヘンリエッタさんに振り回されたりして、日々は過ぎていきました。

 姫殿下――現在の女王陛下が誘拐され、その犯人の疑いがかけられるなんていう大事件はさすがにもうなく、修行開発をしたり、修行開発をしたりしながら、過ごしました。

 そして――



「そろそろ、あたしが見なくてもやってけるだろ。……ああ? 勝負? しねえよ。もう勝てねえ。年寄りを労れよ」



 というお墨付きをいただき、クーさんの家から出て行くことになりました。

 すでにかなりのお金を稼いでいたので、冒険者引退もすすめられたように記憶しています。


 けれどまあ、その後も冒険者のようなそうでないようなことをしながら、どうにかこうにかクランメンバーを鍛えて、家を買ったり、冒険者以外の稼業を始めたりして――

 現在の『銀の狐亭』を構えることになります。


 長いような短いような、期間でした。

 ホーさんは歩けるようになったり、話せるようになったりしました。


 ちなみに初めて話した言葉は『ママ』や『おばあちゃん』ではなく、アレクと一緒に行ったダンジョンで見たもの――

 すなわち『おはな』でした。

 ……その『おはな』がモンスターであったことは、誰にも言わないようにしています。


 ようやくまともな言葉をしゃべったので、みんなで喜んだ記憶があります。

 当時はなんとも思いませんでしたが、実際に二人ほど育てた現在から思い返すと、本当にドライアドは成長が遅い種族なんだなあというような感想です。


 私たちがお世話になった当時でさえ、すでにホーさんは三歳とか四歳だったでしょうか。

 獣人で三歳ぐらいだと、とっくに言葉もしゃべりますし、二本足で歩きます。それどころかのぼりやすい木などはすいすいのぼります。

 ブランとノワはそのころにはもう高い場所にのぼったり引き出しの中に入って遊んだりしていたので、よく家の中で行方不明になりました。


 ……ヘンリエッタさんが失踪したのは、私とアレクが将来『銀の狐亭』となる建物を購入したころだったでしょうか。

 忙しい時期でしたが、捜索に手を抜いたということはなかったように思います。


 それでも見つけられないでいるのは――前述の通り、ヘンリエッタさんのことがよくわからないから、とも言えるでしょう。

 性格から彼女の行動を追うことは、不可能でした。

 彼女の過去から足取りをたどることも、できませんでした。


 総当たりみたいな捜索で、王都内のどこにもいないということだけは、わかっています。

 この『わからない』という結果を受けて、アレクなんかは――



「さすが、姉さんだ」



 と、よくわからない賞賛をしていました。

 まあ、ヘンリエッタさんについては、行方不明でも音信不通でも、心配することはないと私は考えています。


 あの人は、色々な意味で強い人でした。

 単純な戦闘だったら今の私やアレクの方が強いでしょうけれど、強さとは腕力だけではないのだと、私たちはすでに教わっています。


 ただ、戻ってきてほしいとは、思っています。

 ホーさんも大きくなりましたし。


 さて、もうそろそろ、ヘンリエッタさんとの思い出は語り尽くせたかと思います。

 この回想録を見て、さらに未来の私が、過去のにおいや感触を思い出せれば、幸いです。

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