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187話

「そこの怪しい連中、止まれ!」



 見つかりました。

 まだ未熟だったので、屋根の上を誰にも見つからずに進むということが、私たちには不可能だったのです。

 もちろん見つからないように『屋根伝いに進む』という移動手段を選んだわけですから、当時の私たちは見つからない自信がありました。


 また、実績もありました。

 つい先日まで――『輝く灰色の狐団』が解散するまで過ごしていた地方都市では、屋根伝いの移動で人に見つかったことはなかったのです。


 しかし、状況が違い過ぎました。

 さすが王都、と言うべきか、地方都市なんかとはそもそも兵隊の質が違い――


 なおかつ。

 現在、王都は静かな厳戒態勢でした。


 お姫様が誘拐されたのですから、それはそうでしょう。

 加えて言うならば、私たちは警備の厳しい方を目指して移動していたのです。

 というのも――



「警戒網の密度が高い方向が、お姫様がいる可能性が高い方向だよね?」



 ――と、ヘンリエッタさんが言うからです。

 納得の判断でした。


 まず、前提として『お姫様誘拐』はまだ多くの人の知るところとはなっていません。

 もし知られていれば、時間帯が深夜であろうが、もっと街が騒がしいはずです。


 しかし人々は寝静まり、そこここに、潜むように兵がいるということは――

 まだ誘拐事件は大々的に知られていないということになります。


 動いているのはせいぜい近衛兵と憲兵第一大隊……政治犯用部隊だけでしょう。

 つまり人員に限りがあり、王都全域に均等な警備網を敷くことがかなわないということなのです。


 まあ、そこまで憲兵や近衛兵の方で実行犯の居所を絞り込んでいるならば、それこそ私たちは大人しく事情聴取を受けて、憲兵に協力する姿勢をはっきりさせた方がいいような気もしたのですが……

 これについては、ヘンリエッタさんに『興味本位』以外の理由があるようでした。



「実行犯は少なからず、嫉妬か、怨恨か、やっかみか、逆恨みか、そういうのを『銀の狐団』……の前身の『輝く灰色の狐団』に抱いてるわけでしょ? その人たちに『アレクに命令されました!』とか嘘の証言されたら面倒くさくない? だから、『捕まえて突き出す』っていうのが一番いいかなって」

「……いや、でも、姉さん。俺も、ヨミも、『銀の狐団』のみんなも、本当になにもやってないんだ。調べたらわかることだと思うけど……」

「調べたらわかるけど、調べてもらえるとは限らないでしょ?」

「……どういうことだ? お姫様誘拐なんていう事件を、調査しないとでも?」

「『はいいろ』のやってきたことの真相を知ってるかもしれない――そう考えられてるあなたたちが、『ついで』で逮捕されないと、本当にそう思う? あなたたちみたいな、政治的になんの力もない、そのくせ政治家の弱みを握っている可能性の高いクランが、配慮してもらえると、本当に、そう思う?」

「……なるほど。なんていうか、控えめに申し上げて、クソみたいな話だけど……たしかに」

「一代目が偉大だと、二代目は色々巻きこまれるものなのです。……あっはっは。考えないとねえ。自分に原因がなかったら、自分の親に原因はないのか。自分に理由がなかったら、自分の親に理由はないのか。『身に覚えがない』ことも『身内に覚えがある』ことかもしれない」

「……姉さんも苦労してるんだな」

「うむ。ま、でもあたしはね、血縁者だし。アレクちゃんは『なんか流れでそうなった』だけでしょ?」

「ああー……その……そういえば、ある意味、俺も血縁者だ。『先代』の……」

「それはヨミちゃんをお嫁にもらうっていう意味で?」

「なんでそうなる……そうじゃなくって、『輝く灰色の狐団』の創設者の一人が、俺の母親なんだよ。いや、創設者だったかはあいまいだけど、とにかく三人いた中心人物の一人が、母親で……母親の夫かもしれない人が、っていうか母親が妻の一人で……うーんと……」

「あ、そうなの? じゃあそれが理由で今、クランマスターをやってるの?」

「……どうだろう……俺はあの人を色んな意味で親とは思ってないけど……血がつながってるだけっていうか……」

「……アレクちゃんも大変な人生なんだねえ。修行する?」

「なんのだよ」

「人に甘える修行」

「…………機会があればな」



 その機会は、私の視界内ではおとずれませんでした。

 見てないところでは、どうでしょう、なにかあったような気配が、ないでもないような。


 などというあとでアレクに見せたら困られそうな邪推は置いておいて、その当時の私たちは、前述したような理由で、警備の密度が濃い場所を目指して屋根伝いに進み――

 見つかり、追いかけられたりしていました。


 王都の建造物は、あまり雪が降らない地域のせいか、屋根が平べったいものが多いです。

 また、石造りでしっかりしており、なおかつ建物が平均的に高めで、密度も高いです。

 なので移動に困ることはなく、屋根から屋根へ走っていると、空中に作られた回廊を移動しているかのような、そんな不思議な気持ちよさがありました。


 そんなこんなで屋根伝いに追いかけられつつ、まいたりしつつ、どんどん警備の密度の高い方向へと移動していきました。

 すると――私は、行き着いた先で意外な人物を発見したのです。



「……アレク、あれ、アンダーソン」

「……それはなに…………いや、誰?」



 どうにか人名であることがわかった――という程度の認識でした。

 しょうがないので、私は説明することにしました。



「……昔『輝く灰色の狐団』にいた人。パパが死んで、出て行ったけど」

「あ、そうなのか……アンダーソン……アンダーソン……んーと……」

「顎が特徴的で……細くて……」

「ああ、顎の! なんかものすごく顎だけガッシリした!」

「そう」



 思い返すと、ひどい思い出し方でした。

 まあ、もう私の記憶にもないので、それ以外にもっとマシな説明方法があったとしても、わからないのですが……



「じゃあ決まりだね」



 ヘンリエッタさんがおもむろにつぶやきました。

 なにが決まったのか――知己とも思わぬ再会、というか目撃に浮き足立っていた私とアレクは、一斉にヘンリエッタさんの方を見たと記憶しています。



「そのアンダーソンとかいう人がさ、昔『輝く灰色の狐団』から出てったんでしょ?」

「出てったっていうか……」



 アレクは口ごもります。

『輝く灰色の狐団』解散まわりのできごとは、この状況下で端的に語れるほど、彼の中で整理されていなかったのです。



「まあ詳細はいいよ。とにかくアレクちゃんやヨミちゃんとは別な道を歩んだわけだ。で、アレクちゃんが『輝く灰色の狐団』二代目クランマスターを継いだ――」

「まあ……」

「それさ、その人、不満に思ってないのかな?」



 不満。

 それは、言われるまで気付かなかったことで――

 私たちが精神的にもう少し大人であれば、気付くべきことでした。


 アレクは急に入って、急に二代目クランマスターを襲名したのです。

 もちろん、当時『はいいろ』から彼がつけられていた修行は全員がぼんやりと知っているので、その漏れ聞こえる内容の凄惨さと、実際に『はいいろ』を倒したアレクの実力を認め、二代目クランマスター候補から身を退いた人だってたくさんいます。

 でも、全員が素直に身を退いたかと言われれば、そんなはずはありません。



「がんばっても、実力をつけても、認めない人は、認めてくれないもんだよ」

「……」

「評価とか、実力で敵わなくて、それでも不満な人は――追い抜くんじゃなくて、蹴落とそうとすると、思わない? 足を引っぱったりさ」



 ヘンリエッタさんは笑いながら言います。

 こういう時の彼女の笑顔は、現在のアレクの笑顔を思わせます。

 仮面としての、笑顔。



「だからその人は、アレクちゃんの名を騙ることでアレクちゃんを蹴落とそうとした――あるいは、自分こそが真の『輝く灰色の狐団』後継者だって、先代にも負けない『大活躍』をすることで世間に知らしめようとしたのかもね」

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