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186話

「アレクちゃん、事件です」



 急展開――

 終わってみればそう言うほどでもなかったのですが、当時はかなり慌てた大きな事件を、ヘンリエッタさんとの思い出の回想の最後に記しておきます。


 時刻はとっくに深夜でした。

 ヘンリエッタさんはあの後――アレクのお風呂をのぞいたあと、お昼過ぎまで眠って、それからお仕事に向かいました。


 彼女は目覚めた瞬間から全力活動ができるタイプなので、だいたいいつでも楽しそうに笑っていました。

 その彼女が、帰ってくるなり、真顔で私とアレクに言うのです。



「大変なことが起きました」



 私とアレクは、テーブルに着いていました。

 そして、ホーさんと遊んでいたかと思います。


 この時点で、まだ私たちはヘンリエッタさんが『嘘だよ』と笑うのを待っていました。

 彼女が『でした』とか『ました』とかいう口調の時は、だいたいふざけている時ですから。

 けれど――



「お姫様が誘拐されました」



 事件でした。

 もっとも、それが本当なら、ですけれど。


 これはヘンリエッタさんの人格に関係のない疑いでした。

 どちらかと言えば、立場に関係する疑いです。


 お姫様の誘拐。

 それはもちろん大事件なのですけれど、大事件だからこそ、発覚するならそこら中で騒がれているでしょうし、発覚前だとしたら、ヘンリエッタさんが知っている理由がわからなかったのです。


 しかしその疑いも払拭されます。

 されてしまいます。



「そして、お姫様を誘拐したのは……アレクちゃんです」



 真顔のまま、ヘンリエッタさんはアレクを指さしました。

 アレクは呆然としていました。

 ホーさんがアレクの鼻に髪の毛を入れました。



「なんか犯行声明が『輝く灰色の狐団』名義でとどいて、それで近衛兵の人たちが話を聞きたいって、ウチに来てます」



 そういうこと、らしいです。

 もちろん心当たりはありません――私とアレクはずっとともに行動をしていましたし、その日はずっとクーさんの家にいたのです。



「……俺、やってないけど」



 ホーさんを抱えながら、アレクは言います。

 ヘンリエッタさんは、ようやく笑いました。



「知ってるよ! ただ、すっごいなあ、って思ったの」

「すごい?」

「ようするにこれ、脅迫状みたいなもんでしょ? 心当たりのない悪意っていうか……」

「……まあ、そうかな」

「そりゃあさ? 気に入らない人とかに濡れ衣を着せることは、そう珍しいことじゃないよ? でもまさかお姫様誘拐の濡れ衣を着せられるとか! もうなんか、すごいね『輝く灰色の狐団』って! あたし、びっくり!」

「……楽しそうだなあ、姉さんは」

「で、どうする?」

「どうするって……事情聴取に来てるんだろ? 協力しない理由はないけど」

「いや、そうじゃなくって――せっかくだし解決してみない?」

「……いやいやいや……どう考えても手に余るだろ」

「いやいやいやいや。アレクちゃん、逆に考えてみてよ」

「どこをどうひっくり返して考えても、俺の手に負える問題じゃねーよ」

「まあまあ。お姫様誘拐ってすごいことじゃん?」

「まあ……その『お姫様』の警備もゆるくはないだろうし」

「ねー。大変そうだよね」

「……まあ」

「それをわざわざして、わざわざ犯行声明を出して、わざわざ『輝く灰色の狐団』の名前を使うって――なんか、引っかからない?」

「いや、なにも。犯行声明出したのは誘拐事件なら当たり前だし、『輝く灰色の狐団』の名前は使いやすかったから使ったんだろうし」

「推理しようよ!」

「してるだろ!」

「そうじゃなくって、推理で犯人にたどり着こうよ!」

「いや……そういう推理はほら、近衛兵とか憲兵とかの仕事だろ?」

「憲兵を信用しすぎだよ!」

「姉さんは憲兵になにか恨みでもあるのか?」

「昔ちょっと悪さしてたころにさあ、やってもない罪までセットでつけられたの!」

「姉さん、元ヤンキーなのか……」

「やんきい?」

「……いや、こっちの世界の言葉だ」

「とにかくあいつら、ひどいから! それに姫殿下の誘拐でしょ!? ただの容疑者なのに拷問とかされるかもよ!? そしたらやってない罪認めちゃうかもよ!?」

「拷問かあ。未熟なんだなあ……」

「えっ?」

「いや、拷問はほら、説得が苦手な人がやっちゃう失敗みたいなもんだし……まあ俺だったらセーブしていけば問題ないと思うけど」

「……拷問って聞いた人の反応じゃないんだけど……えっと、アレクちゃん、経験が?」

「まあ色々。失敗例も体験させられた。きつかったのはアレだな、ふくらはぎのあたりをこう革の紐とかで縛って、足二本をぴったりくっつけるじゃん? で、あいだに鉄の板を差しこんでいくと、血流が――」

「とにかくあたしたちで解決しようよ!」



 ヘンリエッタさんは話題を変えました。

 それ以上聞きたくなかったのかいつものヘンリエッタさんなのか私には判別がつきません。


 ちなみに私は、アレクから『輝き』の修行にまつわる詳しい話を聞いたことはなかったので彼が具体的になにをされたかは知りませんが……

 まあ、聞かない方がいいでしょう。


 ともあれ、拷問される、というのは、アレクにしてみれば『だから? セーブすれば?』という話でしかないのでした。

 それを理解したのか、ヘンリエッタさんは別方向でアレクを説得にかかります。



「わかった、わかった。じゃあこうしよう。事件解決したら、ご褒美をあげます」

「いらないです」

「まだなんにも言ってないでしょ!?」

「姉さんの『ご褒美』はよからぬ予感がするんだよなあ……」

「じゃあ泣く! 一緒に行ってくれないなら、あたしとホーでアレクちゃんを左右から挟んで大泣きするよ!? どう!? おいで! ホー!」

「『どう!?』じゃねーよ! ホーを召喚しようとするな! 嫌だよ! いい歳した大人がくだらないことで泣くな!」

「成人して数年経ってるもんね……」

「い、いや、そんなに本気でへこまれても……その、ごめん」

「ううん。いいの。でも、もしも悪いと思ってるなら、お姉さんのお願い、聞いてくれる?」

「なんだよ……」

「アレクちゃんの疑い、晴らしに行こう?」

「………………」



 アレクのその、微妙な表情をよく覚えています。

 彼によればこの瞬間にようやく『この人は絶対に退く気がない』と判断したそうです。

 もっと早くわかってもよさそうなものですが。



「……わかった。行こう」

「やったー! アレクちゃんの心を折ったぞー!」

「その喜び方はなんかやめてください」



 そういうわけで、私とヘンリエッタさんとアレクは、『犯人捜し』に向かうことになりました。

 ちなみに家の前まで来ていた憲兵のみなさんと接触しないように、屋根にのぼってから屋根伝いに移動することになりますが――


 あとから怒られたことは、言うまでもありません。

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