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185話

「いや、フツー女の子だってわかるでしょ!? なに言ってんのアレクちゃん!?」

「だうー」



 というように、アレクは笑われました。

 時刻は、お風呂作りが終わって、私が出たあとだったので、もう朝方だったでしょうか。


 どうやらアレクは、「ヘンリエッタさん! ヨミが女の子になった!」とか言って、寝ていた彼女を起こしたらしいです。

 ちなみに私は最初から女の子です。途中で性転換したわけではありません。


 起こされたヘンリエッタさんは嫌な顔をしていませんでした。

 むしろ「マジで!? 昔は男の子だったの!?」と飛び起きたそうです。

 私は最初から女の子です。


 お風呂を終えて私がリビングに来ると、すでにヘンリエッタさんがアレクを指さして大笑いしているシーンでした。

 説教という感じではなかったのですが、アレクはずっと正座という座り方で、顔をうつむけていました。



「いやーおかしいおかしい! え、どんぐらい付き合いがあったんだっけ? 気付かない!? 普通気付かないものなの!?」

「……だって……異世界だし、こんなにかわいい子が男の子のはずもあるかなって……」

「ないよ! どう見ても女の子じゃん! ほれヨミちゃん! アレクちゃんが納得できないって! だから脱ごう! ほれ、だーつーいー! だーつーいー!」

「酔っ払いだろあんた!? ヨミもやめろ! 脱ごうとしないでいい!」



 と、言われた記憶があるのですが、私はこの時脱ごうとなんてしていたでしょうか……

 自分の行動をよく覚えていません。



「それにしてもアレクちゃんアホだー!」

「返す言葉もない……」

「あ、ちなみに、あたしは女性です。ホーも女の子です。育ち盛り。ね、ホー」



 ホーさんは状況をよくわかっていないようでした。

 ただ、ヘンリエッタさんの腕の中で、アレクに向けて髪の毛をのばしていました。

 きっと目玉を狙っているのでしょう。



「いや、姉さんが女性なのは、さすがにわかるけどさ……」

「おっぱいか! アレクちゃんはおっぱいの大きさで男女を判別してるのか!?」

「違うよ! っていうか女の人がその……あんまし言うなよ」

「アレクちゃんってば女性に夢見過ぎ! わかりました。こうなったら、お姉さんが責任もってアレクちゃんの夢を一つ一つ砕いていきましょう」

「やめろ! あんたに責任はない!」

「責任はないけど砕こうか?」

「ただの無差別犯じゃねーか!」

「あたしの使ってる杖の名前は『夢砕き』だからね!」

「そうだったのか?」

「いんや、今考えたけど」

「思いつきで話を進める癖、どうにかしろよ!」



 ヘンリエッタさんは色々とめちゃくちゃでした。

 奔放すぎます。



「あーそうそう、そういえばアレクちゃんに言っておかなきゃいけないことあったんだった」



 ふと思い出したように、ヘンリエッタさんはそんなことを言いました。

 思いつきで話を進める人なので、話の流れみたいなものは、彼女の前には存在できません。


 それを聞いたアレクはこわごわとヘンリエッタさんを見ました。

 夢を砕かれると思ったのでしょう。



「……なんだよ」

「いや、脅迫状とどいてるんだよ」

「……誰に」

「アレクちゃんに」

「なんで」

「逆に考えてみてよ!」

「なにを」

「……?」

「一回でいいから、考えてしゃべってみてくれよ!」

「……あ、そうそう。ほれ、あたしに聞く前にさ、自分で脅迫状もらう心当たりないか検討してみてよって、昔のあたしは言いたかったわけさ!」

「昔って一瞬前じゃねーか!」

「昔の偉い人は『女性は一瞬ごとに生まれ変わる生き物だ』っていう名言を残しててね」

「あんたの『昔』は一秒前の可能性もあるからあてにならない……で、脅迫状って? 内容とか差出人とかは……」

「ホー、出して」



 と、腕に抱えたホーさんに指示を飛ばします。

 しかしホーさんは指をしゃぶってヘンリエッタさんを見つめ返すだけでした。


 母と娘が、私とアレクの視線の先で見つめ合っています。

 耐えきれないように、ヘンリエッタさんがホーさんにキスをしました。



「かーわーいーいー! ホーのほっぺたすごいよ! これ売り物になるよ!?」

「ならねーよ! 脅迫状はどうした!」

「えっ?」

「あんたさては酔ってるな!?」

「あー、そうそう、脅迫状ね! 怨念こもったやつ! 実はホーの髪の毛に入れてたんです! あたしが持ってるとなくすからねー」

「怨念こもった脅迫状を赤ん坊の髪に入れるなよ……」



 ヘンリエッタさんは、かまわず、ホーさんのふさふさの髪へ手をつっこみました。

 ドライアド族は髪にも感覚があるので、ホーさんはくすぐったそうに、そして楽しそうに手足をばたばたさせました。

 しばしして。



「これこれ。受け取りな!」



 ヘンリエッタさんが封筒を投げてよこします。

 アレクは微妙な表情をしながら、中身をあらためました。


 私も後ろから、脅迫状をのぞきこんだのですが――詳しい文面は覚えていません。

 内容は『銀の狐団』……その脅迫状には『輝く灰色の狐団』とあった気がしますが、そのクランの解散をせまるものだったはずです。

 ただ、その時に感じたことは覚えています。


 気持ち悪さ、でした。

 思えばこの時、初めて私とアレクは、こういう『敵対』までいかない悪意に触れました。


 殺し合いの際に向けられる殺気などとは別種の感情です。

 顔も知らない人が、匿名で、私たちを嫌い、つぶれろと望んでいる――その言い知れない感情は、当時と比べ対応に慣れた現在でさえ、もてあまします。


 当時の慣れていない、また幼かった私には、強い衝撃でした。

 アレクもまた、同じように衝撃を受けたらしく、しばらく絶句していました。



「……脅迫状だな」



 しばらく黙ったあとで、彼はそう言いました。

 ヘンリエッタさんは笑います。



「脅迫状って言ったじゃん! アレクちゃんアホー!」

「いや、聞いてたけどさ……えっと、これは、その……そもそもなんで姉さんに?」

「ねーねーアレクちゃん、その脅迫状、なんだと思う?」

「哲学的な質問するなよ。脅迫状は脅迫状だろ」

「違う違う。なんとね――記念すべき百通目の脅迫状なのです! アニバーサリー!」



 いえーい、とヘンリエッタさんがホーさんとハイタッチしました。

 ホーさんはよくわかっていなさそうでしたが、とにかく楽しそうでした。



「……百通? 脅迫状が? 俺たちに?」



 アレクは青ざめていました。

 ヘンリエッタさんは、ようやく真面目に話す気になったのか、声のトーンを落とします。



「アレクちゃん個人だったり、ヨミちゃん個人だったり、『銀の狐団』だったり、色々通算で百通だねえ」

「なんで姉さんが持ってたんだ?」

「あたしっていうか、ママからもらったの。冒険者や冒険者クランへの苦情、脅迫その他もろもろは基本的に冒険者ギルドにとどくから。今まではママのとこで処理してたんだよねー。まあ処理っていうか、本当に悪質なもの以外は焼却処分なんだけど」

「……」

「活躍してる冒険者にそういうのがとどくことって、珍しくないんだよ?」

「……そう、なのか」

「そうそう。あ、でも活躍してるとラブレターとどいたりもするよ! アレクちゃんにも五通ぐらい来てた!」

「……脅迫状よりそっちを見たかった」

「うち四通があたしからでも?」

「それ本当?」

「ううん。嘘。ラブレターはないです」

「そっから嘘か! ……っていうか、意味のある会話をしてくれ!」

「ホーの前で暗い話したくないんだよねえ。ま、いっか。その脅迫状は――修行の一環」

「……修行?」

「そういうのもとどくよ、って話。冒険者をして、モンスターを倒したり、お宝をとったりしてると、悲しいかな、そういう嫉妬とか逆恨みも買うんだよって、そういう話」

「…………」

「アレクちゃんの敵は色々いるんだろうけど、そういう敵もいるよ、って。生きてればそういう人たちに困らされることもあるよ――ってそういう、話」

「……」

「ママは結構、アレクちゃんと『銀の狐団』のこと心配してるよ。っていうか、ああいう感じの子供だらけの冒険者クランは、いつもかなり気にしてる」

「……そうか」

「まして『輝く灰色の狐団』は色々と、有名だから――長いあいだ逮捕にいたることさえできなかった、大犯罪者クラン。多くの犯罪クランがすぐにつぶされる中で、存在し続けて、名前をふくらませ続けた色んな意味で強いクランだからね」

「『強い』、か」

「あ、腕力じゃないよ? まあ、だから――世の中、腕力だけじゃ生きていけなくって、それは冒険者も同じわけだよ。実力主義をいくら謳おうともね」

「名前を変えても、罪に問われることがなくなっても、先代の遺産はつきまとうのか」

「そうだね。……親が有名だと、子供は大変だよねえ」



 あはは、とヘンリエッタさんは弱々しく笑いました。

 きっとアレクの置かれた境遇と、ヘンリエッタさんの置かれている境遇は似たものなのだと思います。



「で、ママが心配してるのは、アレクちゃんのこと」

「……通俗的な意味じゃないよな。クランマスターだから、とかじゃなくて、俺だから心配されるっていう理由が、あるんだよな」

「うん。そういうこと。アレクちゃんはさ、別に、望んでないじゃん。今の立場を」

「……」

「そういう人って、『流れ』でうまくいってるうちはいいけど、『流れ』が逆向きになると、投げ出したくなるんだよね。でも、アレクちゃんに投げ出されたら『銀の狐団』はやっていけないわけじゃん? だからそういうの、心配してる」

「投げ出そうとは思ってないけど」

「今はね。まあ、アレクちゃんの考えは人からはわからないし、未来のアレクちゃんの考えることは、今のアレクちゃんにはわからないって、そういうこと」

「……未来の俺を持ち出されると、さすがに確信は持てないな」

「でしょ? ……あはは。ま、杞憂で終わるかもしれない未来のお話なのです。だからママは制限しつつアレクちゃんに現実をぶつけてくる。脅迫状は、その入口。もっとくだらない現実をゆくゆくは体験することになるかもしれないし、ならないかもしれない」

「……この程度は受け止められる度量を持てってことか」

「どうだろね? 案外、『無理』って言ったら、ママのところで全部苦情処理してくれるかもよ?」

「クーさんが大変だろ……別に、『銀の狐団』へのものだけじゃないんだろ? あの人のところにとどく苦情は……」

「だねえ。……ま、とにかく、そういうのもあるってこと」

「わかった。これからはこっちでなんとかするよ」

「いやいや。冒険者への苦情は、基本的にギルドで処理するもんだからね? ただま、あんまり甚だしいのは該当クランや冒険者に意見をうかがうこともあるけど。だから今回脅迫状を見せたのは、こういうこともあるって認識してほしいって、その程度のことだよ」

「そうか」

「そのあたりがママから。で、あたしから言いたいのは――」

「なんだよ……」

「現実を少しだけ知ったうえで、抱え込まなくていいんだよ、ってこと」

「……」

「どうせ、理想の自分にはなれないんだから。全部完璧にこなすなんて、できっこないんだから。すべてを自分で対応しようとしないで。そういう時は、甘えていいんだよ」

「甘える、か。……うまくできる自信がない。甘い生き方はしてきたけど、誰かに甘えた経験は、あんまりないから」

「それも、修行しなよ。あたしが師匠になったげるから」



 アレクは返事をしませんでした。

 どういう沈黙だったのか、私にはわかりません。


 ただ、じっと、ヘンリエッタさんのことを見ていました。

 その横顔を、私は見ていました。


 話し合いは、ホーさんが眠ってしまったので、お開きになりました。

 ヘンリエッタさんは『あ、あたしももう少し眠るから』と言い残し去って行き、私も眠るための場所に移動して、アレクはお風呂へと向かいました。


 しばしして。

 ヘンリエッタさんがおもむろに起きて――



「ヨミちゃん、アレクちゃんのお風呂のぞく!? あわよくば一緒に入る!?」



 そんな提案をしてきたことは、ここに告白しておきます。

 私はのぞきに行きませんでしたよ。

 私は。

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