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181話

 アレクの望み通り、クーさんの自宅でお世話になりながら修行することになりました。

 ヘンリエッタさんにも魔法修行をつけてもらえることになりました。

 監視対象はアレクと私だけで、他のクランメンバーには根城が与えられました。


 私はこの状況に強く戸惑っていたのを覚えています。

 つまり『うまくいきすぎている』ということです。


 子供ばかりになった大犯罪者クランの監視。

 ダンジョン制覇を短期間で繰り返す冒険者の保護。


 どれもギルドマスターがわざわざ出てくるぐらいの大事と言えば、そうだと思います。

 でも、私たちの置かれている環境には、なにか、もっと他の意図があるのではないかと、私はずっと腑に落ちない気持ちでいっぱいだったのです。


 だから、クーさんの家でお世話になっている時、私はいつも、全体を警戒していたように思います。

 その日――


 クーさんのおうちでお世話になり、数日が経ったころだったでしょうか。

 時刻は、アレクと私がクーさんからの依頼を終えて帰っていたので、夜でした。


 クーさんの家は、ギルドマスターの部屋と比較するとかなり綺麗な場所でした。

 でも、整頓されているというか、殺風景というか、生活感がない、という感じです。


 家に物が全然ない理由は、クーさんが多忙であまり家に帰らないからです。

 そのような事情から、クーさんの家では、主にヘンリエッタさんと、ホーさんと一緒に過ごすことが多かったです。

 まあ、ヘンリエッタさんがよく一緒にいたのは、私たちを監視する役目を帯びていたからなのでしょうけれど。



「……おかしい」



 その日、クーさんの家で食事をしていると、アレクがふとつぶやきました。

 食事をとる場所は、物のない空間にポツンと置かれた長いテーブルです。


 料理は私が作りました。

 ヘンリエッタさんは家事が苦手な人で……しない、というわけではないのですが、大ざっぱで気分屋で、それゆえ苦手でした。

 一つの家事をやっていると思ったら、なにかを思いついてまた別の家事に手を出して、そんなことを繰り返すから、どの家事も中途半端でいいかげんになる、という感じです。


 だから、私はクーさんの家で家事ばかりしていたと思います。

 今思えば、この時から今にいたるまで、ずっと家事ばかりの人生です。


 そんな事情で、私は隣の席に座るアレクの言葉に、耳ざとく反応しました。

 食事の最中だったので、味付けが『おかしい』と言われたのかと思ったのです。

 しかし。



「……なあ、ひょっとして俺は騙されてるんじゃないのか?」



 アレクの発言は、私の料理に対するものではなさそうでした。

 その視線はヘンリエッタさんを向いていたのです。


 まあ、ヘンリエッタさんに騙されていると感じたなら、その人に直接『俺は騙されてるんじゃないか』と言うのはなにかおかしいのですが……

 アレクなので。



「なに? 騙されてるって、あたしに?」



 ヘンリエッタさんは不思議そうに首をかしげました。

 その日の夕食はオムレツだったのですが、食べながらしゃべるもので卵の欠片が飛びました。彼女の食べ方ははっきり言って汚かったように思います。


 アレクはしばらくうつむいて、黙り込んでいました。

 悩んでいるのか、膝の上のホーさんを見ているのかは、わかりません。


 沈黙のあいだ、ホーさんの「あぶう……うー……うー!」という声だけが屋内に響きわたりました。

 お陰で緊張感はさっぱりありませんでした。



「……ええと……まあ、そうかな。あんたとクーさんに、騙され――」

「……『あんた』?」

「……姉さんとクーさんに騙されてるんじゃないかなと」

「なんで!? あたし騙したりしないよ!? ねえ、ホー! そうだよね!?」



 ホーさんは答えませんでした。というかまだしゃべることができません。

 アレクの頭部によじのぼろうとするのを、アレクが阻止するので、忙しかったのでしょう。

 ホーさんはよくアレクの頭部を抱え込もうとする傾向がありました。

 というようなホーさんの様子を見て、ヘンリエッタさんは、



「ほら! ホーもそうだって!」

「なんにも言ってねえだろ! このお子様は今、俺の頭を目指して忙しいんだよ! っていうかなんで頭とか目玉ばっかり狙うんだ!? 暗殺者の教育でもしてんのか!?」

「いやほら、ホーは髪の毛をつなごうとしてるんだよ」

「はあ!?」

「ドライアドだからねえ。魔族とか人間だと、親子で手をつなぐでしょ? ドライアドは髪の毛をからませて『つなぐ』んだって」

「へえ……」

「懐かれてるねえ。うちの子、人見知りするのに。暗くて狭いところ大好きだし」

「そうなのか……って話を逸らすな! 騙されてるかもしれないって話だ!」

「話を戻すの!?」

「戻すよ! ……なんだこの進まない会話!? ええと……とにかく、あんたらが俺に本気で修行をつけてるかどうか、疑わしいって感じるんだよ!」

「なんで?」

「だって、修行中に俺、全然死なないだろ!? 修行なのに死なないっておかしくないか!?」



 ヘンリエッタさんはまばたきを細かく繰り返しました。

 そして、「うっふっふーん……」と笑うような悩むようなよくわからない声を出します。

 どうやって出していた声なのか、未だに不思議です。



「………………あっ、なるほどね! ようするにアレクちゃんは、頭のおかしな子なんだ!」

「おかしくねーよ!」



 いえ、どうでしょう?

 私もこの時には勘違いしそうでしたが、普通、人は死にながら修行をしません。


 しかし、師匠のもとでの洗脳が完了していたアレクは、『修行とは死ぬものだ』という刷り込みを行なわれていたのです。

 ましてヘンリエッタさんたちには、すでに『セーブポイント』を見せてもいますし、実演もしていました。


『この人たちは俺が死んでも死なないことをすでに知っているはずだ』

『なのに、死なないよう配慮されている修行はおかしい』

『この人たちは本気で俺を鍛える気がないのではないか?』


 アレクの考えはこんなところだったと思います。

 おおよそ常人の理解しうるところではないと思います。


 少なくともアレクが実際に『はいいろ』たちにつけられた修行の概要を知っていなければ、ここまで彼の考えを読むことは不可能でしょう。

 だというのに――



「はんはん、なるほどなるほど。つまりアレクちゃん的には普通に考えて、冗談でもなんでもなく修行は死ぬものだって思いこみがあるわけね。思いこみっていうか――刷り込みかな?」



 ヘンリエッタさんは、のぞいたようにアレクの内心を述べました。

 ……この女性は、なぜか人の考えを一瞬で見抜くのです。

 このあたりも、私が彼女を人生最大の敵と思う理由の一つだと思います。



「ま、そっか。強いもんねえ。たぶん普通にやったらあたしより強い。でもなんか才能ある感じじゃないし、ってことは努力したんだ。死ぬほどの努力を、たとえ話でもなんでもなく、実際に死にながら。だから、強い」

「……才能ある感じとか、ない感じとか、わかるのか」

「冒険者を色々見てるからねえ。その人がどこまで行きそうかっていうのはなんとなくわかるよ。アレクちゃんは……なんか最初に挑んだダンジョンでうっかり死にそうな子だよね」

「……」

「当たってた?」

「……まあ、最初に挑んだダンジョンでも死んだし、最初に挑んだ敵にも殺された」

「ダンジョンと敵を分けて語るってことは、その敵はモンスターじゃないよね? ああ、『はいいろ』だっけ?」

「……俺たちのこと、どこまで知ってるんだ?」

「アレクちゃんのクランが、『はいいろ』っていう大暗殺者を据えた犯罪者クランだったってぐらいかな。で、君が今のクランマスターなら、アレクちゃんは当然『はいいろ』から後事をたくされたわけだ。暗殺者が後事をたくす相手って、だいたい自分より強い相手でしょ? まあ奪ったのかたくされたのかは知らないけど、とにかくアレクちゃんは『はいいろ』に勝ったわけで、そうなると……あっ、しまったしまった」

「?」

「つい推理しちゃった。あんまりペラペラ人のこと言い当てると気持ち悪いって言われるから注意してたのに」

「……そういうもんか? 俺は素直に感心しながら聞いてたけど」

「当たってた?」

「だいたいは。細部はさすがに違うけど」

「へっへーん、すごいでしょ?」

「なんでそんなにわかるんだ?」

「ふむ。いいでしょう! アレクちゃんには特別にコツを教えましょう!」

「ありがたい」

「まずは、相手の目をしっかり見ます!」

「……それで?」

「なんとなくわかります!」

「…………参考にはなりそうもないな」

「目の奧の気配的なアレを見るのです!」

「オーラ?」

「そう、それ! なんかよく知らないけどきっとそれ!」

「なるほど」

「じゃあそういうことで!」

「………………いや、『そういうことで』じゃなくて! 修行はきっちりしてくれよってことを言いたいんだが!?」

「きっちりしてるけどねえ」

「今の修行じゃ、無詠唱も複数同時も、覚えるまで何年かかるか……もっと手早く習得する方法はないのか? 死んでもいいから」

「命が軽いねえ」

「軽いとは思ってない」



 アレクはムッとして反論しました。

 ヘンリエッタさんは、ますます楽しそうになります。



「へえ。軽いと思ってないのに、『死んでもいい』って?」

「俺は下手に死ねない。今、俺が死ぬと、クランメンバーが路頭に迷うから。でも、セーブする限り俺の命は使い捨てられる。だったら、セーブするのを思いつかないほどの切迫した状況になる前に、命を捨ててでも強くなりたいだけだ。なるべく早く、なるべく強く」

「……ふぅん?」

「あんたは俺より弱い」

「そうかも? どうだろ?」

「ステータスだけなら、間違いなく俺の方が強い。なのに、俺は、あんたとクーさんが殺すつもりなら、あそこでやられてた。……そういうのは、困る。そういう事態に陥らないようにいつでも余裕を持っていたい。でも、俺は頭が回る方じゃないし、ハッタリも苦手だ」

「そうだねえ」

「だから、単純に、純粋に強くなるしかない。……プレイスキルもなくて機転も利かなくて運もないなら、レベルを上げて物理で殴るしかないんだ」

「やだ、よくわかんないけど素敵」

「……茶化さないでくれ」

「んー、そういうつもりはないよ? ただ、ママがなんでここまで手厚くアレクちゃんを保護しようと思ったのか、なんとなくわかった気がしただけ。あの人読めないからねえ。いつも不機嫌そうな顔してるし」

「……結構笑うような」

「ウッソ!? ママが笑う!? ないって! 実は世界が滅亡してました、とかの方がよっぽど信憑性あるよ!?」

「そこまでか……」

「……ま、アレクちゃんの人格とはあんま関係なく、『銀の狐団』の実情を知った時から、保護は決めてたみたいだけどね」

「どういう意味だ?」

「困っている子供だけが集まったクランでしょ? 保護したいっていうか、『償い』をしたかったんだと思うよ。あの人、子育て失敗してるから。……まあ似たような駆け出しお子様クランの保護はそこそこやってるし、あの人」



 笑ったまま、『あの人』の子供であるヘンリエッタさんは、言いました。

 そこにはきっと、聞くのをためらうような事情があるのでしょう。


 でも。

 会話している相手は、アレクだったのです。



「子育て失敗って、どういう意味だ?」

「おお、聞くねえ」

「……聞いたらまずいのか?」

「ううん。ただ、聞かれたの初めてだからおどろいただけ。っていうかわかんない? ママからなんにも聞いてない?」

「なにを?」

「ホーの父親のこと」

「ああ。わからないんだっけ」

「そうそう。どこの誰かもわかんない相手と子供作った娘とか、子育て失敗作じゃない? 報告の義務とかさあ、そういうの、怠ってるし……今も……」

「さあ……」

「……なにその反応。聞いておいて興味なさげな」

「いや、だってなにが成功でなにが失敗かなんて、俺にはわかんないし……」

「…………」

「たとえば俺は親が両方死んでるんだけど、この状態で誰かと結婚して子供できたら、それは親にとって『どこの誰かもわかんない相手と子供作った』ってことになるだろ? だって死人に報告なんてしようがないし」

「ん……んー……? ま、まあそう、かな?」

「でも俺は、これから誰かと結婚した時に自分を失敗だなんて思わない。だって報告しようがないんだから」

「いや、でも事情違うじゃん? あたしのママは生きてるし所在もはっきりしてるじゃん?」

「報告しないってことは、報告しようがないってことなんじゃないのか?」

「……」

「『したくない』とか『うまく言えない』とかだって、充分に『報告しようがない』理由だと思うけど……いや、そりゃあ、生きてる親なんだから報告するのが人として立派なのはわかるけどさ。人はみんなそこまで立派じゃなきゃいけないのか? だとしたらすげえ生きにくい」

「アレクちゃんさあ、考え方おかしいってよく言われない?」

「言われるけど、言った人たちはのきなみおかしい人たちだったから、参考にならない」



『はいいろ』『狐』『輝き』あたりのことを言っていたのでしょう。

 まあ、あの人たちに『変わってるね』と言われたら、それはすなわち『正常だね』という意味だと受け取ったっておかしくはないのですが……


 ひょっとしたら、アレクがかかわってきた人たちがみんなちょっとおかしかったせいで、アレクは比較的まともな人だったのに、今のおかしな人に醸成されてしまったのではないかなと怖ろしい推理が成り立ちました。

 ちなみにその『ちょっとおかしいみんな』は主に私の親たちです。

 私も責任を感じます。



「あーそっか。あたし、駄目な子だなあ」



 ともあれアレクの考えを聞いたヘンリエッタさんは、そう言って、やけに嬉しそうに笑いました。

 そして。



「なんかありがとね」

「……なんでだ?」

「ううん。なんとなく。……あと修行の話だっけ? あたし、人に物教えるとか、まして殺しながら教えるとか、そういうのしたことないけど、ちょっとがんばってみるよ」

「なんで急に……」

「ぐ、ぐ、ぐ」

「?」

「アレクちゃんへの好意がふくらんだ音です」

「……はあ、つまり、好感度システムってこと? 好感度があがるごとに修行が効率的になっていくのか?」

「なんかわかんないけどそんな感じ? ……ようするに『あたしが昔やってた訓練』じゃなくて『あたしが今やってる、アレクちゃんにはまだ早い訓練』をすればいいんでしょ?」

「そうそう」

「ならやるよ。……いや、それでも死なないけどね? だってその訓練をしてたあたし、生きてるでしょ?」

「……」

「なんでちょっと残念そうなの!?」

「いや……」

「とにかくやるぞー! そのために食べるぞー! おー! ほら、おー! って!」

「お、おー……」



 アレクは元気なく拳を掲げました。

 ホーさんがまねをして「うー!」と髪の毛をかかげたのが、とてもかわいらしかったです。

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