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180話

「あんたらを呼び出した理由は三つだ」



 ギルドマスターの部屋に、私とアレクは通されました。

 ヘンリエッタさんとホーさんは、私たちを部屋に案内すると、どこかへ行きました。


 部屋は――長方形なのでしょうか?

 そこここに紙束が積まれているし、コンテナみたいなものもあるし、おまけに長い机や椅子があるしで、正確な部屋のかたちを把握するのは、少し難しいように思われました。


 よく見ればソファなんかもあるようです。

 そんな色々なものが羊皮紙と煙で隠された部屋の最奥、丈夫で立派な大きい文机には、先ほどアレクに『やばい』と言わしめた少女が座っていました。



「『ダンジョン制覇の真偽聴取』『クランの素行監視』『将来性のある冒険者への面通し』だな」

「……『呼び出した』?」



 アレクが目を細めました。

 かなり、不満そうです。


 まあ実際、呼び出したというか制圧拘束連行されたので、気持ちはよくわかります。

 けれどドライアドの女性は一切かまわず、ぷかり、と煙を吐き出しました。



「このたびは呼び出しに応じてもらってすまない。協力感謝する。あたしは冒険者ギルドマスターのクーってもんだ。まあ王都で冒険者やってんなら名前ぐらいは知ってるだろうが」

「……名前ぐらいはな。まさかこんなに小さい女の子とは思わなかった」

「はん『小さい女の子』ねえ……」

「……小さい女の子じゃないのか?」

「あたしらドライアドっつー種族は、他から見るとそう見えるらしいな。同じ種族から見たらあたしはとっくにババアだろうぜ」

「……ババア?」

「孫までいる」

「マジか……って、そうか。ヘンリエッタさんの母親で、ホーの祖母なのか……」

「……そういや、あんたらを放り込んだ部屋に、なぜか不肖の娘がホーまで放り込んだな」

「あれ、あの人の独断なのか……」

「勝手ばっかりの娘さ。おまけになに考えてるかわからねえ。ったく、誰に似たのかねえ」

「……家庭事情はいいから、本題に入ってくれ」

「おっと、悪いな。で、ダンジョン制覇の真偽についてだが……まあ、あたしやヘンリエッタとあんだけ戦えたら、嘘ってわけじゃねーだろ。だいたいにしてギルド側で調査してるしな。ただ信じない冒険者があんまりにも多いもんで、かたちだけ事情聴取する必要が出た。呼び出した理由の一つはそんなところだな」

「言ってることはわからなくないんだけど……」

「ああ、そうそう。今後どんだけダンジョン制覇するつもりか知らねーが、次からあたしに直接依頼を受けに来い。ヤバくて依頼に出せないダンジョンを紹介してやる」

「……なるべく危険のないダンジョンの制覇をして、手堅く稼ぎたいんだけど」

「そもそも『ダンジョン制覇』を『危険のない手堅い稼ぎ』とは言わねーよ。……安心しな。これでも人を見る目はある。無茶はさせねえ」

「だといいけど……」

「あとな、あんまりレベルの低いダンジョンをつぶされると、冒険者っつー職業がなくなっちまう。あんたらのペースだと本当に全部のダンジョンを制覇しかねない。あたしも、冒険者をなくさないためっつー理由で、ダンジョン制覇は二つでやめた」

「……やっぱり、あんたも制覇者だったのか」

「この業界じゃあ伝説的な人物って扱いになってる。たった二つのダンジョン制覇でな。ま、普通のやつは一つ制覇することも難しいから、当然っちゃあ当然なんだが……」

「奥歯に物が挟まったような言い方だな」

「……ドライアドに伝わる『勇者アレクサンダー』の伝説と比べちまうとな。あたしが冒険者始めたのは伝説への憧れもあって……そういやあんたの名前も『アレクサンダー』だったか」

「ああ。アレクって呼ばれることが多かった。変なおっさんのせいで」

「『はいいろ』か」



 ぷかり。

 紫煙がクーさんの口から吐き出され、天井にのぼっていきました。



「……クーさん、だったか……あんた、『はいいろ』を知ってるのか?」

「知ってるともさ。経歴だけはな。……どっかの地方領主が捕まえて処刑したって話だが……地方領主に殺されるようなタマかねえ? 経歴だけしか知らねえが、そう簡単に死ぬような存在とは思えなくてなあ」

「……」

「ま、『はいいろ』にかんしては色んな情報が錯綜してる。ひょっとしたら生きてるかもしれねえし、死んでたとしても――名前を継いだ誰かがいる可能性はあるよなあ?」

「…………」

「おい、黙り込むなよ。隠しごと下手すぎんだろ。カマかけただけでここまで綺麗に引っかかるやつを初めて見たわ」

「……あんたは、俺になにを求めてるんだ?」

「求めてねーよ。心配してんだ」

「……心配?」

「目立ちすぎ、油断しすぎだ。……調べたらガキばっかのクランになってるじゃねーか。あのな、『輝く灰色の狐団』は犯罪者界隈じゃ有名なクランだ。そのクランがガキばっかになって弱体化してたら、売名目的のならず者に狙われるぞ」

「……もう俺たちは『輝く灰色の狐団』じゃない。『銀の狐団』だ」

「看板変えたって他人は違うものとして扱っちゃくれねーよ。それに、ならず者だけが敵じゃねーんだぞ。『はいいろ』の請け負ってた仕事は、あたしが知る限りだけでもやばいもんばっかりだ。政治がらみの暗殺――下手すると、国があんたらをつぶしに来るぞ。『あの依頼の真相を知っているかもしれない』ってな」

「…………おっさんは、仕事のことをクランで詳しく言ったことはない」

「そうかもしれねえが、他人からは真偽がわからねえ。疑わしくて、なおかつ、つぶすのがたやすいなら、つぶしちまおうとするやつらは、ごまんといる。まして身寄りのねえガキばっかのクランなら、なおさらだ」

「……」

「あんたらの前マスターはかなり細い綱をうまく渡ってた。新しいクランマスターならそのへんのリスクコントロール……バランス感覚を覚えろ」

「……どうしたらいい?」

「知るか。……と言いてえところだが」

「……?」

「あんたらは今、冒険者クランだ。そして、あたしは冒険者ギルドのマスター。つまり、あんたらはあたしの保護下にある。なにより三日で二つもダンジョンを制覇する有能な冒険者をくだらねえ政治的判断でつぶさせるのは惜しいわな」

「……そう、か」

「ああ。っつーわけで、しち面倒くせえが、保護してやる。ただし、あたしの監視下で活動するのが条件だ。しばらくあたしの家に住み込んで、あたしの依頼だけを受け続けろ。あんたらも、あんたらのクランも、悪いようにはしねえよ」



 その申し出は間違いなくありがたいものでした。

 けれど、ありがたすぎて――降って湧いたような、都合のいい話すぎて、私にはどうにもうさんくさく感じられました。


 でも、アレクはその申し出を信じたようです。

 いえ、信じた、というか――



「クーさんの監視下に置かれるのはいい。でも、頼みがある」

「……おいおい、話は理解してるか? あたしが、あんたを、保護してやるんだ。このうえさらに頼みとか、虫がいいとは思わねえか?」

「無理だったらあきらめるけど……俺を、鍛えてほしいんだ」

「……鍛える?」

「ああ。あんたは強そうだ。戦闘では確実に俺より強いし……それに、その『バランス感覚』みたいなのも、俺よりずっとあると思う」

「ま、そりゃそうだわな。年季が違う」

「だから、俺のバランス感覚を鍛えてくれ。あと戦いもだ。あんたの娘のヘンリエッタさんには、魔法を教えてもらうことになってる」



 なってません。

 まだこの時点でヘンリエッタさんは承諾していないのですが、アレクの中ではそういうことになっているようでした。


 しかしこの場にヘンリエッタさんはいないので、指摘する者はいませんでした。

 結果的に教えてもらうことにはなりましたけど。


 クーさんはしばし固まりました。

 そして、大笑いしました。



「はっはっは! ……面白いなあんた。いや、あんたを拘束したあたしが言うのも嫌味に聞こえるかもしれねーが、あんたは充分に強い。戦闘だけならな。それでもなお自分を鍛えようってのは、なかなか珍しい。普通はある程度で満足しちまってなまけだすもんだぜ」

「強くならないといけないから」

「なんでだ?」

「クランのみんなを守らないといけないんだ。あとは……趣味、かな」

「趣味?」

「ステータスはカンストまで。スキルはめいっぱい。そうしたいって、なんていうか、うずくんだ。ゲーマー魂みたいなものが」

「……意味はわからねーが熱意は買おう。ただ、あんたがすでに充分強いのは言った通りだ。『バランス』の修行はともかく、戦闘の修行は命にかかわる可能性がある。やめた方がいいと思うぜ」

「それは大丈夫だ。『セーブ』するから」

「……『セーブ』?」

「ああ。この――」



 アレクが手をかざし、『セーブポイント』を出現させます。

 それは人の頭部ぐらいの大きさの、青い、発光する球体です。



「――『セーブポイント』に『セーブ』を宣言すると、死んでも復活できる。セーブポイントを消すと効力がなくなったり、失った装備や所持金はそのままだったりっていう制約もあるけど、とにかく、『セーブ』すれば死ぬような修行もできるんだ」

「……言われてもさっぱりわからん」

「ようするに――」



 アレクは『セーブします』と言いました。

 そして、腰の後ろの、例の折れた剣で自分の首を掻き切ります。


 その迷いのなさすぎる行動になによりびっくりしたのは、私だったと思います。

 今でこそ『ちょっと試しに死んで見せますね』というようなことが珍しくなくなりました。

 しかし、その当時は『誰かにセーブ&ロードの実例を自殺によって見せる』ということ自体初めてだったので、アレクの行動のあまりの突飛さに、私は目を見開いて硬直しました。


 クーさんも同じような表情でした。

 しばし、噴水のように血を吹き上げてから、アレクは倒れます。


 そして――

 セーブポイントが光量を増し、アレクが復活しました。

 血はついていません。



「――こういうこと。さっきたしかに死んだけど、俺は今生きてるだろ?」

「お、おう……」



 クーさんがあきらかに引いていました。

 しかし、そこはさすがに経験豊富なギルドマスターと言うべきでしょうか。

 すぐさま、平静な調子を取り戻して、



「……はあ、なるほど、それで『ダンジョン制覇』を『危険のない手堅い稼ぎ』扱いしたってわけか……たしかに危険はねえわな。死の危険は」

「だろ?」

「いや、『だろ?』じゃねえよ。なんだその満足げな顔は。……たとえどんなに『死ねる』ってわかっても、人は死ぬことを怖れるはずなんだがなあ……十全な備えをしたって怖いもんは怖いだろ。それが意味不明な謎技術に起因するものならなおさらだ」

「……意味不明ではないってば。さっき『セーブポイント』の機能は説明しただろ?」

「いや……なあ……あんた……ヨミだったか。こいつはいつもこうなのか?」



 クーさんに問われました。

 私は――どういう反応をしたんでしたっけ?


 うなずいたような、動けなかったような。

 ともあれ、クーさんは私の反応に対し「そうか」と述べました。



「……ともかく、事情っていうか理由っていうか、そういうのはわかった。……やれやれだ。弟子をとるなんてことはなかったんだが、変な話の流れになっちまったなあ」

「ヘンリエッタさんを鍛えたのはクーさんじゃないのか?」

「……まあ、人種が違うからな。特にドライアドは戦い方が特殊だ。あいつの魔法は、あいつの独学だよ。あたしは魔法なんて高尚なもんは使えねーし」

「そういえば親子なのになんで人種が違うんだ?」

「……親同士が違う種族だと、基本的に父母どっちかの種族で子供は産まれる。つまりあたしの夫がドライアドじゃなかったってことだよ。まあ……魔族の場合は、さらに特殊な事情なんだが」

「……っていうことは、ホーがドライアドだから……ヘンリエッタさんの旦那さんはドライアドっていうことか?」

「いや、たぶん魔族だろうな。ドライアドに男はいねえから……」

「……『たぶん』? 自分の義理の息子に会ったことないのか?」

「……あんたはグイグイ聞いてくるな」

「……まずかったか?」

「いや、まあ、うちで住み込むんなら、いつか行き着く疑問だ。……ホーの父親は不明だ。ヘンリエッタもしゃべらねえんだよ。問い詰めようにもあの性格だからな……笑ってはぐらかされる。誰の子供なんだかね、まったく」

「……俺、踏みこんだみたいだな」

「そうだな。隠しごとがへたくそで、空気が読めないって言われないか?」

「……どうだろう……俺の師匠たちがみんな、隠しごとがへたくそで、空気が読めない人たちだったから……相対的に俺はなにも言われなかったのかな?」

「そうか。そりゃ師匠が悪いな」

「いや、俺が空気読めないのは、俺のせいだと思う」

「……空気が読めないのはマジだな」



 クーさんは困り果てた様子でした。

 私もアレクの空気を読まないところにはたまに困惑させられていたので、なにも言えませんでした。



「とにかく、あんたらはしばらくあたしらの監視下に置かれる。それでいいな?」

「かまわない。ただ、なにかおかしなことをしようとしたら、抵抗する」

「……それを感じ取ることができそうもねーから、あたしがあんたらを保護することにしたんだよ。危機察知能力を鍛えてやる。『組織を背負って生きる』ってことを覚えろ」



 クーさんは頭を抱えていました。

 私はこの時、ようやくこの人に害意がないと判断しました。

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