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176話

「我らはやはり、神はいると思う」



 夜。

『銀の狐亭』食堂。

 戻ってきたアレクに立ちふさがるようにして、テオドラはそのように切り出した。


 帰ってきたばかりのアレクは目をしばたたかせる。

 そして、彼は周囲をうかがうように視線をめぐらせた。


 食堂にはテオドラとその妹分が一人。

 そして、ホーと、エルフの女性、それから猫獣人の少女がいた。


 アレクは、周囲をさぐっても、どこにも答えが落ちていないことを察したらしい。

 視線をテオドラに戻し、口を開いた。



「……ええと、突然、なんのお話で?」

「神の話だ。『最上の父』は否定されたが、やはり私は、神の存在を信じる」

「……その話をされても困るのですが」

「我らのこれからの行動指針の話をしているのだ。……修業を続ける理由も、消えてしまったのでな」

「……なるほど。続きを」

「努力に報いる目に見えない『なにか』はいると思う。人の運命を左右する目に見えない『なにか』もいると思う。我らはそれを『守護神アレクサンダー』と呼び、奉ってきた」

「はい」

「しかし、『守護神アレクサンダー』はでっち上げだった。彼の者はまだ神にまでいたっていないというホーとかいう子供の意見は、聞くべきところがある」



 そのホーはテーブル席で「子供じゃねーよ!」と叫んでいた。

 エルフの女性に抱きしめられ、口をふさがれてしまった。


 テオドラはそんなやりとりを一瞥する。

 それから――



「神を、あるいは神と表現される『なにか』を感じることは難しい。『なにか』は気まぐれで、我らは努力が報われない時に『なにか』を恨んだり、その加護を全否定したりするが……『なにか』の存在を普段から意識する者は、まだまだ少数だ」

「そうですねえ」

「だから、我らが『なにか』を代行したい」

「……」

「困窮している者に手を差し伸べよう。努力した者に報いを与えよう。……『最上の父』の思想はともかく、彼の行為が間違っていたと、私は思いたくない。だから私が正しく、我らの養父を継ぐこととする。それが今後の我らの行動方針だ。養父はお忙しくなるようなのでな」

「そうですか。それで?」

「修行は続ける。私は貴様も正しいとは思わない。貴様はおかしいと思う。というか絶対におかしい。可能な限り否定したい」

「……そこまで言われると笑うしかありませんね」

「……だが、貴様を否定するには、私では力が足りない。だから私は、貴様を超えることをあきらめない。そのために貴様の手を借りることも厭わない。それが私の考えだ」

「なるほど。……実は、行き場がないなら、俺のクランに誘おうかと思っていたのですが」

「断る。私は貴様の下にはつかない」

「そうおっしゃると思いましたよ。やれやれ、なぜここまで嫌われてしまうのか」

「というかあの扱いをしておいて嫌われないと思う方がどうかしている」

「あの扱い……?」

「……そういうところが、私が貴様を嫌う理由だ」

「なるほど。よくわかりませんが、覚えておきましょう」

「貴様はいいのか?」

「はい?」

「こうまで堂々と敵対宣言をする相手を鍛えることに、抵抗はないのか?」

「ああ、そのことならご心配なく。敵対者を育てることは、俺の意にも適っています」

「先日もそのようなことを言っていたな。どういう意味だ?」



 テオドラは首をかしげる。

 アレクが頭を掻いて、考えてから、答えた。



「俺は正しくない」

「そうだな。ようやく気付いたか」

「そうではなく、主観的に正しくとも、客観的に正しくない場合は多いでしょう」

「そうだな。客観的には常に間違っている」

「正しいかどうかというのは、他者がどれだけ判断しても、最終的に本人が納得しなければどうにもならないものと思います。人はけっきょく、自分が正しいと思うことしか正しいと思えないから」

「うむ」

「俺の『正しさ』が誰かの『正しさ』とぶつかった時に、俺は絶対に勝つでしょう。生き残るのは正義でも悪でもなく、ただ単純に強い者なのだから」

「……それも然りだ」

「これはよくない」

「……?」

「絶対に勝つ者が存在するという状況は、よろしくないと俺は思うのです。客観的に言えばずるい。主観的に言えばつまらない。だから俺は、俺を否定できる存在を育成したい」

「そのために私を鍛えるのか」

「そうですね。あなただけではなく、俺をきちんと止められる存在が何人もいたならば、逆に俺はもっと自由に行動できる。だって、どうしても間違った時、その人たちが止めてくれるでしょうから」

「貴様の妻や娘、母も強いのだろう?」

「母はまだ弱い」

「……そ、そうか」

「娘もまだまだです。妻は――俺を否定してくれないから」

「……」

「だんだん母親に性格が似てくるんですよね、女性って。最近になって実感することが増えてきましたよ」

「まあ貴様らの夫婦事情はよくわからんが……」

「ちなみにあいつの母親が、あなたにした『足音』『気配』の修行を俺につけた人です」

「ヤバイ」

「三人の師匠の中でもっとも発狂を強いてくる人でしたからねえ」

「……貴様の思い出話は聞かない方がよさそうだな。頭がおかしくなる」

「そうですか」



 アレクは笑う。

 そして。



「……ひょっとしたら、おっさんの後継者育成もこんな気持ちだったのかなあ」

「なんだ?」

「いえ。では次の修行プランのご説明ですが……」

「待て。今ちょっと教団が慌ただしい。また今度にしてくれ」

「そうですか? まあ、かまいませんよ。時間はたっぷりありますからね」

「あ、ああ……」



 テオドラは身震いする。

 ともあれ、これから長い修行はまだまだ続くのだろう。


 先が思いやられるが――テオドラは、屈しない。

 いや、屈するかもしれないが、何度屈しようが心は折れないと確信していた。


 だってこれから始まるのは、自分の考えのもと、自分の意思で行なう修行だから。

 聖典の中でも、城の中でもない。

 彼女はようやく、己の中に神を見つけた。

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