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171話

「今回の修業は『俺とモンスターの奇襲に警戒しながら、道中もずっと気配を絶って、ダンジョンマスターを倒す』というものですが、なにかご質問などございますか?」



 かくして修行は始まった。

 質問もクソもなかった。

 難易度が意味不明すぎる。


 ……仲間には、会わないことにした。

 もちろん、無事ならば、無事を確認したい。


 しかし、敵対者の申し入れだ。

 おまけに今現在敵対している相手は、邪神とその使徒である。


 人の嘆きや絶望を糧にするという存在なのである。

 その言動にはどのような悪辣な罠が潜んでいるかわかったものではない。


 どのみち、邪神やその使徒に対抗する力を得ない限り、やつらの手のひらの上で踊り続けることにはなるのだろう。

 だからテオドラは、今は力をつける時だと判断した。


 そして――修行だ。

 テオドラはアレクと二人、修行場に踏み入っていた。

 邪神はいない。セーブポイントの見張りをやらされている。


 邪神の使徒の考えていることはよくわからないが、やつがこちらを生かす限り、こちらはたしかに強くなる。

 だから、邪神の使徒、その意図を超えて強くなってやる。

 そのように決意も新たに、テオドラは修行に挑む。


 今挑んでいる場所は、『歪んだ洞窟』という名前のダンジョンだ。

 入口からして見る者の不安を煽るような、不思議な形状だった。

 内部はさらに不可思議な空間となっている。


 視界がねじれているのだ。

 内部に入った途端に気持ちの悪い感覚に襲われ、方向感覚どころか上下左右を見失う。


 自分が地面に立っているのか、壁に立っているのか、天井に立っているのか、さっぱり見当がつかなくなってくる。

 地図があっても迷う――そう言われる、難易度不明、攻略非推奨のダンジョン、らしい。


 この『ただ歩く』だけで吐き気を催す空間の中――

 邪神の使徒アレクは、『自分の奇襲に警戒しながら、気配を絶ってダンジョンマスターを倒せ』と言うのだ。



「……頭がおかしい」

「ああ、このダンジョンはね。ちょっと三半規管がおかしくなる感じですよね」

「そうではない……」



 お前のことだ――

 と言ったところで、意味はないだろう。


 そもそも、邪神もその使徒も、『普通の存在』ではないのだ。

 おかしくない、と思う方がどうかしている。


 ……敵に教えられたようで癪だが、たしかに、神やその敵対者を人の感覚で測ってはならないというのは、腑に落ちる。

 神は超常ゆえに神たりえるのだ。

 その敵対者もまた然りだろう。



「あとテオドラさん」

「なんだ」

「気配」

「…………」

「話すのはかまいませんが、気配は絶ってください」



 ……どうやら、集中した方がよさそうだ。

 そもそも『気配』とはなんなのか。

 普段なんとなく感じたり絶ったりしていたが、求められる質が上がると、この『気配』という概念の不可解さに気付く。


 アレクは『話していても絶てるもの』と認識しているようだが……

 気配を消す修行の第一歩で『足音を絶った』ことを思えば、それは音が出ていたら消せないのではなかろうか?


 それとも、罠か?

 話すのはかまわないと言っておいて、正解は、話したら気配なんて絶てないということだろうか? それを自分で考えて見出せということなのだろうか?


 テオドラが自分なりに『気配』について考えていると――

 アレクが苦笑し、つぶやく。



「やっぱりただ『気配』って言われてもわかりませんよねえ」

「えっ!?」

「いえ、わかります? 『気配』って。だったら余計なお世話だったかな……」

「い、いや……まあ、私は特に困っていないが、貴様の思う『気配』というものに対する考察を聞いてやってもいいぞ」

「……どんな時も上から来るあたり、あなたは母と少し似てますね」

「邪神と似てなどいない!」

「そうですか。それは失礼」



 あんまり失礼とは感じていない様子だった。

 彼は笑っている。



「そもそもこの修行は、俺が師匠にやらされたことをそのままやっているのですが……」

「……こんなことをやらされたのか」

「まあ、はい。当時の師匠は実践派でしてね。『ボクは教えない。自分で考えて身につけろ』という方針だったため、俺はよく思ったものです。『ふざけんな殺すぞ』と」

「奇遇だな、私もそう思っている」

「まあ、あなたは修行内容がどうあれ俺を殺そうと思っているのでしょうが……」

「……そういえばそうだな」

「そんなわけで、師匠はなにも教えてくれませんでしたので、俺なりの『気配』というものに対する考察なのですが……」

「ふむ」

「『気配』とは『オーラ』です」

「…………」



 言い換えられることでよりなじみのない言葉へと変化した。

 ひょっとしてこの説明は聞かない方がいいのではないか――そうテオドラは感じる。


 だが、まだ早い。

 まだ説明の一言目だ。これからきっと理解できるよう解説してくれるのかもしれない。

 テオドラはそう思って、続きを促すことにした。



「……続きを」

「はい。先ほどのあなたのように、演説とは身振り手振りや動作をまじえますよね?」

「う、うむ……しかしなぜ今その話を?」

「なぜ演説をする方は、みなさん、叫んだりハンドサインを用いたり、椅子の上に足をのせたりするのか、考えたことは?」

「……その方が伝わりやすいからだろうか……というか、あのすべっていた演説のことをあまり蒸し返されたくはないのだが……」

「すべってなんかいませんよ。ホーは笑ってくれたじゃないですか」

「笑われたから『すべっている』と判断したのだが!?」

「でも、笑えたらすべってはいないですよね? すべったら笑いは起こらないですし」

「……いや、その……とにかく、続きを」

「はい。ようするにですね、動くとオーラが出るんです」

「……は?」

「動くとオーラが出るんです」

「いや、聞こえてはいる。意味がわからないだけだ」

「大声とか、情感たっぷりな声とか、拳を握りしめる動作とか、そういうのをすると、人の体からオーラが発散されやすいのではないかと、俺は考えました。だからアイドルは歌って踊るし、『あの人たちなんなの?』と言われようがバックダンサーはいるし、ライブなどに行くと観客全体を巻きこんで手拍子をしたりするのです」

「…………」



 これ、駄目なやつかもしれない……

 説明された方がわからなくなるやつだ……


 しかしここまで聞いて引き下がるのも、敗北したようで嫌だ。

 テオドラは無意味に腕を組んで胸を張り、見下すようにしながら続きを促すことにした。



「それで?」

「ともかく、目立つ人は、よく動く。歌う。踊る。叫ぶ。ならば、逆のことをすれば目立たなくなる――『オーラ』すなわち『気配』がなくなるのではないかと、俺は考えました」

「……ほ、ほう……?」

「『オーラが出やすい行為』を総括すると『ライブ』になるのではないかと、俺は考えたわけですね。であれば、気配を絶つならその逆、つまり『(デッド)』の状態になればいい」

「…………?」

「まあ、この世界だと通じないかもしれませんが、俺の世界だと『講演会(ライブ)』の逆は『(デッド)』でした」

「講演会の逆が死……? 講演をしないと死ぬ……? どんな生命体だ?」

「さあ、英語はあまり詳しくないので、間違っているかもしれません」

「……」



 会話はいよいよ救いようもないほど意味不明な領域に突入している。

 自分で語った理論を『あまり詳しくないので間違っているかも』と言われると、こちらとしてはどうしようもないのだけれど……



「ようするに、簡単に一言でまとめますと……」

「今のが一言でまとまるのか!?」

「はい。『死ねば気配はない』ということになります」

「…………」



 これまでの説明必要だったかなあ?

 テオドラは感じたことのない種類のモヤモヤを胸中に抱く。



「この世界だと、生きている人には気配があります。モンスターなど人以外の生命体にも、一部を除いて気配があります。建物や植物などにも気配があります。でも、死体にだけは気配がない」

「……まあ、そうだな」

「なので死にましょう」

「……いや、どうかな?」

「正確に申し上げるならば、『死ぬという状態をもっと冷静に見つめ返そう』ということですね。死んでいるあなたは、生きているあなたとどう違うのか、思い出してみてください」

「どう違うか……命があるかないかではないのか……?」

「では、命とは?」

「…………」

「生きているあなたと逆の行為をし続ければ、死んでいるあなたになれます。命とは、生きている状態から差し引けば死んでいる状態になれるものたちが構成しているのです」

「……つまり、貴様は私を宗教に勧誘しようとしているのか?」

「いえ、違います。あなたに『命』を問いかけているのです」



 口ぶりが完全に宗教のそれだ、とテオドラは思う。

 先ほどの自分がこうだったのかと思うと、気恥ずかしさがこみ上げてくる。


 しかし彼は真顔、というか笑顔だ。

 自分に恥じるところなどみじんもない、と言わんばかりである。

 理解できない。



「幸いにも、この修行中にだって命を実感する機会はたくさんあるでしょう」

「……幸い?」

「そういうわけで、まずは一歩、自分で『気配を絶てる』と思ったら踏み出してください。じっくり考えてくださってかまいませんよ。ちなみに次の一歩、気配が絶てていなかったら奇襲します」



 奇襲を予告された。

 もうなにがなんだかわからない。



「ですから次の一歩、どうか命懸けで踏み出してください」



 彼の声はあくまでも真剣なトーンのままだった。

 テオドラは感じる。


 今までも、『コイツおかしい』と思うことはあった。

 様々なかたちで『この人は異常だ』と思わされ続けてきた。


 でも、今回が一番ヤバイ。

 今までは引いたり苦笑したり引きつったりするタイプの『ヤバさ』だったが……


 今。

 テオドラは真顔だった。


 真に理解できないものに接すると、人は真顔になるのだ。

 そんなようなことを理解しつつ、一応、命とはなにかを考えて、一歩を踏みだした。

 死にました。

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