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165話

 修行前。



「ふん、貴様の修行がどのようにきついものであろうとも、私が屈することはないと言っておこう。私はこう見えて様々な修行を乗り越えてきている。そもそも私は国家の始祖、人の守護神たるアレクサンダーにお仕えする身だ。心身を鍛えるのは当然のたしなみ。修行などものともしない」



 テオドラはそのように言い放った。

 もちろん強がっていないわけではない。


 アレクは敵だ。

 敵の前で情けない姿をさらさないというのは、当たり前のことだろう。


 でも実際、自信もあったのだ。

 もと孤児だったテオドラは、宗教色のやや強い孤児院で育てられた。


 神の――人の守護神アレクサンダーへの信仰を教えられ、それに傾倒していった。

 その中で、ある日養父からとっておきの秘密を話されたのだ。


 曰く、『建国の英雄アレクサンダーは生きている』。

 この秘密を教えられた時は、とても嬉しかったものだ。


 しかも、生きたアレクサンダーを守護するための組織に所属することができた。

 これは非常に栄誉あることだった。


 信仰する神が生きている。

 世話になった孤児院の主の役に立てる。


 この二つの喜びが、今までテオドラを動かす原動力だった。

 だから、必死に鍛えてきたのだ。


 その修練は並々ならぬものである。

 ゆえに、テオドラは『修行』と聞いた時、その難易度が自分の予想を上回ることはないという確信を抱いたのだ。


 大丈夫。

 軽い軽い。


 そして、修行後。

 王都南の断崖絶壁で、修行を終えたテオドラはこのように述べた。



「殺せ……殺せ……殺してください……私が甘かったです……だからお願いします……」



 あたりはすっかり暗い――というか、何回目の夜なんだか、もうテオドラにはわからない。

 目を見開き、地面によつんばいになって咳き込んでいる。


 口の端からはよだれが垂れてた。

 どうにも、なぜか、お腹からなにかがせり上がってくる感触があるのだ。


 当然幻だ。

 だって――もう、なにもない。


 自分を殺す凶器は、もう、体内には存在しない。

 ロードしたから。



「いけませんよ、命を粗末にしては」



 青白い、『セーブポイント』の明かりにぼんやり照らされたアレクが言う。

 どこかこの世のものならざる亡者を思わせるな、とテオドラは感じた。



「いいですか、命には価値があります。むやみに捨ててもいいだなんて聞こえるような発言は控えた方がいい」

「貴様が……貴様がそれを言うか!? さんざん命をもてあそんでおいて!?」

「もてあそんでなど、いません」

「だって……! 今だって、私を、ぶらさげたり、叩きつけたり、落としたり、豆を食べさせたりしただろう……? これが命をもてあそぶ行為でなくて、なんだというんだ……! 私をもてあそぶ行為なのか……!?」

「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。俺は、命も、あなたも、もてあそんだりしてはいません。極めて真摯に取り扱っています」

「いつか貴様に神罰が下る……」

「あなたの神は死んだでしょう」

「そうだ! 神は死んだ! 貴様のせいで!」



 救いはなかった。

 神をお守りできなかったことを、悔いる。


 だいたいにして、アレクは行動速度がおかしい。

 迷いがないとかためらいがないとか、そういう話ではなく、単純に極めて物理的に速度が半端ではないのだ。


 そのせいで、王都南に行ったり、かと思えば大陸の北東部の険しい山脈に行ったり、気付けばまた王都に戻っていたりと、まったく行動について行けず――

 結果として、守っていたはずの神を守護できなかった。



「神よ……神よ……! なぜお隠れになった……! なぜ我らを置いて……!」

「それがあなた方の『神』の望みでしたからねえ」

「遺された我らはどうなる……!」

「『遺された我ら』ねえ……アレクサンダーさんはそういうのが苦手だったと思いますが」

「貴様が神を語るな!」

「誰なら語っていいんですか? ご本人?」

「それは……」



 ……それは、まあ、本人が実際に生きているのならば、本人が語るべきなのだろうけれど。

 少なくともテオドラは神ご本人と直接謁見したことはない。



「……神の御意思を代弁されるのは、我らが『最上の父』だけだ」

「なんの権利があって、その人がアレクサンダーさんの意思の代弁を?」

「な、『なんの権利』って……いや、それはもちろん、『最上の父』だけが我らの教団の中で神と直接の謁見を許されているからであり……」

「へえ。その口ぶりだと、アレクサンダーさんが協力者を通してあなた方に指示をくだしていたように聞こえますね。ちなみに、アレクサンダーさんはどのようなことをおっしゃっていたと、その代弁者の方は?」

「……神託は色々あるが……その、なんだ。ありがたいお言葉には違いない」

「意味が理解できなかったと?」

「馬鹿にしているのか!? 理解ぐらいできた!」

「では、なんと?」

「……日々を健やかに生きろとか、神に尽くせば必ずや報われるとか、我らこそが人の守護者たるアレクサンダーの代行だと……」

「……はあ」



 まったく興味がない、というような顔だった。

 テオドラはつい、カッとなって声を張り上げる。



「立派なお言葉だろう!?」

「そうですねえ。なんか『立派な言葉集』というものがあったら掲載されてそうなぐらい立派ですね」

「馬鹿にしているのか!?」

「いえ、理解しがたい言葉だったら、てっきり『ゲームは一日一時間』とか『困ったらレベルをあげて物理で殴れ』とかそういうものかと思っていたので」

「……はあ?」

「そういう感じの神託を聞いたことはなさそうですねえ。アレクサンダーさんと直接会話した感じだと、あの人はそういうこと言いそうですが」

「……だいたい、神のお言葉は難解だ。貴様程度に理解できるとは思えん。たとえ神と言葉を交わしたとしても、貴様が神のお言葉がわからなかっただけなのではないか?」

「アレクサンダーさんの言葉で、この世界の人にとって『難解』とされる表現ならば、俺以上に理解できる人材はいないと思いますが」

「大した自信だ」

「……それに、最近のアレクサンダーさんが、自分を生かしたがる人と会話をするとは思えない。あの人は間違いなく死にたがっていた」

「貴様こそ、なんの権利があって我らが神の意思を騙る?」

「騙りではありませんが……というか、俺に権利はなくとも、俺の母に権利はあると思いますよ。間違いなくあなた方よりもアレクサンダーさんのことを知っている」

「母?」

「何度か会話にも出していたと思いますが、俺の母が、長年アレクサンダー殺しを試みていた存在です。あなた方の中では『月光』なのか『カグヤ』なのか、はたまた『輝き』なのかはわかりませんが」

「……ああ、例の邪神か」

「……邪神?」

「九尾を持つ異形の獣人だろう? 最近また新たな魂を喰らって尻尾が増えたという……そいつは邪神だ。我らが最高神を害するべく動き回っていた。我らの教団はそやつと、その邪神がそそのかした悪しき使徒たちの根絶こそが使命……おい貴様、なにを笑う」

「失礼」



 と言いながらも、アレクは笑いをこらえきれないようだった。

 それから。



「いやあ……あの人が邪神かあ……」

「なにがおかしい? 実際、我ら教団と邪神との戦いの歴史は長い。邪神が貴族に取り入ろうとした時どうにか貴族を説得し処刑させたりと、邪神を滅するべく何度も戦っている。しかし首が落ちようが灰になろうが死なないのだ。これが邪神でなくてなんという?」

「うーん……ポンコツとか?」

「ぽんこつ!? なんだそのかわいい響きは!?」

「まあ、そうか。あの人の能力の低さはかなりのものでしたが、あなた方の邪魔もあったからこれだけ時間をかけたと、そういうこともあるのかなあ……」

「おい、貴様、貴様! 一人で納得するな!」

「まあその邪神様から、あなた方のことは特に聞いてませんでしたので、ポンコツ邪神的にはあなた方の存在にさえ気付いていなかったんじゃないですかね」

「……とにかく、我らの黙示録には、最終的に邪神が巨大化してアレクサンダーを食うと……そうなった時人類の存亡を懸けた、守護者アレクサンダーの軍勢対邪神の使徒たちによる最終決戦が始まると……」

「うわあ、その話面白そうだなあ……今度詳しく教えてください」

「聖典だ! 面白がるな!」

「巨大化ですっけ? 巨大化かあ……いいですよねえ、巨大化。先に大きくなった方が負けそうですけど」

「なんなんだ貴様は!? 私は、今すぐにも起こりうるかもしれない、世界の破滅について話しているのだぞ!? だいたい、神は……神はすでに……だから私は邪神第一の使徒たる貴様だけでも粛清するべく、こうして無様をさらしているというのに!」

「いえ、目標に向けて努力をする姿は美しいものです。決して無様ではありませんよ」

「仇敵たる邪神の使徒の力を借りる、この姿が無様でなくてなんという!?」

「無力、ですかねえ」



 テオドラは完全に言葉が出なくなった。

 さすが邪神の使徒だ。容赦がない。


 使徒が笑う。

 その笑みは、なにも知らない者が見れば、きっと優しいものに見えるだろう。



「では、目的のためにも、ますますがんばって力をつけねばなりませんね」

「…………?」

「次の修行に入りましょうか」

「……」

「テオドラさん?」

「もらった!」



 テオドラは、腰の後ろから魔法剣を抜く。

 瞬時に魔力により刃を伸ばすと、立ち上がりざまに、アレクの胴を薙ぐべく剣を振った。


 だが、とどかない。

 アレクに触れる少し前に、なにかに当たって、それ以上進まなかった。


 不可視の障壁でも張ってあるのだろうか?

 そう思い、目をこらしてテオドラが見れば――


 闇夜の中。

 アレクの腹部を守るように浮かぶ、小さいもの。

 それは――



「馬鹿な……!? 宙に浮かせた豆で私の剣を止めただと!?」

「はじき飛ばさないように拮抗させるのはなかなか難しいので、面白いですよ」

「面白がるな! 私は……私は貴様を殺そうと……!」

「まあ、俺は俺の師匠よりも空気が読めるので、『あれ? ひょっとして俺のこと殺そうとしてる?』とかふざけたことは聞きませんよ。あなたが本気なのは、充分に理解しています」

「……」

「そのうえで、単純に、純粋に、実力がまったく足りていないということを、極めてソフトに無言で表現させていただいているだけです」



 きつい。

 主に心がきつい。


 みるみる萎えていくテオドラの精神。

 呼応するように、魔法剣も消えていく。


 テオドラは膝から地面に崩れ落ちた。

 ――及ばない。

 まだ、この化け物の影すら踏めない。


 化け物はにこりと笑う。

 それは黙示録に出てくる、人を堕落させる邪神の使徒の笑顔だった。



「では、修行をしましょうか」

「……え?」

「強くなりたいんでしょう? たった今知っていただいた通り、まだまだ、あなたでは俺を殺すことは叶いません。ですから強くなりましょう。先は長い。きちんとお付き合いしますよ」

「…………」

「それとも、やめますか? 俺は、かまいませんよ。あなたの意思に、お任せします」

「……ああ、やってやる……! 貴様を殺すためなら、なんだってやってやる……! 私は決してくじけない! 貴様をこの手で粛清するまでは……!」

「結構。では次の修行の説明に入ります。あなたの武器は魔法剣なので、魔力の維持が必要不可欠です。そこで、これから『魔術師殺しの洞窟』という場所に行くのですが――」



 テオドラはのめりこむようにアレクの語る『修行内容』を聞く。

 常軌を逸した内容。

 だからこそ、耐えてみせると彼女は決意し――

 そして。

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