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161話

 帰り道。

 色々あって、すでに時間は朝方だ。

 黎明の光の中、『月光』とアレクサンダーは歩いていく。


 石畳と石壁の街。

 もう温かい季節が来たというのに、朝方はことさら冷え込む。


『月光』はなんとなくアレクに寄り添うように近付く。

 そして、たずねた。



「それにしても、よくぞアレクサンダーの『死なない理由』を看破したのう。アレも異世界の知識ゆえか?」



 それらしいヒントはなかったように、『月光』には思われた。

 すると異世界転生者という出自からアレクサンダーの『死なない理由』に気付いたとしか考えられないのだが……


 アレクは。

 笑顔のまま、おどろくべきことを言う。



「いや、別に看破してませんけど」

「…………いやいやいや。なんかそれらしいこと言っておったじゃろ。アレクサンダーも納得した様子だったではないか」

「ああ、『ご都合主義』ですか? まさか、そんなスキルあるわけないですよ」

「……」

「だいたい、本当にご都合主義だったら、彼はもっと幸福な終わりを迎えているのでは? カグヤさんは死ななかったし、イーリィさんに先立たれることもなかったし、死を望みながら生き続けることもなかった。ご都合主義というか不都合主義ですね、これでは」

「…………では、なにか? すべて推論だったと、そういうことなのか?」

「はい。だいたい、発言に一つも根拠はなかったでしょう?」

「……え……いや……そういえば……しかし剣をまじえて確信したのではないのか……?」

「剣をまじえたぐらいでそんなことわかるわけありませんよ」

「……」

「あんなの、口から出任せです」

「……………………貴様、嘘などつけたのか!?」

「嘘をつけない人なんかいません」



 それはそうだった。

 しかし、アレクに言われるとなんとも反論したくなる。


 彼は肩をすくめ、苦笑する。

 それから。



「というように、普段から正直者を心がけていると、嘘をついた時に効果覿面なのです。だって俺の出任せをあなたは信じたわけですからね」

「……貴様は正直者というか……まあ、うむ……効果はたしかに」

「でしょう?」

「しかし……では、五百年生き、死ねないことに悩み続けたアレクサンダーは、最後、口から出任せで死んだということになるのか……?」

「いえ、アレクサンダーさんを殺したのは、あなたの『十割殺し』です。俺がやったのはあくまでも状況作りでしかないですよ」

「…………状況作り、とな?」

「『なんか死ねそうな雰囲気に演出すること』」

「………………」



 聞かなきゃよかった。

 様々なものが台無しにされたような気分になる。


 まさかそんな、ただのハッタリで英雄が死んだ……?

『月光』はめまいを覚えながら、額に指を当てて、質問を続ける。



「けれど、『十割殺し』で殺せる確信はあったんじゃな?」

「今だから言いますが……」

「おい、やっぱやめじゃ。聞きとうない」

「実は根拠がありませんでした」

「聞きとうないって言ったじゃろ!?」

「いやあ、あの雰囲気で殺せなかったらどうしようかと、内心は冷や汗だらだらでしたよ」

「貴様、おい、貴様……貴様、あれだけ自信満々に『あなたの五百年に終止符を打ちましょう』と言っておったじゃろが!?」

「実は『十割殺し』って大したことないんですよ」

「…………」

「状態異常の一種ですので、格下相手でないと効力が非常に薄い。もちろん、希に格上に通じることもありますが、基本的には効かない。そしてアレクサンダーさんはあなたにとって格上の相手だ」

「……わらわは修業したじゃろ?」

「そうですね。そして実際、あなたは非常に強くなった。しかし、アレクサンダーさんはステータスがないのです」

「……」

「これについても、理由は不明です」

「………………」

「戦ってわかったことがあるとしたら、それは彼が『相手に応じて強さを変えるタイプ』だということぐらいでしたね。ようするにテンションの高さで戦闘能力が変わる。なので、俺は彼のテンションを落とした」

「……ええええ……盛り下がったから、死んだ、ということなのか……?」

「まあ、そうとも言えますね」



 なんか色々ひどい。

 しかし、アレクは笑顔で言う。



「真実なんか知らなくても、意外とやっていけるものでしょう?」

「……そうじゃな」

「まあ、機会があれば、彼の真実も知りたいですねえ。あなたのことは見つけてしまいましたし、次の『ゲーム』にはちょうどいいかと思います」

「……そうか」

「気になることもありますしね」

「なんじゃそれは」

「人がバグであること」



 質問しておいてなんだが、答えられてもよくわからない。

『月光』は頭を抱えた。

 アレクは勝手に語る。



「これはアレクサンダーさんとの会話の中で気付いたことなんですが、どうにも彼は本来であれば人類を駆逐するためにこの世界に転生してきたんではないかと」

「……は? 人類の英雄アレクサンダーがか?」

「だってあなたたち、自分で考えて行動するし、失敗するような行為もするし、誰かに命令されたって反発したりするでしょう?」

「普通そうじゃろ」

「ゲーム的にはまったく普通じゃないんですよね。NPCに好き勝手行動されると困る」

「……まーた意味不明なこと言い出したな」

「まあ、最近の、っていうか俺の生前のゲームはかなりAIが進歩しているので、自由行動するNPCも増えていましたけれど……オープンワールドのスローライフゲームでそんなにNPCに自由を与えたってしょうがないと思いませんか?」

「いや、問われてものう……」

「彼が本来、神様から与えられた役割は、サロモンさんやあなたなどの、特に強いバグを倒して、人とモンスターのバランスをとることだったんじゃないかなと思いますよ」

「やつの行動に、そんな素振りはまったく見えんかったが」

「なにが『バグ』かは説明を受けていないか、忘れていたんでしょう。俺も転生前後の記憶はあいまいですし。ただ、似たようなことを言われた記憶があります。『勇者になれ』と」

「……」

「でも魔王はいないし、モンスターの脅威はそこまででもない。だから俺が自然と考えついたのが『犯罪者の駆逐』でした。どうでもよかったので無視してましたが、お金がなくなり、精神的事情で働くこともできず、もう駄目だとなって『はいいろ』に突撃していきました」

「……それで今にいたるわけか」

「はい。思えば俺は途中まで、神様の意図通りに行動していたんでしょう。でも『はいいろ』が予想以上だった。あと、俺の能力が予想以下だった」

「言ってて悲しくならんか?」

「悲しくはなりませんが、あのころは若かったと懐かしくはなりますね。まあ――」



 アレクは頭を掻く。

 苦笑してから。



「――弱くてよかった」

「……」

「結果的に『はいいろ』を殺すことにはなりましたが、『輝く灰色の狐団』で過ごした過程がなければ、色々と失い色々と間違っていた――今『正解』だと思っていることと違う『正解』を求めていたことでしょう」

「結果優先の貴様が過程を評価するなど、おかしいのう」

「今回の修業では、俺も色々学ばされましたからね。過程も大事だ」

「わらわとしては貴様を学ばせたことを後悔しておるがな……」



『月光』は苦笑する。

 アレクも笑い、しかし気にした素振りもなく、話題を変える。



「そういえば、これからどうします?」

「これから?」

「あなたは生涯を懸けた目標を達成した。修業は終わったのです。あなたが『銀の狐亭』に居続ける必要もなく、俺があなたをお客様と思って接する必要もなくなった」

「なんじゃ、わらわを殺すのか」

「それがあなたの望みなら」

「……本当にやりそうじゃな、貴様は。しかも笑顔のまま」

「まあでも、その前に『輝き』の名前はください。『はいいろ』と『狐』は、『はいいろ』の死後、『狐』が自分のその後を定めてからテキパキと形見分けをしてくださったので、獲得したのですが……『輝き』はその時ついでに『もってけば?』と渡されただけでして……」

「……『狐』の前で死んだことはなかったからのう。わらわが生きているとは思わんかったんじゃろ。にしても……さすが『はいいろ』のもとで雑務をしていただけのことはあるわ。雰囲気台無しだったじゃろ」

「そうですね。形見分けのシーンは、ヨミの回想録でも省かれていたぐらいでした。マントも剣もその時にいただいたんですけどね」

「『狐』はなあ……感情的で現実的という変わったやつじゃからのう……」

「ともあれ、そんな事情なので、せっかく本人がいるのだから本人から正式に名前を受け継ぎたいなと思いまして」

「必要か? 今の貴様はもう、わらわの名前なんぞあってもなくてもいいじゃろうに」

「以前お話しした通りです。俺が……まあ、成長するための儀式ですね」

「ふん。欲しいならばくれてやるわ。わらわは今後『輝き』とは名乗らん。もとより『月光』名義で活動して万が一正体が発覚したら馬鹿らしいから名乗った名にしかすぎん」

「ありがとうございます。それで、あなたはこれからどうします? もう死んでもいいですけど……」

「……ひどいこと言うのう」

「いえ、死にたいならば尊重するという話です。俺は『はいいろ』を受け継ぎましたが、暗殺者になってから、誰も殺していませんし、殺すつもりもありません。けれど、あなたなら、殺してもいい。そんな風には思っているということです」

「……誰も殺していない?」

「『はいいろ』と『狐』以外はね。つまり、あなたは俺の中で、あの二人と同列だ」

「……『狐』を殺したと扱うのに、宿の修行者たちはそう扱わんのか?」

「彼女たちは生きていますよ?」

「…………いや、うむ。そうか。もうなんも言わん……」

「それで」

「……まあ、もうしばらく生きるとする」

「なぜ?」



 アレクが首をかしげる。

 なんであなたは生きるのか――そういう意味の疑問だろう。


 相手が普通の人類であれば、抱くのもおかしいような疑問だった。

 しかし、あいにく、『月光』は普通の人類ではない。



「たしかに、長きを生き、この生命を存続させる理由も消え去ったわらわは、そろそろ安息を得てもいいかもしれんな」

「はい。サロモンさんのことを理解できないあなたは、さっさと休みたいのかなと」

「……しかし、アレクサンダーのことを、幸福だったと語り継がねばならん。そいう約束をしてしもうた」

「……」

「やれやれじゃな。また生きねばならん理由が増えた。じゃから、少なくとも、今の体が朽ちるまでは生きてみようと思うておる」

「なるほど」

「ヨミより長生きしたら、やつの死体をストックしてもよいじゃろうか?」

「おすすめしませんねえ。俺はこう見えて短気な方なので」

「……わかったわかった。やらんわ。そもそも冗談じゃ。誰かの愛した相手を乗っ取るなど、もうこりごりじゃからな」



『月光』は肩をすくめる。

 それから、アレクを見上げて、言った。



「まあ、そういうわけじゃ。時間をくれ。この生涯を終えたら、大人しく死のう」

「わかりました」

「そのあいだのわらわの世話は、貴様に任せる」

「わかりませんでした」

「わらわは貴様の親じゃぞ」

「はあ?」



 無垢な顔で首をかしげられると、なにも言えなかった。

 まあ長いこと放置して、一度目の再会では交渉術教えたりせっかく得た居場所を奪ったりして、二度目の再会なんかは逆にこっちが修行をつけられるとかいうていたらくだ。

 親と思えという方が無理かもしれない。



「わかった、わかった。働く。どこかで働く。しかし、見た目が少女で、尻尾が十本で、肉体労働が苦手なわらわがどこで働けるというんじゃ」

「『輝く灰色の狐団』時代などはどのように生活していたんですか?」

「『はいいろ』と『狐』に養ってもらっておった」

「…………」

「あとはだいたいどの時期も出資者がいたのう。娼婦というほどでもないが、ある意味体を使って稼いでおったな。わらわの魅力の成せる業じゃ」

「……」

「よしわかった。アレク、わらわの出資者となれ。好きにしてよいぞ」

「お断りします」

「なんでじゃ! わらわみたいな体つきが好きなんじゃろ!?」

「……わかりました」

「わかったか」

「『銀の狐団』で仕事を紹介しますから、そちらでどうぞ。まあ、今のあなたでしたら冒険者でもやっていけるとは思いますけどね」

「冒険はやじゃ。服が汚れるでな」

「……」

「あと、貴様らにはわからんじゃろうが、尻尾が十本もあると、気付かぬうちに色々まきこむんじゃ。背中は暑いし、尻は重いし……やはり労働には向いておらんな。アレクが養ってくれるとありがたいんじゃがのう……貴様かなり稼いどるじゃろ?」

「尻尾、十一本に増やしましょうか?」

「換えの肉体がないと言っとるじゃろうが! ……悪かった、悪かった。まあしかし、三月(みつき)ぐらいは置いてくれ。いざとなれば出資者を捜すゆえ……」

「……うーん……その働き方は息子としてあまり賛成できないんですが……まあ、しょうがないか……。ただし、宿の仕事を手伝ってもらいますよ」

「『歩くだけで掃除になるだろ』とか思っておらんじゃろうな? わらわの尻尾はモップではないぞ」

「……なるほど。たしかに」

「失言じゃったか……」



 会話をしていると、ようやく『銀の狐亭』が見えてくる。

 二階建てのおんぼろな建物。


『月光』は扉の前で立ち止まる。

 いつものように、アレクが開けてくれるのを待っているのだ。


 しかし、アレクは動かない。

 不思議に思い、『月光』は背後のアレクを振り返る。



「……なぜ扉を開けてわらわをエスコートせんのじゃ?」

「これ以上の接待には料金が発生しますけど……」

「どういうシステムじゃ」

「いえ、まだお客様として当店をご利用でしたら、それはもちろん、サービスはいたします。しかし働きつつ仕事を見つけるまで居候するおつもりでしたら、サービスの利用は控えた方が賢明だと思いますけれど。料金的に考えて」

「はあ……世知辛いのう……」

「その扉を自分で開いた時点で、あなたは『銀の狐亭』の居候です」

「……」

「そうしたら俺も、居候として――というか、まあ、そのなんでしょう」

「……なんじゃ」

「…………こういうの慣れていないんですが。ええと――息子として、あなたに対応します」

「……」

「さて、どうなさいますか? あなたはお客様? それとも、お母様?」

「もちろん決まっておろう」



『月光』は、ドアノブに触れる。

 そして、自ら扉を開いた。


 屋内へ、踏み出す。

 これが新しい人生の第一歩。自分で決めた目的の始まり。


 だから、この時――

 長い期間を経て、ようやく彼女は彼女の人生を始めた。

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