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160話

「違う! 俺は死ななきゃならない! 死にたいんだ!」



 アレクサンダーは激昂した。

 それはそうだ。数百年抱き続けた願いを、ご丁寧に根拠らしきものまで添えて『嘘だ』と言われたのだ。

 このような言いがかり、捨て置けない。


 だというのに、アレクは動じない。

 相手の感情が表出するのをながめて、無関心そうに「そうですか」と述べた。



「そもそも、あなたの敵は『バグ』なのでしょう? 勇者(デバッガー)とあなたが名乗ったと、『月光』さんから聞きましたよ」

「だからなんだよ!?」

「バグというのは『仕様にないもの』ですからねえ。この世界がどういうものか、俺は今もって把握しきれていませんが……『仕様にないもの』を相手にするならば、『望み通りになる能力』でもないとやっていられないと思いますよ」

「……でも、この世界はもう、俺にとってゲームじゃない」

「これは興味本位からの質問なのですが、あなたの認識していたこの世界は、どのようなゲームだったので?」

「それは……たしか、スローライフ系ゲームだ。オープンワールドで、農業をしたり、作物を売ったり、たまに…………モンスターと、戦ったり………………」



 言葉がにぶる。

 アレクサンダーの顔は、急に青ざめた。

 なにか、気付いてはいけないことに気付いてしまったかのような、そのような表情に『月光』からは見えた。


 アレクはその表情を見てどう思ったのか。

 むしろ、彼の感情がさっぱり見えない。



「……ああ、なにがバグかは言及しませんよ。俺が申し上げたかったのは、あなたの『死にたい動機』についてです。質問なんですが、あなたは死んでどんな得があるんですか?」

「だから、謝らなきゃならないやつがいるんだ! 褒めてやりたい、やつが、いるんだ……俺なんかのために命を懸けたやつが……そいつのお陰で生きられたって言わなきゃいけない」

「義務感や責任感という感じですかね」

「……そうだよ」

「そもそもあなたは、責任をとりたがるタイプの人なんですか?」

「…………は?」

「いえ、お話を聞いていてね。『指導者(リーダー)』というか『扇動家(アジテーター)』のように感じまして。人々を焚きつけた。目標に向かって進んだ。でも、責任をとって彼らの面倒を見るのは不本意だった。違いますか?」

「……」

「責めてはいませんよ。そもそも、俺が暮らす国家はあなたのお陰で樹立している。感謝こそあれ文句はありません。でも、あなた自身はこの結果をどう思っているのか、気になりましてね」

「……でも、たくさんの人が、俺の言葉に乗っかった。だから……俺は」

「ことが大きくなっていてびっくりした、とか?」

「……」

「すべて『月光』さんからのお話と、数々の資料からの推測で恐縮ですが……あなたはよくも悪くも後先考えるタイプではないですよね? むしろ考えたりするのは忌み嫌っていたのではないですか?」

「…………」

「でも、考えなければならなくなり、『都合良く』街を――街として利用できそうなダンジョンを見つけ、そこを拠点にし、流されるまま国王になった。そして、多くの人々を焚きつけた責任をとった代わりに、ある約束を放り出した」

「………………」

「『世界の果てを見に行く』という、仲間との約束だ。ああ、忙殺されて忘れていた、という方が正しいかな?」



 アレクサンダーは黙りこむ。

 顔は真っ青で、呼吸は荒い。

 肩で息をし、ガタガタと震えている。


 はために見てさえあきらかに、動揺している。

 だけれど、アレクは言葉を止めなかった。



「あの世というものを、俺は信じてはいませんが――もし、あの世で故人となった知り合いと会話ができそうなら、さぞかし責められそうですよね。多数をとり少数を切り捨てる。為政者として正しいけれど、それで仲間が納得するかは別だ」

「……頼む、やめてくれ」

「俺はサロモンさんの話以外詳しくうかがっていませんが、彼なんかはさぞやあなたを責めそうですよね。生前でさえ、見限ってあなたのもとを離れたらしいではないですか」

「……お願いだ。もう、やめろ」

「やめませんよ。あなたが死にたくなるまでね」

「……」

「ですが、まあ、事実と違うことは言いませんので、ここらで一つ、朗報を」

「…………」

「サロモンさんは、あなたを見限ってはいませんでしたよ」

「……なんだと?」

「これからあなたに試す『十割殺し』は、サロモンさんが生涯をかけてあなたを殺すために研究していた理論が基礎となっています。ねえ、母さん?」



 と、アレクは『月光』を見た。

 同時にアレクサンダーも、救いを求めるような視線を向けてくる。


『月光』は大きく深呼吸をする。

 そして。



「そうじゃな」



 うなずき、言葉を引き継ぐ。

 ……ここからがきっと、自分の戦いなのだと。

 そう理解して、話を始めた。



「サロモンのやつは、貴様を殺すために、その生涯をかけて研究をしておった」

「……なんでだ。あいつは、弱者の重さに負けたって言って、俺なんか、もう殺す価値もないって……」

「わらわには理解できんかったが、アレクサンダーならば、サロモンの行動原理を把握することができるのではないか?」

「……」

「あやつが長い時間を費やし、多大なる情熱をかたむける時は、どんな時か、貴様ならわかるであろう」

「……『闘争』」

「そのようじゃな。……ふん、理解できんわ。そんな取るに足らぬ、くだらぬもののために、長い旅路を終え、ようやく訪れた安息の時を捨て、死ぬまで取り組み続けるなど……頭がおかしい」

「……」

「けれど、わらわから見て――いや、カグヤから見て、貴様らはみんな、頭がおかしかった」

「イーリィとシロは比較的まともだったろ」

「シロがまともかはなにも言いとうないが……イーリィはな、アレも地味にまともではなかったぞ」

「どこがだよ」

「行動のすべてが、貴様のためじゃった」

「……」

「回復も、小言も、安住の地を求めたのだって、すべて、貴様の身を気遣ってのことじゃ。そもそもアレは旅なんぞしとうなかったんじゃろ。だというのに、付き従った。それもこれも全部貴様のためじゃ」

「…………」

「カグヤとは違った」



『月光』は思い返す。

 それは、自分の中にある、けれど別な人物の記憶だ。


 カグヤと名付けられた幼い狐獣人。

 閉じ込められ続け、暗闇に差した光に憧れ続けた、哀れな少女。


 ……これから述べようとしているのは、そんな少女の心を傷つける言葉だ。

 客観的に見て、彼女の行動がいかに駄目だったか。


 カグヤと連動した心が痛む。

 それでも『月光』は胸をおさえ、言葉を続けた。



「カグヤはな、身勝手じゃった。あとから思えば、もっとうまいやり方なんぞ、このわらわでさえ思いつくわ。それでもな、やつがなぜ、自分勝手に命を懸け、自己満足の中で死んでいったかを語ると――」



 涙がこぼれる。

 そのしずくが自分のものなのか、カグヤのものなのか、『月光』にはわからない。


 ただ、言葉が詰まりかけて。

 胸が苦しくて。

 もう黙ってしまいたいと思いながら――


 それでも言葉を紡ぐ意思は。

 自分のものに、違いなかった。



「――褒められたかったからじゃ」



 ささやかな願い。

 安い祈り。


 ……でも、『月光』にはわかる。

 そんな程度のことが、とても貴重で。

 そのぐらいのことでとても嬉しい。


 感情がリンクする。

 カグヤの祈りは、自分と同じだった。


 いや、自分だけではない。

 きっと多くの普通の人だって、抱いているだろう。

 ようするに。



「自分勝手で自由気ままで、なんでも思い通りにいく貴様には到底わからんじゃろうが、普通の、そこらへんにいる、才能のない、成功体験もないような者にはな、憧れた相手から褒められるというなんでもないような経験でさえ、一生を費やすのに充分な宝なのじゃ」

「……」

「役立ちたかった。褒められたかった。けれど、周囲は天才だらけで、自分なんぞがいくら努力しようとも、悠々ともっとすごい活躍をしていく。どうしたらいい? なにかをしようとしたところで、なにもないカグヤが、どうすれば褒めてもらえた?」

「……それは、そんなの……」

「『そんなの』などと言うな」

「……」

「貴様から見ればどうでもいいようなちっぽけなことが、カグヤには難しいんじゃ。貴様ら天才が鼻歌まじりにやってのけることが、わらわたち凡才には命懸けでもできん」

「…………」

「イーリィは天才じゃった。回復能力だけではない。そのほかの難しい、煩雑な、貴様がやりたがらなかったような地味なことを、愚痴を言いつつ普通にやってのける程度にはな」

「……そう、だな」

「カグヤにはなにもなかった。いつも必死で、それでも全然成果が出ない。一方で貴様は無責任に人々を焚きつけ、仲間を増やしていく」

「……」

「遠のいていく恐怖がわかるか」

「…………恐怖」

「そうじゃ。貴様は怖いということを知らん。人の歩調も気にせず、どんどん先へと進んでいく。それでも天才たちはともに歩んで行き――凡才は、取り残された。その焦燥がわかるか」

「……だったら、俺は、どうしたらよかった」

「どうにもできん」

「……」

「我ら凡才は貴様ら天才の考えていることがわからん。一方で、貴様ら天才も、我ら凡才の悩みなど理解が及ばんであろうよ。ようするに、巡り合わせが悪かった。理解できんかったのは違う生物のようなものだったからじゃ」

「……じゃあ、俺たちにハッピーエンドは絶対になかったっていうことなのか? 俺たちは出会った時から不幸な別れが決まってたのか? やりようは、なかったのか?」



 アレクサンダーがくずおれる。

『月光』は、彼のそばにより、跪いて視線の高さを合わせた。



「幸福な結末を望むならば、死ね」

「……」

「世の中にはどうしようもないことなぞ、いくらでもあるわ。気付いた時には解決不可能な事態なぞいくらでも転がっておる。解決法が『己の死』しかないものなぞ、珍しくもない」

「…………」

「あの世があるかなどという問いには答えられん。死人がどこへ行くかなど、わらわにはわからん。しかし――貴様が死んだならば、こちらで勝手に、貴様の幸福な死後を描いてやることができる」

「……幸福な、死後」

「サロモンは貴様を殺す方法の開発に、残る寿命を費やした」

「……」

「これは、わらわの価値観から言えば、苦しく、つらいだけで、なにも楽しくない、不幸な余生じゃ。しかしアレクは、サロモンが幸福だったと考えた。わらわも、そう思うことにした」

「……」

「…………わらわにも、親友がいた。カグヤではなく、わらわが愛した男もいた。そやつらがなにを思い、なにを考えて死んでいったか、実際のところはわからん。しかし、そやつらはきっと幸福だったのだと思うことにした」

「……」

「その方が、いいじゃろう?」

「…………ああ」

「イーリィは貴様が幸福になることをあの世で望んでおる。カグヤは予言を覆し、貴様を延命できたとあの世で喜んでおる。サロモンは最期まで闘争ができたと満足しておる。ダヴィッドもシロもウー・フーもそうじゃ」

「……」

「『色々あったけどいい人生だった』――みな、そう思っておると、考えよ」

「……そっか」

「責任をとるなどと、似合わぬこと考えるな。貴様はただ、貴様の望む果てを目指せ。さすれば、その冒険を、わらわが幸福なものだったと語り継いでやる。……じゃから死ねアレクサンダー。もう貴様は、休んでいい。仲間が、待っておるでな」



『月光』はアレクサンダーの目をじっと見る。

 アレクサンダーは、気弱そうな顔をした。



「……お前は?」

「わらわがなんじゃ」

「……お前は、俺を許せるのか? 俺の、言ってみれば『責任逃れ』に巻きこまれ、ずるずると終わりのない苦痛と責任を背負わされ続けたお前は、俺が幸福に死ぬことを許せるのか? なんの責任も負わない俺を、責めないのか?」

「残念ながら、わらわは貴様を責められん」

「どうして?」

「貴様とカグヤは、わらわの親のようなものじゃ。親が子に迷惑をかけるのは当たり前――そうここでは言っておかんと、そこにいる息子に対し面目が立たぬ。わらわも、あやつにはさんざん迷惑をかけたでな」

「…………息子?」

「先ほど言うておったが、アレはわらわの息子じゃ。本当に人の話を聞かん男じゃの……」

「そうか。息子か。……ああ、なるほど。親の心地ってのは、こうなんだな。カグヤの体で生まれたお前が、俺の知らない場所で誰かと出会い、俺の知らない場所でかかわりを作って、俺の知らないお前の人生を歩んでいく」

「……ふん」

「イーリィと俺の子供たちも、こうだったんだろうな」

「……」

「よかった。呪われなくて。あいつらは、きちんと死ねたんだな。……ああ、色々なものを見過ごした。世界を広げそこねた。これも向こうに行ったら謝らないとな」

「……そうじゃな」



 アレクサンダーが立ち上がる。

 そして、笑った。

 つきものが落ちたような、柔らかな笑み。



「世界の果てを見たかった」



 独白。

 天井をあおぎながら、独り言のように、しかし語りかけるように、ゆっくりと述べる。



「でも、思えば『果て』なんていうものに興味はなかった。果てにいたる過程こそが、俺の望む冒険だった。だから、まあ、世界の果てにはとどかなかったり、王国作ったり、予定外のことがさんざんあったけど――」



 彼は目を閉じる。

 それから。



「――色々あったけど、いい人生だった」



 息をつく。

 視線を下げて、『月光』を見る。



「やってくれ。……長いあいだ、迷惑かけた」

「ふん」

「でも、その前に――お前の名前を聞かせてくれないか?」

「……どういう意味じゃ?」

「俺を殺すのは、誰だ? 『アレクサンダー』か? それとも別なやつか? ……カグヤは俺を守れたのか? それとも、守ったと思いこんで死んだだけなのか? お前は、どう思う?」



 予言。

『アレクサンダーの死に場所はこの城である』というもの。

 そして、『アレクサンダーを殺すのは、アレクサンダー』というもの。


 予言に従うならば――予言がカグヤによって阻止されていないと考えるのならば、『月光』は『アレクサンダー』を名乗るべきだ。

 だから、彼女は。



「わらわは『月光』じゃ。アレクサンダーではない」



 そして念じる。

 詠唱や動作など、アレクの教える魔法にそういった『余分』はない。


 無機質で、事務的で、効率優先で。

 それでも成果だけは出すもの。


 だから、成功がわかるまでの数瞬、『月光』は静かに待つ。

 そして変化はおとずれた。


 アレクサンダーの体が、指先からバラバラと、砂のように崩れていく。

 それは不思議な光景だった。


 普通の『死』ではない。

 まるで今まで過ごした長すぎる時間のツケを返すような、崩壊。


 彼は崩れ落ちる手をながめていた。

 それから、小さな声でつぶやく。



「……ここが、俺の旅路の果てか」



 崩れる体を見る。

 その表情には色濃い安堵があった。



「ありがとう。迷惑かけた。でも、お前らと出会えたことで、未完成の俺の旅路は――」



 ――人に誇れる冒険になったよ。

 そんな言葉を残して。

 アレクサンダーは、塵になって消えた。

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