表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/249

16話

 死ぬほどびっくりした。



「あなた方夫妻はなぜ日常生活で気配を消すのだ!?」



 ロレッタは椅子から飛び退いて言う。

 夫妻は顔を見合わせて、笑い合う。

 そして、夫が代表して質問に答えた。



「癖です」

「どういう日常を送ればそのような癖がつくのだ」

「お客様に従業員を意識せずくつろいでいただくためのたしなみです」

「逆効果だと思うぞ」



 ロレッタはため息をつきながら席に戻る。

 ヨミが調理場に戻り――

 アレクが代わりに、そばに来た。



「……」

「あ、アレクさん、何用かな?」

「…………」

「アレクさん?」

「…………あ、はい。すみません。ちょっとぼんやりしてしまって」

「あなたがか? 私の攻撃を誘う悪辣な罠ではなく、本当に?」

「まあ、はい……というか、俺は罠を張って攻撃を誘ったことは今まで一度もないですが」

「なんということだ……」



 今、ものすごいチャンスだったのではないかとロレッタは後悔した。

 アレクがぼんやりすることなど、今まで想像さえしたことがなかったので、逃してしまった。

 というか。



「……アレクさん、お疲れではないのか?」

「えっと、はい。そこそこ」

「であれば、休んだ方がいい。あなたに修行をつけていただいている身で僭越だが、お疲れの時に無理をするのは、よろしくない。あなたが万全でないと、私も全力で修行ができないのだ。どうか今日は修行を中止し、休んでくれ」

「…………」

「アレクさん?」

「いえ、ロレッタさんの生真面目さには頭が下がるばかりです」

「どうしたのだ急に」

「えーっと、少し話しましょうか」



 困り果てた顔で、そんな申し出をする。

 ロレッタにとっては願ってもない話だった。

 当然、承諾する。



「わかった。私もあなたに聞きたいことがあったのだ」

「なんでしょう?」

「いや、そちらの話からしてくれ」

「こっちは後でも大丈夫ですよ」

「そうなのか……では、そのだな、実は、あなたに聞きたいことというのは、あなたの倒し方だ」



 キッチンでヨミがこけた。

 音におどろいてそちらを見たロレッタだったが、ケガはなさそうなので、視線をアレクに戻す。



「不器用な質問かもしれないが、私は駆け引きが苦手でな。あなたとの会話で、あなたの弱点を引き出したく思う」

「駆け引きが苦手なのに、会話の中で弱点を聞きだそうっていうのは、間違いのような」

「わかっているが、試す攻撃は全部試した。あとは戦略を変えるしかない」

「……まあ、そのあたりが、ロレッタさんですよね」

「どういう意味だ?」

「いえ、もっと卑怯な手を使っていただいて全然かまわないのですが、ロレッタさんの攻撃手段はどれも馬鹿正直なものばかりでしたから。ひょっとしたらこの人は、卑怯なことができない病気なのではないかと心配しておりました」

「卑怯なことなら、したが……まったくの別件で呼び出したふりをして、あなたに攻撃をしかけたりもしただろう?」

「急に意味不明な用事で呼び出されれば、子供でも警戒しますよ」

「なんだと……では、あなたは私の奸計に騙されてのこのこ油断して私の前に現れたのではなかったのか」

「まあ、のこのこ油断して前に現れるよう努力はしていますが、それにも限界はあります。あなたがあまりに素直すぎるもので、『あ、これ攻撃されるな』という予想はどうしてもしてしまうのです。努力が至らず申し訳ありません」

「あ、謝らないでくれ……私が馬鹿みたいだろう」

「申し訳ないのですが言わせていただくと、日常生活で詐欺に遭わないか心配になるレベルで馬鹿正直だと思いますよ」

「……そうだな。いや、おっしゃる通りだ。私は馬鹿みたいに正直者なのだと思う」



 ロレッタがうつむく。

 アレクは首をかしげた。



「騙された経験がおありで?」

「うむ……まあ、なんだ。あなたの口の固さを信用して言ってしまえば、私は叔父に騙されて財産のほとんどと家督をゆずってしまったのだ」

「貴族のおうちの話ですよね?」

「そうだな。私の母は、冒険者と結婚した変わり者だったのだが……その職業柄、父は早くに亡くなってしまってな。それでも母はがんばっていたのだが、ひと月ほど前に、暗殺された」

「暗殺?」

「それなりに大きな家だったからな。警備もつけていたのだが……凄腕の暗殺者にやられてしまったらしい。なんでも、『はいいろ』とかいう……」

「…………」

「アレクさん? お疲れか?」

「いえ、続きを」

「そ、そうか? ……それで、亡くなった母のあとを私が継ぐことになったのだが……ああ、突然ですまないが、私はいったいいくつに見える?」

「えっと……十八とか、ですかね?」

「……やはりそうか。いや、その、実はだな。十四歳なのだ」

「…………」

「アレクさん?」

「しまった、今攻撃されたら絶対当たってた」

「なんだと!? そういうことは前もって言っていただけないか!?」

「ええっと、すいません。十八というのも、若く見積もりました。本当は二十ぐらいと」

「…………なんということだ。私は実年齢を明かすだけであなたの隙を誘えたのか……」



 心の底から悔やんだ。

 そのことに気付いていれば、最後の修行は今この瞬間に終わっていたのに。



「ロレッタさん、続きを」

「……うむ。まあ、そのように老けて見られることが多いものの、私はまだ成人まで一年ある。ということで、叔父夫婦が、私の成人まで代理で家の面倒を見てくれると申し出たのだ」

「老けて見えるのは、しゃべり方が古風なせいじゃないですかね」

「その話はもういい」

「ちなみにうちの妻は実年齢より若く見られます」

「のろけ話をしないでいただけないか。今、私は重要な話をしている」

「申し訳ない」

「……それでだな。気付けば実権をすべて握られ、私は屋敷を追い出されていた」

「あいだの重要な部分がすっぽり抜けてる気がするんですが。俺の妻みたいな話題展開をしないでください」

「いや本当に、気付いたら追い出されていたという感じなのだ。どうにも叔父の方は前もって家督を掌握する準備を進めていたらしく、あっという間に」

「その印象が真実とすれば、あなたのお母様に暗殺者を差し向けたのは、おじさんなのでは?」

「私もさすがにそう思う。が、問い詰めようにも屋敷にすら入れてもらえない。そこで叔父が『花園』の調査中に落とした、家長を示す指輪を持って、屋敷に入れざるを得ない存在になり、改めて問い詰めようと、そういう思いで私は『花園』を目指している」

「なるほど」

「言えてスッキリした。私は隠し事が苦手なのだが、この話は貴族のお家問題、いわば醜聞なのであまり人に言いふらすものでもなしに、もやもやしていたのだ。すまないな、長い話を聞かせてしまって」

「いえ、俺でお力になれたのなら幸いです」

「それで申し訳ないついでにお聞きしたいのだが、今の話を聞いて、やはりあなたも暗殺者を仕向けたのは叔父だと思うか?」

「……今の話だけですと、なんとも」

「それもそうか。……いや、事実や、叔父の人柄から考えても、間違いはないと思うのだが……もし違っていたら、私は間違えた思いこみで叔父を責めることになる」

「家督を騙し取られたんですから、糾弾してもいい相手ではありますが」

「無罪の者を有罪であるかのように責め立てるのは、よくない」

「……クソ真面目ですね」

「汚い表現を使わないでいただこう。これは、貴族の生き様、いわば貴族道だ」

「武士道みたいなノリだ……」

「またよくわからないことを」

「この世界に武士はいませんものね……」



 苦笑する。

 ロレッタは理解しなくてもいいことなのだなと判断した。



「ともかくだ。……叔父が暗殺に使ったとおぼしき『はいいろ』を捕まえられれば、解決するのだが……私はそちら方面の調査のアテがないしな」

「…………」

「どうしたのだ、アレクさん?」

「……………………はい、はい」

「アレクさん?」

「はい。いや、その、すみません。もう一度お願いします」

「……やはりお疲れなのではないか? 今日の仕事が終わったら、眠ればいい。私の修行にかんしてはまた後日でいいぞ。あなたが睡眠中、私は奇襲をしないと誓おう」

「……わかりました」

「わかってくれたか」

「…………いや、ロレッタさんの修行は、ぴったり一週間で終える予定だったんですが」

「急になんの話だ?」

「すいません、見誤りました。――もう限界です」



 そう言うと。

 アレクは、バタンと椅子ごと背後に倒れこんだ。


 かなりの音と、震動さえ響く。

 ロレッタは狼狽して、アレクのそばにしゃがみこんだ。



「アレクさん!? いきなりどうした!? 私はなにもしていないぞ!?」



 あのアレクが倒れるとは思っていなかった。

 らしくもなく動揺しながら、ロレッタは必死にアレクの名を呼んだ。


 返事はない。

 まったく、ない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ