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15話

 その後、ことあるごとに、アレクに攻撃をしかけた。

 しかし。

 避けられ。

 いなされ。

 弾かれ。

 パンやビスケットで受けられたりも、した。


 隙がない、という話ではない。

 確かにこちらが攻撃をする直前までは、隙だらけなのだ。


 しかし、動きが速く、目がいい。

 なのでこちらが攻撃の意思をあらわにすると、すぐに対応されてしまう。




 そうこうしているうちに。

 時刻は、夕食ごろになっていた。




 ロレッタは朝食の時と同じく、カウンター席に座る。

 カウンター内部には、アレクはいない。

 この時間は風呂を設営中だ。


 代わりに、アレクの妻であるヨミと、二人の奴隷少女がいた。

 ロレッタは大きなフライパンで卵を焼くヨミに話しかける。



「今から大変おかしな質問をするが、よろしいか」

「いいよー」



 料理の手を止めずにヨミは返事をした。

 ロレッタは意を決してたずねる。



「アレクさんの弱点を教えてくれ」

「あー……はははは……」



 苦笑だった。

 たぶん、このような質問はうんざりするほどされているのだろうと予測できる。



「……私が今朝方から、何度もアレクさんに斬りかかっているのは、もはやご承知とは思うが」

「あの修行ね。知ってるよ。最初はびっくりしたけど、今ではもう『なんだいつものか』って感じになってるねえ」

「攻略法が全然見つからなくて、困っている」

「ロレッタさんは正直な人だからねえ。もっと卑怯な手段使ってもいいんだよ?」

「……別件があるかのように装って呼び出してみたり、待ち伏せてみたりもしたが」

「そうじゃなくってさ……手が離せなさそうな作業中に背後から斬りかかるとか、罠を張って動きを止めたところで剣を向けるとか、色々あるじゃない?」

「あなたは自分の主人にそのような真似をされても気にならないのか?」

「どうせ効かないしねえ」

「だったら意味がないではないか……」



 げんなりする。

 ヨミは料理の作業を止めないまま、話を続ける。



「でも、そのうちどうにかなると思うよ」

「楽観的な……まあ、そうだな。修行期間一週間というのは、あくまでアレクさんが決めた期間にすぎない。私の方には一週間以内でどうにか『花園』に挑めるようにならなければいけない事情はないわけだし、気長に行くか」

「あはは。あの人の宣言した期間は絶対だよ」

「……そうは言うがな、別に、私は最初に言われた期間を過ぎたとしても、なんら文句を言うつもりはないぞ。それどころか、ここまでの短期間でも充分すぎる成果が出ていることを、感謝したいぐらいだと思っている」

「うん、だから、責任問題とかじゃなくってね? あの人が一週間って言ったなら、それは、一週間でできる充分な算段があるっていうこと。心配しなくても、フッとなにかチャンスが来るよ」

「申し訳ないのだが、そんな『こいつは一週間ぐらいでフッとなにか思いつくに違いない』というのを算段とは、いくらなんでも無茶だと思う」

「根拠はあるんじゃない? 知らないけど」

「……あなたはずいぶん、アレクさんを信頼しているのだな」

「うーん、そうなのかなあ。たしかに、疑ったことはないかもね……」

「そういえばアレクさんはあなたを拾ったという話だったが、孤児だったのか?」

「どうなんだろ? ぼく、本当の親の顔は知らないんだよねえ。ほら、クランってあるでしょ?」

「うむ」



 クランというのは、冒険者の互助会のようなものだ。

 基本的に冒険者同士が勝手に組む集団のことを指す。


 冒険をする時、パーティーを組むのが一般的だが……

 そのパーティーのメンバーを突発的に募るのは難しい場合が多い。


 そこで『クラン』という団体に所属することで、安定してパーティーを組めるようになるのだ。

 クランのいい面はまさにそのあたりにある。

 信頼できるメンバーといつもパーティーを組めるので、安定した戦力で戦える。

 仮にダンジョン内で遭難しても、仲間が助けてくれる。

 雰囲気のいいクランならば、一緒に話すだけでも楽しい――らしい。

 ロレッタはソロなので、あまり知らないけれど。


 ただし、悪い面もある。

 所属する『クラン』によっては、『会費』という名目でクランのリーダーに献金をすることになったり、ダンジョンで取得したアイテムをプールして均等に分配する場合もありうる。

 悪質なクランになると、冒険初心者を騙して使いっ走りにしたり、奴隷商に売ってしまったりという話もあった。


 いい面もあるが、しっかり情報収集をしないと、冒険以外の面で危ない。

 それが、ロレッタの認識する『クラン』という団体だ。

 ヨミは柔らかい、どこかアレクを思わせる笑顔のまま語る。



「『銀の狐団』っていうクランに、ぼくは気付いたらいたんだよね」

「……銀の狐」



 この宿屋の名前は、『銀の狐亭』だ。

 ということは、ヨミの所属していたクランとなにか関係があるのだろう。


 しかし、言い回しに不自然な点があった。

 ロレッタはたずねる。



「『気付いたらいた』とは、どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。物心ついた時にはもう、そこにいたの。親は……そのクランの創設者と、クランメンバーの女性の誰かだったみたい」

「…………それは、その、なんと申し上げればいいか」

「あ、そっか。普通の人は気にする話だもんね。ごめんね、アレクと話してると気にしないから」

「彼ならばそうだろうな」

「で、クランが滅んでー、生き残ったアレクと一緒に冒険者やったの」

「待て待て待て。重要な部分の説明が抜けているようだが?」

「そう?」

「あなたの話だけ聞くと、『クランにいた』『クランが滅んだ』しかわからないぞ」

「でも、ぼくの記憶だと、ほんとにそんな感じなんだよねえ。経緯はよくわからないけど、いつの間にかクランがほとんど壊滅状態になったの。たぶん難しいダンジョンに挑んだんだと思うけど」

「アレクさんとはいつ出会ったのだ?」

「あの人はね、壊滅直前にクランに入ったんだよ」

「では、アレクさんがいたのにクランは壊滅したということか? 彼がいれば、ダンジョン程度で壊滅するほどクランメンバーが減る事態になるとは思えないのだが」

「セーブの話? あれはねえ、なかなか、みんな怖がってやってくれなかったらしいよ。よくわかんない怪しい儀式じゃない」

「……まあ確かにそうだが」



 いざ効果を実感してしまうと、修行が終わっても冒険前には必ずセーブしたいぐらいだが。

 確かに、知らないままだと怪しい儀式だ。

 これで死なないなどと言い添えられたら、妙な呪いでもかけられたかと疑うだろう。

 それでも、とロレッタは思う。



「彼の強さがあれば、クランメンバーを守れただろうに」

「それもねえ。アレクは最初から強かったわけじゃないから。あの人は、たくさん死んで、それで強くなったんだよ」

「……そういえば、十年間死に続けたみたいな話を聞いた気がするな……それでも弱いあの人を想像できないのだが」

「でも昔はぼくのが強かったぐらいだしねえ。当時十歳ぐらいのぼくの方が、あの人より」

「今は?」

「同じぐらい……ではないかなあ。ぼくは適性が偏ってるからね。あの人はなんにでも適性あるもんねえ。同じぐらい死んでても、同じ強さにはなれないよ」

「……そうなのか。しかし……」



 ロレッタは表情を陰らせる。

 ヨミが料理を終えて、近くに来た。



「どうしたの?」

「いや、話を聞くに、絶望しかないと思ってな。才能に頼った強さならば、慢心や想定外の事態に対する狼狽も望めるだろう。だが、死に続けて積み上げた堅実な強さだとつけいる隙がない」

「あー……」

「どうすればアレクさんに一撃与えられるんだろうか」

「アレクの方からなにかヒントはないの? 嘘は苦手だから、ついポロッとしゃべったり、不自然に黙ったりする時があると思うけど……」

「ヒントなどあるのか……? そもそも答えはあるのか?」

「答えのない問題は出さないはずだけど。なにか気になることはなかった? ないなら、もうちょっとアレクと話してみるといいかもね」



 話をする。

 なるほど、とロレッタは思った。


 他の、『アレクに一撃を入れる』を終えた宿泊客に聞くのは、卑怯に思えたが……

 仮想敵であるアレク本人との会話で、攻略の糸口をつかむならば、卑怯ではない気がする。


 ……人に聞いたら同じことだと言われるかもしれないが。

 ロレッタには、矜持を守りつつ、攻略の糸口をつかむ、いい折衷案に思えた。



「しかし、嘘が苦手なのであれば私も負けていない。どのようにして、彼に切り出せばいいのか」

「……アレクと同じぐらい嘘が苦手とか、ものすごくいっぱい騙されてそうだね」

「う、む…………まあ、騙されては、いるかな……叔父などに……」

「そうなの?」

「ちょっと家督相続問題で色々とな」

「貴族みたいなこと言うねえ」

「……アレクさんからなにも聞いていないのか?」



 彼の前で、貴族の出自は漏らした気がする。

 ならば奥さんにぐらいは伝わっているものと、ロレッタは思っていたのだが……



「ううん。聞いてないよ。あの人、口は固いから」

「そうだったのか……」

「信用商売だからねえ。お客さんの個人情報しゃべるようじゃ、宿屋はつとまらないよ」

「確かにそうだな。いや、知らずみくびっていたようだ。すまない」

「ぼくに言われても……ちょうどいいから、本人に言えば?」

「そうだな。風呂建築が終わったら、言おう」

「もう終わってるみたいだけど」



 ヨミが指さす。

 その先には――



「ただいま戻りました。お風呂、入れますよ」



 柔らかい笑みを浮かべたアレクが、音もなく立っていた。

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