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149話

「アレクサンダーは……と、ややこしいのう。我が息子ではなく、我が初恋の相手であるところのアレクサンダーは、今なお生きておる」



 ピチャンピチャンと、どこからかしずくの垂れる音がした。

 カグヤ――否、『月光』は、足元にたまった水をながめた。


 地下深い牢屋。

 天然の洞窟に格子をつけただけの簡素な場所。


 体はあいかわらず丈夫な金属でぴったり覆われている。

 手足も魔力も、依然として機能する様子がない。


 正面には、魔導具のランプを手にした男がいた。

 アレクサンダー。

 五百年前の英雄の名前をあえてつけた、死体から生まれた子供。


 長い語りを終えて、『月光』は一息つく。

 それから――無表情でこちらを見つめるアレクサンダーに、告げた。



「死ぬことが、ヤツの望みじゃ。わらわはそれを叶えるため、生きながらえ、生きさらばえてヤツを殺す方法を探し続けておる」

「……カグヤが受け取ったという、アレクサンダーの命にまつわる予言はどうなった?」

「ああ、二つ目は、現在で言う『王城』が、ヤツの死に場所だというものじゃな。そして最初に受け取った方、これが貴様に『アレクサンダー』と名付けた理由じゃ」

「……?」

「『アレクサンダーは、アレクサンダーにより殺される』」

「……なるほど。それであんたは、弟子や子供に必ず『アレクサンダー』を名乗らせるのか」

「そうじゃ。名前が違うだけで資格なしとなっては困るからのう。……もっとも、ヤツをかばったカグヤは、『モンスターの中に本当の名前がアレクサンダーっていうやつがいるかも』とか、かわいいことを考えておったな」

「……でも、アレクサンダーは今まで死ななかったんだな」

「そうじゃな。あらゆる方法を試し、あらゆる苦しみを与え、あらゆる痛みを覚えさせ、あらゆる傷をつけた。しかし、駄目じゃな。体は壊れるものの、死ねん」

「……あんたの『説得』はそうやって身についたのか」

「うむ。……ともあれ、予言はここ五百年、受け取っておらん。もとよりわらわの能力ではないせいか、単純に予言がないのか――」

「……あんたのスキル欄に『予言』っていうものがない。『憑依』はあるけど……ユニークスキル、か。もっと早くあんたのスキルを閲覧しとけばよかった」

「わらわといる時、だいたい悲鳴をあげたり泣いたりわめいたりしておったからのう。アレクサンダーもあのころは……ああ、今言ったのは貴様の方じゃぞ」

「ややこしいから、俺のことは『アレク』か『アレックス』って呼んでくれ」

「そうか。ではアレクよ。――アレクサンダーを殺してやってくれ。貴様ならおそらく、それができる」

「……それは、保留だ」

「ふむ」

「先に質問に答えてもらおう」



 静かに、表情を変えず、アレクは言った。

『月光』は笑う。



「ヨミがわらわの子か、それと『輝く灰色の狐団』を滅ぼした理由、か」

「そうだ。その二つの返答いかんでは、俺はあんたを殴らなきゃいけない」

「しかし勘違いがあるのう。わらわは『輝く灰色の狐団』を潰しておらんぞ」

「……勘弁してくれ。殺したくなる」

「事実、『輝く灰色の狐団』を構成していた、行き場のない子供などは残ったであろう? それに今ではかなり立派になっておる」

「結果論だ」

「いやいや。わらわもな、貴様のクランの繁栄のため、陰に日向に努力しておったんじゃぞ。なにせそれが、『はいいろ』の願いじゃからな」

「……どういうことだ?」

「わらわはな、『死にたがっている男』を見ると、願いを叶えてやりたくなるのじゃ」

「……」

「あの男はよかった。誰より自由で、誰より強く、誰より気楽なふりをして、その実、己の命ある限り誰も幸せになれんことを知っておった」

「…………」

「命を賭さねば叶わぬ願いがあると、知っておったのじゃ。しかし、実行もできない。『狐』には『死んだあとのこと』など間違っても話せんじゃろう」

「……あの人なら、『はいいろ』が死にたがれば止めるな」

「うむ。じゃからな、あの男は死にたがっておったが、死ねなかったのじゃ。なにせ自分が死んだあと、後事をたくす相手がおらんかったからのう」

「それで、あんたと結託したのか」

「悪だくみのように言うでない。……実際、それで救われる者は多かった。『はいいろ』以外の罪は不問になったじゃろう」

「……法律上はな」

「印象など貴様らで挽回せい。世の中はそれほど甘くないわ――と、言いたいところじゃが、わらわもそれについて、隠れて尽力しておった」

「口ではなんとでも言える」

「貴様はいつ、わらわが生きていると確信した?」

「…………」

「『銀の狐団』の子供らを養うため、危険なダンジョンに何度ももぐったな? その際にまだまだ未熟だった貴様にわらわが手を貸しておったこと、感じていたんじゃろう? 実際、ロードでもどうにもならん状況では、直接手を貸したりもしたしのう」

「……ふん」

「そのように、死んだことになっておるわらわが陰から新生『銀の狐団』を支え、『狐』が日向から『銀の狐団』をまとめたならば、ほぼ『はいいろ』の望み通りになるはずじゃった」

「……結果的に、『狐』は死を選んだ」

「それこそまさに結果論じゃな。……迂闊なことじゃ。わらわも、『はいいろ』も、あの女の情熱を読みきれんかった」

「……」

「人は本能的に死にたがらない生き物じゃと、そういう思いこみがあったんじゃろう。……わらわが言うと、かなり皮肉じゃがな」

「……つまり悪意はなかったのか」

「あるわけがない。……わらわは、『はいいろ』と『狐』の幸せを願っておった。こればかりは本当じゃ。わらわは本当に、あの二人が好きじゃった」

「……」

「わらわの記憶は、わらわの記憶ではない。アレクサンダーやイーリィとの旅は、カグヤの記憶じゃ。じゃからの、わらわが初めてともに戦った仲間は、『はいいろ』と『狐』じゃった」

「…………」

「貴様も貴様で、わらわに恨み言があるじゃろう。しかし、わらわも、あるぞ。見当違いの八つ当たりじゃろうが、言いたいことは、ある」

「言ってみてくれ」

「なぜ『狐』が死ぬのを止めてくれなかった」

「……」

「…………状況を作ったのも、あやつの情熱を読み切れんかったのも、わらわのせいじゃ。それでもなお、『狐』が死んでしまったことだけが、口惜しくてならん……!」

「……あの人は、幸せそうだった」

「そうか。……それだけが、救いじゃな。死して幸福であれば、わらわがとやかく言うことはなかろう。けれど……なぜじゃろうな。『狐』には、生きてほしかった」

「……」

「『狐』も不幸な身の上の娘じゃからな。わらわの体の本来の持ち主――カグヤと重なってしまったのかもしれんのう」

「その不幸な身の上の娘と、男をとりあったのか」

「質問その一じゃな。貴様はすでに、わらわの日記を読んで把握しておるかもしれんが……」



『月光』は笑う。

 それから、あまり動かない肩をすくめた。



「わらわが『はいいろ』と寝ることは、ついぞなかった」

「……」

「カグヤのことを笑えんな。わらわは、『月光』として、生まれて初めてあの男に恋をしたんじゃろう。……なにもできんかったわ。不器用に、あやつの願いを叶える以外にはな」

「じゃあ『はいいろ』も、ヨミがどっちの子供か知ってたってことか?」

「うむ。真相を知らんかったのは『狐』だけじゃな。いや、というか真相は話したんじゃが、あやつは『はいいろ』のことになるとやけに執念深くてのう…………最後までわらわと『はいいろ』の関係は疑われたぞ。あの一点だけは、嫌いじゃな」

「……まあ、『狐』の最期を思えば、納得の執念深さだけど」

「それに、『狐』なりの、わらわへの配慮もあったじゃろう。……わらわも『はいいろ』を好いておったからのう。平等だ、と。あの娘の優しさじゃな。『はいいろ』もそのあたりを汲んで付き合っておったんじゃろうな。アレはできる男じゃ」

「……そのできる男には手も出せないけど、俺を生んだんだな」

「他の男と寝るのは平気だったんじゃがのう。義務感のせいかの? わらわも貴様の言うところの『ユニークスキル』、アレクサンダーの言う『チートスキル』を持っておるじゃろ? 特殊技能のある胎からならば、死なない男を殺せる技能を持った者も生まれるかと、そう思ってやっておったんじゃがなあ……」

「その話はできたら聞きたくなかった……」

「最悪、貴様をさらって子種をもらい、より『ユニークスキル』を持つ確率の高い子を――」

「やめてくれ。おぞましいから」

「――まあ、現状、逆にわらわがさらわれてしまったわけじゃがのう」



『月光』は楽しげに笑う。

 それから。



「かつて、獣人族のもとに『降臨』し、ヤツらにアレクサンダーを殺す方法を探すよう告げたことがあった。その結果、獣人は一族総出で旅暮らしとなった」

「……カグヤが初代女王をつとめたとされる、獣人の移動国家」

「現在ではそのように伝わっておるのう。……しかし、役目を忘れ、そればかりか、まさか貴様に協力してわらわを差し出すとは。時の流れは残酷じゃのう」

「皮肉なかたちにはなったけど、獣人族が見つけなくても、俺はあんたにたどり着いたさ」

「そうかもしれんな。……わらわはすべてを話した。アレクサンダー殺しは、やってくれるのかえ?」

「やらない」



 アレクが断言する。

『月光』は、鼻を鳴らした。



「……まあ、そうじゃな。意図はどうあれ、わらわが貴様にした仕打ちは、復讐を以て報いられるべきものじゃ。貴様がわらわのために力を尽くす理由はない」

「いや、正直なところ、あんたが俺になにをしたとか、そういうのはどうでもいいんだ」

「なんじゃと?」

「隠れ潜むあんたを捜すのは楽しかったよ。全然見つからないからな。総当たりした。思いつく限りをやって、尽くせる限りの手を尽くした。それでも見つからないから、思いつかない限りをやって、尽くせない限りの手を尽くした」

「……」

「日常のすべてを疑った。『きっと遠くにいるだろう』と思うと同時に、『目の前にいるかもしれない』という可能性を見た。『あの目立つ容姿じゃ変装は無理だろう』と判断するのと同時に、『ひょっとしたら知り合いに化けているかもしれない』とまったく信じられない可能性さえ追った」

「……それは、目に映るすべてを、常に疑い続けたということか?」

「違う。目に映るものだけじゃない。目に映らないものも全部、何年も何年も疑い続けた」

「……馬鹿な。そんなことをして、なぜ心がもつ」

「それはもちろん、あんたの捜索が俺にとってゲームだからだよ。必死だった。尋常じゃない時間と労力を費やした。その一方で、まったく本気ではなかった。実際に俺は何度も出入りしている王城内部をまったく捜してない」

「わらわは、そこにいた」

「そうみたいだな。で、なんで捜してないかと言えば、『女王陛下に申し訳ないから』だ。あの人が小さいころから知り合いだし、気を遣ったんだよ。自分の家を好き勝手捜索されるのは気持ち悪いだろ?」

「……すべてを疑うという、気が狂うような日常を過ごしておきながら、そんな理由で怪しい箇所を見逃していたのか?」

「だから、『必死だったけど本気ではなかった』んだ。実際、生活に支障が出るほどの力は費やしてないよ。最初のうちは必死であり本気だった。でも情報収集のための地盤作りをした結果、作った地盤の運営が本筋になった。お客さんもいるし、従業員(クランメンバー)も養わないといけないし」

「……理解できん」

「ゲームに人生を懸けるのはやめたんだ。妻が怒るから」

「…………ヨミか」

「そうだ。商売をして、部下がいて、妻がいて、子供がいて、お客さんがいる。いつまでも人生すべてを懸けてゲームばっかりしてもいられない。削るのは睡眠時間だけにした」

「……不思議じゃのう。貴様がまともなことを言えば言うほど、狂って見える」

「普通のことに気付いたんだ」

「……」

「あんたを見つけて問いただしたかった。でも、問いたださなくても俺たちは生きていける。あんたを超えて自分の目標を手に入れたかった。でも、目標なんかなくたって人は生きていける。あんたを捕らえて『輝く灰色の狐団』壊滅の真相を知りたかった――」

「……」

「――でも、真実なんか知らなくても、人は進むしかない」

「……ふん」

「あんたはあらゆる面で、俺の生活に影響はしなかった。ただ、俺の精神には、影響してた。でも解消できないストレスを抱えて生きるなんて、当然のことだろ? だからあんた捜しのために、俺は人生を懸けなかった。っていうか正直それどころじゃなかった」

「…………クランの面倒をみていたからか」

「そうだな。よくも悪くも、最初から色々抱え込まされすぎた。余裕がなかったんだよ。で、生きていくうちに、疑問を解消しなくても意外とどうにかなるっていうことを覚えた」

「……」

「ようするに、大人になったんだ」

「…………つまらん成長を遂げたのう、アレクよ」

「まあ、それは俺も思うよ。だから今は『面白い』人たちの応援をしてる。俺がついに自力で抱けなかった『夢』とか『願い』を追う人をサポートしてるっていうわけだ」

「ふん」

「そして、俺ができることは、それだけだ。誰に対しても、あんたに対しても」

「……?」

「あんたの目標を、俺は解決しない。あんたの目標なら、あんたが解決するべきだ」

「……おい、まさか貴様」

「『アレクサンダー殺し』をあんたが望むなら、そうできるよう俺が修業をつける」

「…………」

「目標があって、達成できないなら、力をつければいいだけの話だ」

「しかし、『アレクサンダーはアレクサンダーにより殺される』という予言はどうする」

「あんたが勝手にアレクサンダーを名乗ればいいだろ」

「…………」

「だいたい、カグヤさんがすでに予言を阻止し、『影』との戦いで死ぬはずだったアレクサンダーさんを延命したとは考えないのか? その可能性を捨て去るっていうのは、あんまりにもカグヤさんがかわいそうに思う」

「……はん」

「まあ、俺は当事者じゃないからあんまり色々は言わないよ。お客さんにもそういうスタンスで接するよう心がけてる。実際に予言通りの手順じゃなきゃ殺せない可能性もあるからな」

「ならば貴様は、わらわになにを教える?」

「『十割殺し』の魔法だ」

「……なんじゃその物騒なのは」

「あんたと殺し合う展開に備えて開発してた。普通の方法では殺せないっぽいしな。この魔法は完成すれば『強制的に他者をHP0の状態にする』はずだ。アレクサンダーさんを守っている仕様はある程度予想がつくし……まあ、興味があれば修行中においおい話すよ」

「……」

「で、どうする? 修業するか?」



 アレクの問いかけ。

『月光』は――



「愉快じゃな」



 笑った。

 そして、こらえきれないというふうに体を小刻みにゆらしつつ、言う。



「まさか、まさかまさか、貴様に修業をもちかけられるとは。あの、泣きわめいていたアレクに。まだまだ子供だと思っていた、アレクに」

「時間って残酷だろ?」

「まったくもってその通りじゃな! ……ああ、そうか。わらわは、なんという馬鹿者か。長きを生きた。時間に取り残された。周囲が変わる中、不変のままじゃった。これを幸福と思ったことはなかったが……」

「……」

「……我が子の成長がこれほど嬉しいとはな。長生きするのも、悪いことばかりではないの」

「で、どうする?」

「貴様の修業、受けよう」

「承りました。これよりあなたは、俺のお客様です」



 アレクが笑い、一礼する。

『月光』もまた応じるように、歯をむき出しにして笑う。



「長いことアレクサンダーを待たせておる。なるべく手早く頼むぞ」

「お任せください。最高に効率的に、あなたの五百年に終止符を打つお手伝いをしましょう」



 見つめ合い、噴き出すように笑う。

 ――こうして。

 ようやく親子は同じ方向を見るにいたった。

 英雄を殺すための修業が、始まる。

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