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148話

 結論から言えば、アレクサンダーたちの旅はそこで終わった。

 ダンジョンを制覇し、モンスターの生成を止めた。

 中のモンスターを掃討し、トラップ解除に奔走した。


 すでに家などの必要設備のそろっていたそのダンジョンには、あっという間に人が集まる。

 そして、数ヶ月もしないうちに、現在で言うところの『王都』の体裁は整った。


 しかし人の流入が続く限り、やらなければならないことは増え続ける。

 アレクサンダーは人々を焚きつけた責任上、王都にとどまり『王』の役割を戴かなければならなくなったのだ。


 ここに、後世、人間の王国の初代王と呼ばれる『アレクサンダー大王』が誕生してしまう。

 本人は望まなかった。

 もとより根無し草の風来坊だ。立場や権力に縛り付けられることをよしとしない。

 だが、他にいなかった。


 この予定外の流れに喜んだのは、イーリィだ。

 彼女はいくら『死なない』と言っても、アレクサンダーや仲間たちが傷つくことに心を痛め続けていた。

 モンスターもダンジョンの外にいるものはあらかた掃討が終わってきた。

 あとはもう人々の生活のために尽くすだけだった。

 旅暮らしよりそういう暮らしの方がイーリィには向いていたらしい。

 彼女の優れた政治的手腕は、後世でも語り継がれることになる。


 自然な流れ――かどうかは『月光』視点でわかりかねるが、アレクサンダーとイーリィは結婚をすることになった。結婚という制度を法整備した後の、人類初の結婚となる。

 カグヤが死んだ翌月にはもう、話が出ていた。

 もちろん旅の中で色々あったはあったのだろうけれど、旅での進展のなさを思えばこそ、やや性急な感じもある結婚だったと言えるかもしれない。


 なにかから、逃れるような。

 目を逸らすような。

 不幸と悲しみをいつまでも見続けないよう、無理矢理にでも幸福になろうとしたような。

 そういう焦燥があったとは、誰しもが思っていただろう。


 パーティーはバラバラになった。

 最初にたもとを分かったサロモンは――



「弱者の重さに負けたな、強敵――いや元強敵よ。今の貴様はつまらん。殺す価値を感じぬ」



 アレクサンダーを見限って、去って行った。

 ジルベールを含むエルフは彼に付き従うこととなる。

 もっともこれは、アレクサンダーに対して意固地になっているサロモンをなだめるためについていった、という側面が大きい。

 ……結果として、多くのエルフが去り、ついぞ人間の王都に戻ることはなかったけれど。


 他のメンバーは、まだしばらく一緒にいた。

 しかし、ダヴィッドが王宮で重職に就くことを嫌って、去って行った。

 彼女ももともと権力機構を担いたがるタイプではない。

 聖剣を打てないと予言されてしまったが、それでも腰を据えて色々やってみる気だろう。

 まあ、そんな彼女に多くのドワーフたちが従ってしまったので、けっきょく、望まぬ権力機構を担う重職にはされてしまったのだろうけれど。


 ウー・フーは色々あって、『真白なる夜』との子を成した。

 彼女の目的はここにようやく達成されることとなった。「子供育てたらまた来る!」と元気に去って行ったけれど、彼女がその後王都に戻ったという記録も記憶もない。

 ドライアドは気の長い種族だから、しばらくのんびりしているあいだに、アレクサンダーもイーリィも死んでいるぐらいの年月が経っていることに気付いたのだろう。


 十年を超える歳月が流れた。

 イーリィも『真白なる夜』も、相応に歳をとっていく。


 だというのに。

 アレクサンダーと『月光』は、まったく歳をとらなかった。


『月光』が歳をとらない理由はある程度予想がついた。

『カグヤの死体』を肉体としているからであり、死体は成長しないからではないか、という分析だ。

 これは正解だったと、のちにわかることになる。


 ただ、アレクサンダーがずっと若いままの理由は、誰にもわからなかった。

 もとより容姿には幼いところのある少年だったけれど、いくらなんでも、あきらかに異常なほどの不変っぷりだ。


 しかし、歳をとっても、年齢より容姿が若いままの者もいるにはいる。

 この時点ではまだ、アレクサンダーが不変であるということは、笑い話だった。


 二十年が過ぎた。

 アレクサンダーの容姿は変わらない。


 さすがにおかしいと周囲の者が思い始める。

 この時から、アレクサンダーは人前に出ないようになっていく。

 政治的なことや会議などはイーリィが中心に行なっていたこともあり、アレクサンダーはイーリィに王位をゆずって、自分は裏方に回ることにした。

 ここに初代女王が誕生し、現在に残る女王制のひな形が出来上がる。


 アレクサンダーが一箇所に腰を落ち着けてから、三十年が過ぎた。

 彼は未だ、少年のような見た目をしていた。

 生まれ、成長していた子供よりも、容姿が若い。


 イーリィはすでに五十歳近く、容姿は年齢相応だ。

 アレクサンダーの種族は人間に間違いがないのに、さすがにこれは、おかしい。

 この時点で、ここまでアレクサンダーに付き従い続けた『真白なる夜』が提案をする。



「我が偉大なるアレクサンダーよ。あなたの冒されている症状について、調べてまいります」



 彼もとうに五十をこえていた。

 若々しいのは若々しいが、それはやはり年齢相応でありアレクサンダーほど異常ではない。


 ……もう、この時点で、アレクサンダーの『歳をとらない』という特徴は、病気と同様に扱われていた。

 人前に出ることができるはずもない。


 そこで『真白なる夜』は余生をかけて、アレクサンダーのために『歳をとらない症状』について調べるため、各地を回ることにした。

 見て回るのは旅で行くことのなかった王都より西側と、南にあった絶壁の向こうだそうだ。

 ……その時点から四百年以上経っても、彼が戻ることはなかった。

 すでに老齢と呼べる歳で始めた冒険だ。いかに強い彼でも老いには勝てず、どこかを探索中に息絶えたのだろう。


 このあいだも、『月光』は歳をとらなかった。

 ただし、肉体は朽ちていく。

 人として当たり前の機能は備わってこそいたが、それは経年により確実に劣化していった。

 見た目が変わらないだけで、老いてはいたのだろう。

 それでもイーリィにより修繕はなされていたのだが――


 ……さらに十年が過ぎた。

 イーリィが、みまかる。


 とうに王位は娘へとたくされていた。

 しかし、偉大なる初代女王の死に多くの国民が悲しんだ。


 この時から、『月光』は肉体を乗り換えていくことになる。

 アレクサンダーに曰く『憑依』と呼ばれたその能力で、体が朽ちるたび、新しい体に自身の存在を入れ替えていった。


 生きている者にも憑依できたけれど、それはイーリィの遺言で禁じられていた。

 不思議なことに、『月光』が憑依した肉体は、カグヤと同じ容姿になった。

 ただし、一度体を乗り換えるたび、一本ずつ尻尾が増えていく。

 この現象の理由はわからなかった。

 生きながらえた回数を数えられているようで、気持ちのいいものではない。


 時間が流れる。

 けれど、アレクサンダーと『月光』は時間の流れから切り離されていた。


 ……『月光』は、肉体が完全に朽ちるまで誰にも『憑依』しなければ死ねたのだろう。

 けれど。



「……俺は、まだ死ねないのか」



 王城の一室。

 古くはダンジョンの隠し部屋だった場所。

 ともに探索したメンバーがもう残っていない今となっては、誰も見つけることのかなわない場所に、アレクサンダーはいた。


 幽閉されているのではない。

 自ら入っているのだ。



「みんな、死んでいく。みんな、みんな、いなくなっていく……だっていうのに、俺だけが、いつまでも、若いまま死ねない……! どうして、こうなんだ……! 教えてくれ……!」



 彼は、死にたがっていた。

 その理由を、半狂乱で語る。



「だって、俺が死なないなら、あの時カグヤがやったことはなんだったんだ……!? 死なない俺をかばって死んだなんて、あいつに、なんて言えばいい!? 俺は、死にたい。俺だって死ぬんだって、あいつのやったことは無駄じゃなかったんだって、あの世で報告しなきゃいけないのに……!」



 ――目的のない空っぽの魂は、この願いを受け入れる。

 ようするに、人のことなど言えない。


『月光』もまた、他者の願いに生涯をかけた『人もどき』であり――

 だからこそ。

 同じ願いで行動する者のことなど、心をのぞいたかのようにわかる。

 我が子であるアレクサンダーならば、『人もどき』同士、気持ちを共有できるのではないかと、すべてを話すことを決意したのだった。

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