表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/249

147話

「悪いが、わらわは『カグヤ』とかいう存在ではないぞ。ただまあ、同じ肉体で、同じ知識のもと、同じような言葉をしゃべるというだけの者じゃな」



 ソイツははっきりと断言した。

 では何者なのかという質問に対して、ソイツはこう答える。



「何者かは知らんな。たった今生まれたばかりの意識じゃ。だから、貴様らがわらわを『カグヤ』と呼称したくなければ、わらわに名前をつけるがよい。さて、貴様らはわらわになにを望む? 死した少女の代わりか? それとも空いた肉体に憑依した空気を読まぬ悪役か? なんでもいいぞ。なにぶん生まれたばかりで目的がないでな。好きなものになってやろう」



 望みを叶えるだけのモノだと、ソイツは己を定義する。

 ならば、とアレクサンダーは問いかけた。



「なんでカグヤは、あんな無茶をしたんだ」

「それはもちろん貴様に惚れておったからじゃろ」

「……」

「気付かんものか? こんな不器用な恋心。ああ、思考も思い出も共有しておるでな、つまりわらわにとっても貴様が初恋ということになるのかのう」

「…………ひょっとして、俺をかばおうとしたのか? 死なない、俺を?」

「うむ。アレクサンダーはこの城で死ぬという予言があったからのう」

「なんでカグヤは、その予言を言わなかった?」

「そりゃあ周囲を己よりはるかに有能な者に囲まれ、その中で活躍できん状況が続けば、活躍したいと思うのは道理じゃろう。力なく、技能なく、知識なく、経験のないこの肉体の元の主が活躍するには、予言を独占するしかないからのう」

「……そんなことに、命なんか、懸けなくたって……!」

「役立たずの末路は暗い穴蔵じゃからな」

「……」

「貴様らの知る『カグヤ』は、思いの外、あの穴蔵を恐れておったようじゃな。だからイーリィとかいうのよりも活躍したかったと」

「……なんで」

「そりゃあもちろん、嫉妬じゃろう。少女らしい、淡い感情――」



 そこまで言った段階で。

 ズガン! となにかが床にたたきつけられた。


 それはダヴィッドの持っていた鎚だ。

 彼女は憤怒の形相で、述べる。



「黙れ。それ以上言うな。アレクサンダーも、質問するな。テメェらは死者の想いを暴いて、なにが楽しい。カグヤの気持ちを考えやがれ」



 重い沈黙が降りた。

 ただ一人、カグヤの中に入った何者かが、よくわかっていないように首をかしげる。



「それで、わらわはどうすればよいのじゃ? 貴様らはわらわになにを望む?」



 無垢な問いかけだった。

 アレクサンダーとイーリィは悲痛な顔をしていた。

 ダヴィッドは嫌悪を隠そうともしない。

 サロモンは無表情だったが、小さく舌打ちをした。

 ウー・フーはおろおろするばかりだ。

 ただ一人、『真白なる夜』がいつもの調子で微笑んでいた。



「あの、僕、今から空気読まない発言しますけど……さっさとモンスターを掃討して人を呼び込みませんか? 僕らが立ち止まっているあいだにも、世間ではモンスターに殺されている人たちがいますし。先陣を切る者として、さっさと拠点確保をするのは勤めかと」



 ダヴィッドは一瞬『真白なる夜』をにらんだが、口を開きかけてやめた。

 たぶん、彼の意図がわかったのだろう。


 だから、再びの沈黙のあと――

 アレクサンダーが、立ち上がり、『真白なる夜』に告げた。



「……嫌な提案をさせちまったな。悪い。……俺が言うべきことだった」

「いえいえ。我が偉大なるアレクサンダーのためならば、この体も心も、傷つくこと厭いませんよ。……なーんちゃって」

「……最後におどけるんじゃねーよ」



 ようやくアレクサンダーは笑う。

 傍目にも無理がわかる笑顔だった。

 でも、そのことを指摘する者はいない。


 彼はカグヤに視線を戻す。

 それから、告げた。



「俺はお前になにも望まない」

「ほう」

「……お前のことを受け入れるのは、正直まだ難しい。でも……とりあえず、生まれたなら、それはいいことだ。お前みたいなヤツもいる。俺の世界はまた広がった。……そして俺は、広がった自分の世界に、初めて戸惑いを覚えてるよ」

「ならばわらわはどうすればいい?」

「お前はカグヤじゃない」

「そうでもあり、そうでもない」

「俺はお前をカグヤだと思いたくない」

「なぜじゃ? カグヤが死して、貴様らは悲しんでおるではないか。記憶も思い出も容姿もカグヤと共有しておるわらわが、カグヤとして復活してやってもいいのじゃぞ?」

「お前にカグヤを塗りつぶす資格はない」

「……うむ? ようわからんのう」

「だからお前は、お前として生きろ。名前が必要なら、『カグヤ』以外を名乗れ」

「そうは言われてものう。カグヤという名前も貴様がつけたものじゃろ? わらわにもなんぞ名付けてくれんか?」

「……あの日見た光が、どうしてもちらつくな」

「うん?」

「『月光』」

「……カグヤの知識を参照するに、人名ではなさそうじゃが」

「悪いけど、俺はお前を、人と思うことができない。……でも、カグヤじゃないと割り切ることもできない」

「ほう。なるほど、それもよい。曖昧な者と望むのであれば、わらわは『月光』と名乗ろう」



 ……こうして、『月光』、現在では『輝き』と名乗る者が誕生した。

 ――ようやく本題に入ることができそうだ。


 なんのために、『月光』が五百年も生きたのか。

 ここまでの旅路を知ってもらったうえで、その理由をかいつまんで話そう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ