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145話

『城』の内部を歩んでいく。

 モンスターと出会うことはなく、トラップなども、存在しなかった。


 ダンジョンマスターの部屋には、このように、モンスターはダンジョンマスターだけで、トラップがないという場合が非常に多い。

 今回はその『部屋』がかなり広く、また構造も複雑だったために、一応の警戒はしていた。

 だがしばらく探索してその必要はなさそうだと、一人を除いて全員が判断した。


 カグヤだけは唯一、警戒を緩めていないようだった。

 なにせ、彼女だけが『予言』を知っている。


 この城がアレクサンダーの死に場所になる。

 そして、もう一つ、彼の死をにおわせる予言もあった。


 だから警戒しても警戒し足りない。

 たしかにアレクサンダーは不死身だけれど、モンスターだって謎の多い生物だ。

 アレクサンダーは数々のモンスターを一見した瞬間に『コイツはこういう名前でこういうやつ』という定義をするけれど、それはあくまでも彼がそう呼び、そう定義しているだけという話だった。


 スライムは『スライム』という名前の、『スライム』という呼称に合った生態の生き物ではないかもしれない。

 コボルトだって、『コボルト』という名前で、アレクサンダーの述べる『コボルト的な』生き物ではないかもしれない。


 だって、それらの名前はアレクサンダーが見た瞬間勝手にそう名付けるだけなのだ。

 もっと別の、本当の名前が『アレクサンダー』というモンスターがいたところで不思議ではない。


 カグヤはあらゆる可能性を警戒する。

 その様子を見てアレクサンダーは。



「怖いなら後ろいりゃいいのに……」



 とあきれていた。

 違う。

 カグヤにとって怖いのは、カグヤの命が失われることではない。


 アレクサンダーの命。

 それから――役立たずとして穴蔵に放り込まれること。

 これだけだった。


 ……しばらく、カグヤの警戒は徒労のままだ。

 アレクサンダー一行は『城』の内部を歩んでいく。

 絨毯の敷かれた道。

 壁にある意味深な絵画の数々。

 大きな階段。

 巨人でも通すのであろう、大きな扉。

 それを開けば、見えてくるのは広い空間だ。


 太く大きな柱と、床に敷かれた真っ赤な絨毯が目に映る。

 天井には金銀財宝をふんだんに使用された、豪華ななにかが吊るされていた。

 シャンデリアと呼ばれる照明装置だ。


 壁は一点のくすみさえない純白のものだった。

 柱にはなにかの模様が刺繍された旗が掲げられている。


 そして、赤い絨毯の向こう側。

 その場所に、ひときわ大きな存在がいた。


 巨大な椅子に腰をかける巨人だ。

 いや、アレは巨『人』と言ってしまっていいものか……


 ヒトガタではある。

 ただし、輪郭がゆらゆらと揺れて、定まっていない。


 真っ黒い、ヒトガタの影。

 あるいは人のようなかたちをとった、黒い炎。

 そう呼ぶしかないソイツが、椅子の肘掛けに肘らしき部分をつき、ほおづえをついていた。



「『影』とでも呼ぶか」



 アレクサンダーはさっそくそのようにネーミングをする。

 どうやら彼も知らないモンスターのようで、今回の呼称付けはてきとうというか、見たままだった。

 それが気に入らないのか、サロモンが前へ歩み出て、意見した。



「貴様のつける名前はわかりにくい。我ならばあれを『たゆたう暗き影』と呼ぶがな」

「おお、だいぶいいじゃねーか。さすが中二病エルフ。んじゃそれでいこう」

「まあ長いので『影』と呼ぶがな」

「おい」

「ともあれあれがダンジョンマスターのようだ。……ふん、我らの侵入にもなんら反応をせんな。寝ているのではないか? これでは闘争にならん」

「起こしてやれば?」

「そうするか」



 サロモンが魔力で編んだ弓を構える。

 そして、長大な一矢をつがえた。



「これで終わってくれるなよ。願わくば貴様が強敵たらんことを」



 放たれた矢は、真っ直ぐに『影』の頭部とおぼしき場所へ吸い込まれていく。

 そして。

 突き刺さった――かのように思われた。


 けれど。

 サロモンの魔力の矢は、一度『影』に刺さって止まると、ずぶずぶと飲みこまれていく。

 より深く刺さったというより、あれは――



「ふん、我の矢を吸収しているようだな。……面白い」



『影』が目を開いた。

 ただしそこに眼球とおぼしきものはない。

 正確に述べるならば『のっぺりとした真っ黒な存在の、頭部らしき場所に二つ空洞ができた』と表現するべきだろう。


『影』の目がこちらをとらえる。

 そして、影が立ち上がった。

 動作だけで震動が起き、パラパラと天井から建材の欠片がこぼれ落ちる。


 あまりの偉容。

 全員が、無意識に一歩下がった。


『影』は右腕らしき部位を大きく横に伸ばす。

 すると、右腕が伸びた。

 いや、あれは――剣を持った、のだろうか。

 傍目には黒い箇所が延長したような感覚。

 しかしシルエットはまるで剣を帯びた戦士だ。


 ひと目で強さをわからせる。

 ひと目ではわからない不気味さを感じさせる。


 ――いつもそうだ。

 ダンジョンマスターは、ただ小さく動作するだけで、こちらに絶望感をもたらす。

 こんな化け物にかなうはずがない。

 これほど強大な存在に挑むなんて間違いだった。


 カグヤはこの時、抱いた決意も忘れて、生物ならば当たり前に感じる『死』に対する恐怖を覚えていたようだ。

 けれど。



「いいねえ。こういうヤツもいる。俺の世界はまた広がった」



 アレクサンダーが楽しげに言い放って、前へ出る。

 ――彼の背中を見て、カグヤは決意を取り戻す。


 守る。

 役に立つ。

 モンスターに傷つけられても、殺されてもいい。

 ただ、彼を守りたい。

 彼の役に立って――捨てられたくない。


 もう、暗い世界は嫌だ。

 自分以外はみんな、大事な役割を持っている。

 自分の取り柄は『予言』だけで、それしかできないのに、それさえできないのは、嫌だ。


 サロモンが戦いにおいて他者の手を借りる状況に陥らないように。

 ダヴィッドが刀剣を打つ時に他者を介入させないように。

『真白なる夜』が強敵にとどめを刺す際に単独で行なうように。

 ウー・フーがいつともなく気付けば勝手にダンジョンマップを描きあげているように。


 イーリィが。

 たった一人で、アレクサンダーの重傷を治してしまうように。


 自分だって。

 予言したことを、一人で活かしてみせる。



「対策は戦いながら考えるとして――じゃあ、ダンジョン制覇を開始しますか」



 戦いが始まる。

 カグヤは、いつでも飛び出せるように、意識を集中した。

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