144話
ダンジョンは様々な石造りの建造物の並ぶ、ひらけた空間だった。
建物は全体的に、四角く仕上がっている。
街の外からでも見える巨大な建造物があったから、カグヤは『すべての家々は巨人の住まうようなサイズなのではないか』という想像もしていたけれど、そんなことはなかった。
人のサイズの入口。
目的不明な――ダンジョンなのに、まるで人が過去に暮らしていたかのような街並み。
モンスターさえいなくなれば、すぐにでも人が住めそうな、整理された区画。
……そもそも。
これまで挑んだダンジョンも含めて、いったい誰が、なんのために造ったものなのだろう?
もちろん、洞窟や巨大植物なんかは、自然にできた可能性もあるだろう。
しかし『塔』などの建造物系ダンジョンには、絶対に『設計者』がいるはずだ。
その疑問をふと口にしたカグヤに、アレクサンダーは以下のように答えた。
「いや、そこまでは設定されてないんじゃないかな。『古代文明の名残』としか」
発言自体は『なにも知らない』と同義だった。
しかし、このアレクサンダーの発言は、妙に気になるというか、引っかかりを覚える言葉だったと、カグヤは感じていたらしい。
広いダンジョンを歩いていく。
東西南北には門に向けて伸びる通りがあり、街の中央にはどうやらひときわ大きい建造物があるようだった。
裏通りもクモの巣のように張り巡らされている。
しかし、大通りを歩いてさえいれば迷うこともなく、また、サイズこそ大きいもののそこまで強いモンスターもいなかった。
もっとも、モンスターの強さにかんしては、アレクサンダーたちが強すぎるゆえにそう感じただけだろうと、この時のカグヤはもう判断できたようだ。
歩き続けて、ダンジョンマスターの居場所が見えてくる。
ちょうど大通りの交差する場所――ダンジョンの中央に、それはあった。
『城』。
マップにダンジョンマスターの存在が記されている場所を、アレクサンダーはそう呼んだ。
周囲には水がはりめぐらされていた。
どうやら防衛設備らしい。数々のモンスターの姿が見えるその水たまり――壕を泳いで渡るのは困難だろう。
また、渡ったところで、『城』の入口までクライミングをするのは、つるりとした磨かれた石に阻まれ、なかなか難しそうに見える。
ではどのように通行すればいいのかと考えた場合、『城』の東西南北、大通りとつながるように設置された『跳ね橋』なるものが役立ちそうだという話だった。
このダンジョンに出るモンスターに見合ったサイズの巨大な跳ね橋は、下ろすことさえできれば、『城』への侵入の難易度が格段に下がるだろう。
ならばその『跳ね橋を下ろす』ということ自体の難易度はといえば、そう難しくもない。
跳ね橋の横にレバーのようなものがあった。
通常であれば、一人が壕を泳ぐか、なんらかの手段で飛び越えたあと、レバーを操作するという危険な手段が必要だろう。
しかし、こちらにはサロモンがいた。
レバーに向けて、適切な力の矢を適切な位置に放ち命中させ、対岸から跳ね橋を下ろすという離れ業が、彼には可能だった。
ガコン! という音を立てて、動き出す跳ね橋。
そのギミックに、カグヤは強い興趣を覚えたらしい。
重々しく巨大な建造物がレバー一つで動き出すということの不思議さに、彼女は妙に気分が高揚していたようだった。
跳ね橋が降りて。
全員が、『城』へと歩みを進めた。
――この時。
カグヤはやっぱり、安全な場所にいた。
先陣を切るのは不死身のアレクサンダー。
すぐ横に付き従うように歩む『真白なる夜』。
続いて、今でこそ『愛し子』はないが、戦士としてもそれなりの強さを持つダヴィッドが。
それら三人に守られるように、イーリィとカグヤ、ウー・フーはいた。
しんがりは、サロモンだ。
七人いるアレクサンダーのパーティではあったが、主に戦闘をするのは、四名だった。
アレクサンダー、『真白なる夜』、ダヴィッド、サロモン。
イーリィは『攻撃』に向いていない。
もっとも、人の傷をほぼ無制限に治せるので、活躍は大いにした。
ウー・フーもまた戦いにおいてはさほどでもない。
しかし、マップを見ながら全員の進むべき方向を指示するという、ある意味で一番大事な役割を担っていた。
だからカグヤが、パーティーの真ん中でただみんなに着いて行っているのは、いつものことだった。
ただし。
この時のカグヤには、いつも通りにできない理由が『二つ』あった。
だから、アレクサンダーの横に並ぶ。
その違和感のある行動に、当然ながら、アレクサンダーが疑問を投げかけた。
「お、どうしたチビ狐?」
「……」
「前に出ると危ねーぞ。イーリィの横にいとけ」
「…………」
「おいってば」
カグヤは答えなかった。
そのうち、『真白なる夜』が「まあいいじゃないですか。いざとなったら僕が守りますよ。力が及べばね。あっはっは」と、穏やかに微笑んで進言する。
「……どうしてシロの発言はいちいち不安を煽るんだか……ま、いいけどさ。このダンジョンのモンスターぐらいなら、どうにかなるだろ。イーリィもいるし……」
最終的に、アレクサンダーはそういうことで納得した。
旅において誰も死んでいないのは、イーリィの力によるところが大きい――というか、大きすぎる。
彼女の力に対する信頼は、パーティー内において『イーリィと別行動さえとらなければ、即死しない限り半身が吹き飛んでも死なない』とまで言われるほどだった。
また、それぞれが高い基礎能力の他に一芸を持った集団だ。
カグヤ一人程度守り切ることなど、まったく問題ないという判断は、当たり前すぎた。
「んじゃ行くか」
ダンジョンマスターのいる『城』へ、七人は歩んでいく。
この時だけは、ほぼ全員が真っ直ぐに『城』の奧を見ていた。
ただし。
一人だけ、違う方向を見ている者がいた。
カグヤが見ているのは、アレクサンダーだった。
予言が、あったのだ。
――この城がアレクサンダーの死に場所になる。
旅を始めて、三つ目の予言。
そして、アレクサンダーの死にまつわる、二つ目の予言。
だから、カグヤは、役に立てると思った。
……全員にその予言を告げて、このダンジョン自体の攻略をやめるわけではなく。
自分だけがアレクサンダーを守れると――役に立てると、そう考えてしまった。
だって、今のカグヤは、もう穴蔵に閉じ込められて、予言以外の言葉を発することを禁じられ、それを普通だと思っていたころのカグヤではないから。
草を知った。
花を知った。
川を知った。
空を、知った。
そして、仲間といるということを、知ってしまった。
役立たなければ穴蔵に放り込まれ、言葉を交わすことさえ許されなくなる――
そのことが、とても怖いということを、知ってしまっていたから。
……ただ、捨てられたくなかっただけ。
イーリィよりもアレクサンダーの役に立ちたかった、ただそれだけだった。