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143話

 視線を上げれば、昼の光がまぶたにこびりついた。

 それでもなお全景をうかがえない――アレクサンダーたちでさえ見たことがないほど、大規模なダンジョンが、目の前にある。


 ダンジョン。

 その言葉の定義は実に様々だが、もっぱらアレクサンダー一行の中では『ウー・フーが見た瞬間にマップをひらめく場所』をそう呼んでいた。

 これ以上たしかな基準は、このパーティー内に存在しない。


 つまり、移動距離や大きさなどに明確な基準を設けているわけではなかった。

 それにしたって、目の前に広がるダンジョンは、大きすぎる。

 アレクサンダーは、そのダンジョンをこのように評した。



「都市だな。十万から二十万人規模ってとこか。――時代とか文明をかんがみたら、ちょっと破格なぐらいだ。まあ、人が造ったわけじゃねーだろうけど」



 その『都市』は、周囲をぐるりと高い壁で囲まれていた。

 この時代、モンスター対策のために人が住みかを壁で囲むことは珍しくない。でも、この壁は面積も規模も堅牢さも、見たことがないほどだった。

 ウー・フーの描いた地図によれば、東西南北にそれぞれ一つずつ入口があるようだ。


 今、アレクサンダーたちがいるのは南側にあたる。

 ならば目の前にある南門と同じものが、他にあと三つ、あるということなのだろう。


 カグヤは門を見上げる。

 あまりに巨大だ。少なくとも、人が通るのにここまで大きい必要はない。

 横幅は十人が横一列に並んで通ったってまだまだ余裕がありそうだったし、高さに至ってはどのような巨人の通行を想定しているのかもわからない。カグヤの十倍か、いや、二十倍か、もっとか。


 ……これはダンジョンだ。

 そしてモンスターとは、ダンジョンからわいてくるものと、すでに経験から知っている。

 ならば、この門が必要なほど巨大なモンスターが、内部にはうごめいているということになるのだろうか?


 その説を裏付けるかのように、ダンジョンには天井がなかった。

 珍しい、というか、もはや『ダンジョン』と呼んでいいかさえわからない。

 ただ――天井さえなければ、雲を突くような巨人でも、空を舞う巨大生物でも、なんだっていたい放題だろうなということは、わかる。


 内部は、どうなっているのだろうか。

 閉ざされた巨大な門と、高い壁にはばまれて、うかがえない。

 ただ、離れて見れば、チラホラと壁より高そうな建物もあるように見えた。


 どれもこれもが、石を積んで造ったような、見事な技術による建造物だ。

 壁は黒みを帯びた灰色だが、内部の建物には赤や茶色、白や黄色などの様々な色が見えた。



「モンスターの住まう巨大都市、か」



 アレクサンダーはなにかを考えているようだった。

 顎に手を当てて、ニヤニヤしている。

 こういう時、彼はろくでもないことを考えているのだと、パーティーにいる全員が経験から嫌というほど知っている。


 案の定。

 アレクサンダーが次に発したのは、とんでもない提言だった。



「ここのダンジョンマスターを倒して、ここを俺たちの街にする」



 ダンジョンマスター。

 どのダンジョンにも最低一体はいる、モンスターを創造する厄介者だ。

 つまり、ダンジョンマスターさえ倒せば、モンスターがわかなくなる。


 ダンジョンマスターは各ダンジョンに一体ずついて、自分の似姿のモンスターを生み出し続ける。

 生み出すペースこそまちまちだったが――ダンジョンマスターを倒すにつれ、『掃除後にもまたモンスターがわいている』という現象は減っていった。


 詳しい仕組みは不明だ。

 でも、ダンジョンマスターを倒し、モンスターを掃討し、トラップの解除も行なえば、そのダンジョンで人が暮らすことは不可能ではないのだ。


 ただ。

 疑問があった。



「街など得てどうする? 定住などしないだろう? 貴様は『世界の果て』を目指すのではないのか? 我は貴様に、そのように言われたが」



 サロモンが、その疑問を口にする。

 アレクサンダーは高すぎるダンジョンの壁を嬉しそうにながめながら、答えた。



「俺は、な」

「……?」

「俺の目的に変更はない。世界の果てを見たい! この世をもっと知りたい! ……でも、ここらで一つ、選択肢を与えるべきかなと思ったんだ」

「…………」

「だいぶ、西に来た。たくさんの人に出会った。俺の世界は広がった。……俺は、お前らを焚きつけて旅に出した。みんな、俺の言ったことをわかってくれた。気付けば、目の前にいるお前ら以外にも、たくさんの仲間ができた」

「……ふん」

「俺は――少し、怖くなった」

「……」

「俺はいい。俺は、俺の目的に殉じることができる。ただの好奇心を振りかざして、失敗して死んだって惜しくない。でも――みんなは、どうなんだ? 食糧難とか、色んな事情はあったにせよ、足を止める場所がほしいって、思わないのか?」

「…………ジルベールあたりが考えそうなことだ」

「まあ、だからさ。ここらでみんなにも、一度足を止めて考えてほしいと思ったんだ。夢のために人生を懸けられるのかどうかを。しかも、自分の夢じゃなくて、俺の夢のために」

「……」

「この街は、『足を止める場所』としてちょうどいいかなって思ったんだよ。広いし、丈夫そうな壁だってある。北には鉱石のとれる山があるし、東には草原が広がっている。川も流れ込んでるみたいだし、少し離れた場所だけれど、森もある」

「……」

「モンスターを倒せば野生動物だって増え始めるだろう。果樹園や田畑を作るのも、できなくはないはずだ。なによりこのダンジョンには、どうにもすでに『家』がある」

「…………家か」

「ああ。家だ。……俺とイーリィには、もう故郷がない。カグヤだってそうだろう。サロモンはあんまり安住することに興味なさそうだし、シロはもともと宿無しだ。ダヴィッドあたりは剣さえ打てたらどこでもいいだろう。ウーばあさんは……なんなの?」



 アレクサンダーが首をかしげる。

 ウーは「わし、強い男の子種がほしい!」とストレートすぎる返事を元気いっぱいにした。


 アレクサンダーは苦笑する。

 それから。



「……まあ、俺とこうして常に一緒にいるお前らは、足を止める必要なんかないのかもしれない。でも、家が必要なヤツだっているだろう。……お前らと一緒にいると、弱いヤツがいるってことを忘れそうになる。だからまあ、忘れないうちに、足を止める場所を作ろうと、そういうことだな」

「……ずいぶんと考えるようになったものだな、強敵よ」

「考えるさ。そんなつもりはなかったけど、中心人物みてーになってるからな」

「つまらん男になったな、アレクサンダー」

「サロモンが面白すぎるだけだ」

「……ふっ。まあ、よかろう。ただ、忌憚ない意見を言わせてもらえば……」

「なんだよ」

「ぶらさがった弱者の重さに、つぶされてくれるなよ」

「…………」

「強敵よ。強敵でいてくれ。つまらぬものに成り下がらないでくれ。貴様は自由だからこそ強く美しい。弱くなった貴様を我は許さんぞ」

「…………俺は、弱くならねーよ」

「その言葉を忘れるな。……ともあれ、貴様の重しを一度下ろそうというのならば、このダンジョンを我らが街とすることに異存はない。よりよき貴様との闘争のため、我も手を貸そう」

「俺を殺す技は開発できそうかい?」

「……貴様が人間でなければな。何百年かけようと編み出してみせるのだが」

「悪いが、俺はそこまで生きてられねーよ。だから、お前も俺のこととやかく言う前に、俺が生きてるうちにがんばれよ」

「……まあ、これもよき闘争だ。時間との闘争。……心躍る」

「なんでもいいのかお前は……」



 アレクサンダーがげんなりした顔になる。

 途中経過はともあれ、サロモンの質問により、全員の疑問は解消された。


『アレクサンダー自身に旅をやめる気はない』。

 この宣言に対しては――カグヤの見る限り、それぞれ、違った表情を浮かべていた。


 楽しそうだったのが、サロモンとダヴィッドだ。

 闘争が目的のサロモンは、アレクサンダーが旅を続け強くなっていくのは望ましい。

 ダヴィッドは『アレクサンダーでも折れない剣を打つ』という目標こそあきらめざるを得なかったものの、まだ見ぬ鉱石やダンジョンに眠る不思議な技術というものに興味津々だから、旅が続くのはいいことだと思っているのだろう。


 どうでもよさそうだったのが、ウー・フーと『真白なる夜』だ。

 ウー・フーは子孫を残せればどうでもいい。

 今狙っているのはアレクサンダーかサロモンか『真白なる夜』らしいので、この三人が別行動をとらない限りは元気いっぱいに笑っていることだろう。

『真白なる夜』は、彼自身の目標をすでに達成していた。

 今、アレクサンダーに同行しているのは、世話になった恩を返しているに過ぎない。

 その『恩返し』は『忠誠』と呼べるぐらいには行きすぎている感じもあるが……

 アレクサンダーがどう行動するにせよ付き従うだけだと考えているのだろう。


 心配そうな顔をしたのは。

 イーリィだけだった。


 ……そもそも、アレクサンダーを心配しない他の四人が薄情なわけではない。

 なぜなら、彼は不死身だから。

 心臓を貫かれても死なない男の、いったいなにを心配しろというのか。


 ……それでもなお。

 この時点で、イーリィだけは、アレクサンダーの内心をなんとなく察していたのだろう。


 付き合いの長さというだけでは片付けられない、心のつながり。

 カグヤは一歩引いた視点から、そんなものを感じてしまった。



「じゃ、行くか」



 アレクサンダーが号令する。

 それに従い、全員が同じ方向に歩き出した。


 でも。

 見ている方向は、それぞれ違って。


 ……もっと早くに気付ければ。

 彼のその後は、もう少し幸福だったのかもしれない。

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