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141話

「ゆずるとかゆずらないとかじゃなくてね!? サロモンお前! なに勝手に食糧をやるとか約束してんだよ!? あと壁ェ! どうすんだコレ!? モンスター来たらどうすんだよコレェ!!」



 どうにも防衛隊のまとめ役らしいエルフは、そんな風にカンカンだった。

 サロモンはニヒルに笑うと、口を開く。



「……ふっ。ちょうど良い。この村は我には狭すぎると思っていた」

「ちょうどよくねェんだよォ! 防衛設備なの! わかる!? モンスターに攻め入られないためにこの壁必要なの! ねえ、わかる!?」

「アレクサンダーよ、貴様の誘いに乗ってやろう。我も貴様と旅をする。ここは騒がしくてかなわん。さあ、風の向くまま、新たなる闘争を求め旅立とうではないか。貴様の剣も手に入れなければならんからな。今ひとたびの、心躍る闘争のために……」

「話聞けよォ! 壁どうすんだつってんだよ!」

「さあ早く我を連れて行け。この男は怒ると面倒くさい」

「こっちはお前のその性格が一番面倒臭いんだよォ! あとすでに怒り狂ってるから手遅れなんだよ! 伝われ! 私の怒り!」



 怒りすぎて頭に血管が浮かんでいた。

 呼吸も荒く、肩で息をしている。

 イーリィが怒るエルフを見て「話を聞かない身内ほど厄介なものはないですよね」と共感の涙をこぼしていたりもした。


 カグヤは。

 闘いを終えてボロボロなアレクサンダーのそばにいた。



「……愉快なヤツだな」



 彼は笑う。

 ボロボロで、血まみれの体なんか、まったく気にしてないみたいだった。

 しゃがみこんでいるから、体力はかなり消耗したみたいだけれど。


 心臓に突き刺さっていた矢はない。

 もともと非実体、サロモンの魔力で編まれた矢のようだったから、消えたこと自体は不思議ではない。


 でも、矢が消えたことで、アレクサンダーの胸に穴が空いているのが、はっきりわかってしまうのだ。

 だというのに、彼は正常そのもので。

 そのことが、カグヤには不思議でたまらなかった。



「ん? なんだチビ狐? 俺の傷が心配か? 気が向いたらイーリィが治してくれるだろうから心配すんな。でも、剣を壊したから当分治してもらえない気もするけど……また物を大事にとか言われるんだろうなあ……口うるさい系幼なじみはこれだから……」

「……なぜアレクサンダーは生きておるのじゃ?」

「なんだよその、死んだ方がよかったみたいな……」

「…………そんなことは言っておらん」

「……まあ、隠す理由もないから教えるけど、俺はな、なにがあっても死なないんだ」

「意味がわからんの」

「心臓を貫かれようが、頭を吹き飛ばされようが、体中の血液がなくなろうが、死なないことになってるんだよ。傷の自動回復とかはしないから、足がなきゃ歩けないし、頭がなきゃ思考ができないけどな……あれ? でも心臓貫かれても血流が滞って筋肉動かないとかはなかったな? 内側の機能より見た目上の機能の方が優先されるってことか……?」

「……?」

「あー……んーと……HPという概念のもと生きてないっていうか、システムがRPGじゃなく……その、なんだ、『食いしばり』っていうか……神様がそう決めた、って感じかな」

「…………神」

「そう。神。いやあ、便利だね、神。説明しにくいことも神様って言っとけばだいたい説明できるような気分になるし」

「……わらわに予言を与えるのも、神か?」

「そうかもな。まあ、モノローグとかシステムメッセージって感じだけど……」

「?」

「そう、神。神、神。みんな神。神様ってすごい!」

「…………」

「いや、不満そうな顔すんなよ。俺だってうまく説明できねーんだよ。カグヤ、お前だってそういうのあるだろ? ネズミをまったく知らない相手に、どうやってネズミを説明する?」

「…………尻尾があって、耳が、あって、目があって……」

「いやそれ説明になってねーから。俺の方もまあ、そんな感じなんだよ。システムメッセージとかデバッグとかいう話したって意味不明だろ? だから、そういうのはひとくくりに『神』でいいんじゃないかと、俺は思ってる」

「神は、意味不明かえ?」

「そうだな。意味不明。それが一番、しっくりくる。……で、俺はその神に選ばれた勇者デバッガーってわけ。まあ、デバッグしたところでこの世界はもう俺にとってゲームじゃないから、製品版を遊べたりはしないわけだが……」

「…………アレクサンダーの発言は、適度に無視するのがよいと、イーリィは言っておったのう。まるで別世界の者と話しておるようじゃ」

「だから異世界から来たって言ってんだろ。でも、まあ……そうだな。慣れた言語を使うと違いが出るけど、もう俺もお前らと同じ地平の生き物になってる。たとえば――」



 アレクサンダーが、手を伸ばす。

 そして、カグヤの頭を撫でた。



「――こんな風に、お前にリアルに触ることもできる」

「…………………………」

「……あの、硬直しないでもらっていいか? なんか俺が変なことしたみたいになるから」

「…………頭を触られるのは、初めてじゃな。このままねじ切るのかえ?」

「頭を撫でるなんて当たり前のことが――ああ、そうだったな。っていうか『ねじ切る』ってどんな発想だよ。これは、親愛の情を示す行為だ。『かわいい』とか『よくやった』とか『ありがとう』とかそんな感じ」

「……わらわはなにかしたのかえ?」

「今は『かわいい』だな」

「…………」

「どうした、また硬直して」

「……言われたことなどないから、どうしたらいいのかわからぬ……な、なにか、こう、涙が出そうな……」

「……お前は、ちょっと前までのイーリィを思い出すな」

「……?」

「あいつもお前とだいたい似た境遇だったよ。予言じゃなくて癒やしの力だから、お前よりはよっぽど外に出てただろうけど」

「……」

「人の悪意はモンスターなんぞより、邪悪だ。……ま、希望を捨てるには、まだ俺の世界は狭いけどな。だから――」



 アレクサンダーが、立ち上がる。

 それから、サロモンに対してブチ切れているエルフの男性に、話しかけた。



「よお、そこのあんた。名前は?」

「…………ジルベール…………」



 疲れ果てていた。

 声もかすれているし、目もうつろだ。

 よほどサロモンに怒り続け、そのすべてを無視され続けたのだろう。

 カグヤの目から見ても、ジルベールの憔悴した様子は、『かわいそう』の一言に尽きた。


 かわいそうなジルベールに、アレクサンダーは笑いかける。

 そして。



「ジルベールか。村の壁壊してごめんね」

「謝罪が軽いわ! おまっ、お前、壁、壁って、壁……壁だぞ!?」



 一瞬元気を取り戻したものの、やっぱりジルベールは疲れ果てていた。

 言いたいことを整理する体力もないようだ。

 この短期間でアレクサンダーと、いかにも話が通じなさそうなサロモンの相手を立て続けにするのは、不幸以外のなにものでもないだろう。



「それでさあ、あんたら、たぶん狩猟民族だろ?」

「いかにも。我らは弓を使い、森と共存し、恵みを分けていただく民である。古くは――」

「じゃあ別に定住する必要ないよな?」

「話を聞け! というか狩猟民族だってある程度の期間定住する必要ぐらいは――」

「だってあんたの話長そうなんだもん。なあ、壁を壊したお詫びになるかわかんないけど、俺はこのあたり一帯のモンスターを全部倒してから、西へ向かう」

「西? そこに、なにがあるのだ?」

「世界の果てがある! ……かもしれない」

「……なんだそれは」

「よくわかんないけどさ。この世界が丸いのか、平たいのか、あるいは、世界でさえないのか、それを俺は確かめたい」

「なんのために?」

「ワクワクするから」

「…………」

「俺は、このまま、あたりのモンスターを倒しつつ西に進む。だから、あんたらもあとからついてこいよ。みんなで村を出てさ」

「……なぜそんなことをしなければならない」

「いい機会だろ? 西へ行こうぜ。世界の広さを知ろうぜ。……サロモンだけじゃない。あんたも、あっちのヤツも、そこらにいる人、みんな、一生を壁で囲われたまま終わるなんてもったいないじゃないか。あんたらには可能性がある。それを活かさず死ぬのは駄目だ」

「…………」

「安定は約束できない。ゴールに待ち受けてるのはガッカリするような現実かもしれない。たとえ世界の果てを見たからって、なんの得にもならないかもしれない。でも――果てを目指した旅路はきっと、人に誇れる冒険になる」

「……」

「冒険をしよう。陸の果てまで。世界の果てまで。人生の果てまでの、大冒険をしよう。俺はもっと、俺の世界を広げたい。その広がった世界の中に、あんたらがいてくれるなら――それは俺にとって、すごく嬉しいことだ」

「…………ようするに、自分のためか」

「そうだよ」

「………………まったく、サロモンも、お前も、めちゃくちゃな連中だよ、本当に」



 ジルベールが笑う。

 それは力の抜けたような、穏やかな笑顔だった。



「最近は、このあたりも恵みが減ってな。……世界がモンスターに滅ぼされる前に、我らはきっと食糧難で滅びるだろうと、思っていた」

「……」

「サロモンは連れて行ってくれ。こんなのを残されても困る。私は――まあ、前向きに検討するさ。お前たちと違って身軽ではないのでね。おいそれと決断できるような話ではない」

「……そっか」

「けれど」

「……?」

「お前の話は、心に沸き立つものを感じたよ。……ワクワクするから、か。ああ、まあ、たしかに、壁が壊れてもまったく堪えた様子のないサロモンを、うらやましく思った」

「……」

「『壁が壊れた! また作らないとモンスターが! モンスターを倒した! でも油断せず警戒しなければ! 旅人が見えた! 追い払わなければ!』……そんな毎日は、正直、窮屈で疲れていたんだ」

「…………ま、あんたみたいな人材には、俺としちゃ感謝してもし足りねーけどな」

「そうだな。そこはしっかり感謝してもらわないと困る。だが、まあ、たまには、はっちゃけるのもいいだろう。そういう気持ちを、思い出せたよ。ありがとう」

「こっちこそ。あんたみたいな人もいる。俺の世界はまた広がった。ありがとう」

「食糧は、わずかだが、持たせよう」

「いいのか? 食糧難なんだろ?」

「新しい獲物はきっと、西にいるのだろう?」

「……ああ。そうかもな」

「この気持ちを思い出してしまったからには、座して滅びを待つことはできない。アレクサンダーよ。私もお前のように、人に情熱を取り戻してみせる」

「待ってるぜ」



 アレクサンダーが手を差し出す。

 ジルベールは首をかしげつつ、『これでいいのだろうか』という顔をしながら、アレクサンダーの手を取った。


 二人は握り合った手を何度か上下に揺らしてから、放す。

 そして。



「じゃあなジルベール。西で」

「ああ、西で、また会おう」



 言葉を交わして別れる。

 アレクサンダーが、こちらに歩いて戻ってきた。



「さて、旅に戻ろうか。飯のあとにな」



 晴れやかな顔。

 彼を見て、イーリィが「まったく兄さんは」と、とても嬉しそうにため息をついていた。

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