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140話

 戦いが始まってみれば、アレクサンダーは防戦一方だった。

 射られた矢を、避け、剣で受ける。


 サロモンの矢は、一呼吸で三度放たれた。

 しかも、わずかにズラされた軌道。わずかにズラされたタイミング。それらがまったく同時に放つよりも、回避を困難にしている。


 殺すための矢だ。

 回避し、防御し、軌道を予測し、それでもなおかわさせないための矢さばき。

 そのすべてに中たっていないのだから、むしろアレクサンダーの異常性が際立つ。



「なるほど、飛び道具は距離が遠けりゃ優位ってわけでもねーんだな」



 その、異常を為しながら。

 アレクサンダーは、あくびまじりに言った。


 ……誰の目にもあきらかだ。

 退屈している。



「距離が縮まったことで、威力も精度も上がった。でもなあ……」



 片手で目をこすりながら、片手に持った大剣で矢を弾き落とす。

 もう、見てさえいない。

 視認すら不要だと、態度が雄弁に述べていた。



「悪いけど、このままじゃ俺の勝ちだ」



 矢を弾く。

 一呼吸で三矢を放つサロモンは、しかし、攻撃をやめた。


 単純な話だ。

 背負った筒には、もう一矢たりとも矢が残っていない。


 そうだ。

 防戦一方でよかった。

 なぜなら――矢は、いつか尽きるから。

 守り続けて一矢たりともくらわないのであれば、守ることが最大の攻略法なのだ。



「……おいおい、どうした。もう終わりってわけじゃねーだろ?」



 矢が尽きたサロモンに対し、煽っているとしか思えないセリフだった。

 実際、サロモンは不機嫌そうな顔で沈黙している。


 ……いや、不機嫌そうなのは、ずっとそうだった。

 サロモンは戦いが始まってから、一度たりとも、表情を変えていない。


 笑ったのは。

 勝負を始めようという、その一瞬だけだった。


 無表情で寡黙な、美しすぎる男。

 彼が、口を開く。



「……こういうのを、待ち望んでいた」

「はあ?」

「これぞ闘争だ。獣相手ではない。モンスター相手でもない。あんな雑魚どもをいくら射ったところで、それは闘争とは呼べない。闘争とは、互いの命が危険にさらされ、奥義を尽くし、そして――いつまでもいつまでも、終わらないものだ」



 弓を捨てる。

 矢筒を外す。

 傍目には武装解除としか思えないその行為。


 けれど。

 向かい合っていたアレクサンダーは、大剣を両手で構えなおした。



「このまま終わり――じゃねーんだな」

「終わらぬとも。もっと、闘争を、したい。矢を撃ち尽くし、弦は切れ、弓が折れてもなお闘いたい。死んでくれるな殺してくれ。闘いを。もっと心躍る闘いを……! 一瞬で終わりそうな闘いを。いつまでも続く闘いを――」



 サロモンが、なにも手にしていない左腕を伸ばす。

 そして――弓に矢をつがえるような、動作をした。



「――来たれ」



 瞬間、空気がきしむ音がした。

 カグヤが、イーリィが、アレクサンダーが、ぴくりと反応する。



「来たれ、我が願いを叶えるモノよ。具現化せよ、我が真なる弓――」



 弓が、現れた。

 それは緑色に輝く、かたちの定まらない巨大な弓だ。

 横に構えられたその弓の大きさは、サロモンが両手を広げたって、五倍以上はあるだろう。

 はっきりした長さは、算出しようがない。

 実体ではないのだ。

 緑色のゆらめく炎のようであり、流れる風のようであり、魔力の塊のようでもあった。


 矢が、現れた。

 サロモンの持った巨大な非実体の弓に、特別巨大な、ゆらめく緑色の一矢が。

 そして――彼の背後に、無数の、これもまた非実体と思われる、たくさんの小さな矢が。



「――『果てなき闘争』。さあ、願いの赴くまま、命尽きるまで殺し合おう!」



 矢が、放たれる。

 巨大な一矢が。

 小さな、無数の矢が。

 すべてアレクサンダーをめがけて、降り注いだ。


 たった一人にして、軍団と呼べるほどの物量。

 それを向けられ、アレクサンダーは笑う。



「痛々しくて、格好いいねえ。っていうかスキル欄にあるのは『魔力無限』なのに奥の手は魔法じゃねーのかよ。なるほど、お前みたいなヤツもいる。――ありがとう。俺の世界はまた広がった」



 アレクサンダーは。

 この時初めて、前進を開始した。


 緑色の矢の雨が降り注ぐ。

 アレクサンダーは大剣を盾にして距離を詰めるけれど、そのすべてを受けきれるほどに矢の弾幕は薄くない。腕を削り足を削り胴を削り頬を削る。

 流れ出る血液さえ、次の矢ではじけ飛ぶ。

 被弾に重なる被弾。傷に重なる傷。密度の高すぎる攻撃はヤスリと変わらない。比喩でなく雨のように降り注ぐ矢が、アレクサンダーの体を削り取っていく。


 アレクサンダーは笑いながら進む。

 歩みは決して速くなかった。非実体の矢は、物質的な重さを持っているらしい。しかも、かなりの。くらうたび歩みは遅くなり、構えた大剣で受けながらの移動は、巨大な岩でも押しているのかというほどに鈍重なものだった。


 それでも、距離は詰まる。

 サロモンまであと十歩というところでアレクサンダーが急加速した。


 一瞬で潰される間合い。

 鈍重だった獲物が唐突に牙を剥く。

 非実体とはいえ、弓で闘っているサロモンは、肝を冷やすに違いない挙動だった。


 ――もっともそれは。

 サロモンが、アレクサンダーをただの獲物と見ていた場合の話、だけれど。



「待ちわびたぞ、強敵!」



 アレクサンダーの間合いに捉えられて、むしろ、サロモンは歓迎するように叫んだ。

 目を見開き、口元に喜悦を浮かべている。


 矢の勢いは、まったく衰えなかった。

 アレクサンダーは被弾覚悟で攻撃に転じているものの、成果はかんばしくない。

 サロモンの操る矢は、その密度と重さでアレクサンダーの剣を逸らし、流し、手痛い反撃を加えるのだ。



「弓使いがクロスレンジでも強いとかすげーな」



 アレクサンダーの口ぶりにはまだ余裕がうかがえた。

 しかし、体は確実に傷ついているし、攻撃のたびにその傷は増えている。



「強敵よ、終わらせてくれるな。この闘いを、いつまでも、いつまでも……!」

「この中二病バトルマニアエルフが……! いいか、俺はなあ、腹が減ってるんだよ! お前を倒して飯を食いたいんだよ!」



 大剣を振るう。

 しかし、サロモンは大量の矢により大剣を叩き、軌道を変えてしまう。


 そして大きく飛び退く。

 潰れた間合いは、また開いた。

 ……矢の雨が、やむ。

 サロモンがひときわ巨大な矢を構える。



「次を、試そう。まだだ。まだ、足りない。どうか、我の持てるものをすべて引き出してくれ、強敵よ」

「変なのに声かけちまったなあ……」



 アレクサンダーの声には、ようやく後悔の色があった。

 しかし、戦意が萎えた様子がない。

 一方的にやられて、ボロボロなのに。



「しょうがないから、俺もとっておきを見せてやる。ちょっと卑怯くせーけどな」



 アレクサンダーが、大剣を大きく後ろに引いた。

 防御の意思をまったく感じさせない構え。

 そして。



「おい中二病エルフ、たぶん次で決まるから、覚悟しとけ」

「……」

「こっちはお前と違ってそんなに器用じゃねーからな。持ってるものなんか、一つっきりだ。だいたいスローライフ系ゲームの主人公にバトルスキルを求めるんじゃねーよ」

「…………?」

「ああ、いや。こっちの話だ。……とにかく、予告してやる。次で終わりだ」

「……ならば次をしのいで、闘争を続けよう」

「しのげねーよ」



 グッ、とアレクサンダーが足に力をこめた。

 そして。



「全力でぶった斬るから、俺が間合いに入る前に止めないと、死ぬぞ」



 駆け出す。

 視界から消えるほどの速度。

 アレクサンダーが動いたことは、爆ぜた地面と土煙だけが証明している。これほどの速さ、たとえ正面から注視していたとして移動する姿を捉えるのは難しい。


 ただし。

 見えないことと、攻撃を中てられないことは、まったく別の話だ。


 たとえ視界に映らない速度で向かってこようとも、『向かってくる』という事実だけは動かしようがない。

 真っ直ぐ前に射ることができれば、中たる。


 サロモンはその確信のもと、すべての矢を一斉に、正面方向へ放った。

 ――手応え。

 もっとも長大な矢が、たしかになにかを貫いたという感触がある。


 実際。

 間合いに入ったアレクサンダーの胸には、巨大な矢が突き刺さっていた。


 心臓。

 人ならば死に至る場所。

 これだけの速度ならば惰性で動きもするだろうが、『剣を振る』動作に入る前に確実に事切れるのは、相手が生命体であるならば考えるまでもなく明らかだった。

 だからサロモンはそれ以上の矢を放つ必要性を感じず。



「『とっておき』を見せるって、言ったよな?」



 殺したはずの男の声を聞いた。

 サロモンは目を見開く。


 ありえないことが起きていた。

 心臓を貫かれた男が止まるどころか加速をしている。惰性ではない。体が確固たる意思のもと剣を振る動作に入ったのが、永遠にも感じる一瞬の中、たしかに見えた。

 軌道がわかる。

 左の腰から右肩方向へ抜けていく一撃だ。あの重さとあの速さで振られた剣が当たれば体は両断されるだろう。


 殺したはずの男の生存。

 目前に迫る『死』。

 それを受けて、サロモンは。



 ――自分の至らなさのせいで、こんなにも楽しい闘争が終わってしまった。



 静かに負けを受け入れ。

 目を閉じる余裕さえなく、迫り来る『死』を待ち――


 ズガン!

 ……背後で、そんな音が立てられるのを、聞いた。



「……?」



 サロモンは不思議に思い、背後を振り返る。

 すると、そこでは――村を守る木製の壁に、アレクサンダーの大剣が突き刺さっているではないか。


 いや、大剣というか、アレは――

 刃の部分、だけ?


 かなりの衝撃で突き刺さったらしいその刃は、半ば以上を壁にめりこませていた。

 のみならず――


 ぐらり。

 そんな風に、村を守る壁が揺れたかと思うと、すさまじい音を立てて、剣が刺さった部分を皮切りに、倒れ、壊れ、崩れていく。



「……やばっ」



 アレクサンダーの、今日一番焦ったような声。

 サロモンが再び視線を転じれば、そこには、柄とわずかな刃しか残っていない剣を持ったアレクサンダーがいて。



「……そういや、本気で振ると、剣が折れるんだった」



 苦笑交じりの声。

 サロモンは彼を見た。


 アレクサンダーは。

 申し訳なさそうに言う。



「ええと、武器はなくなっちまったけど、どうする? それとも俺の勝ちでいい?」



 サロモンは、静かに笑う。

 そして。



「心臓を貫かれ、生きるか。……今の我ではお前を殺せぬ。強敵よ、今日はゆずろう」



 いつになく満たされた気持ちで。

 つぶやくように、言った。

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