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14話

 死亡回数、三十七回。

 アレクが反撃をした回数、三十八回。

 最初の一回を避けたのは、どうやら奇跡だったらしい。

 それ以降は『剣を振ればこちらが死ぬ』という状態が続き――

 最終修行初夜は、更けていった。



「俺は朝の仕込みがありますから。ロレッタさんも、朝食を食べに食堂までお越しください。攻撃も歓迎しておりますので」



 アレクはそう言って、部屋から出て行く。

 ロレッタには、もう、彼を止める気力も、背中に斬りかかる気力もなかった。


 肉体の疲労はないはずだけれど。

 経験も記憶も残る『ロード』という方法での回復は、精神のダメージまでは治ってくれない。

 ロレッタは膝をついたまま、しばらく動けずに。



「……化け物め。どうしたら、あんなのに一撃を与えられるというのだ」



 笑うしかなかった。




 ○




 ロレッタは色々考えたが。

 お腹が空いたので、朝食をもらうことにした。



 一階の食堂には、他の宿泊客がすでにそろっていた。

 調理場と席のあいだを、奴隷の少女たちがせわしそうに往復している。

 獣人族の双子の少女で、宿屋夫妻からは実の娘のようにかわいがられていた。


 奴隷は財産なので、大事にする人は珍しくないが……

 あそこまでかわいがるというのは、傍目に見ていても、少々珍しいようにロレッタには思えた。



 調理場には、アレクがいた。

 今日も大きなフライパンで豆を炒っている。


 ロレッタはカウンターに座り、水を運んできた奴隷の少女の片割れにお願いをする。



「もし、すまないが、アレクさんをこちらへ呼んでもらえないか?」

「わかったー」



 素直にうなずいて、少女はアレクを呼んだ。

 アレクはフライパンをかまどの上に置いてこちらへ来る。



「はい、なんでしょうかロレッタさん。朝食のご注文であれば――」

「スキありィ!」



 ロレッタは剣を抜き放つ。

 アレクは――



「隙はないです」



 人差し指と中指のあいだに挟んだなにかで、剣を受けた。

 ロレッタがどんなに力をこめても、びくともしない。

 目をこらして。

 とんでもないもので剣を受けられていたことに気付く。



「馬鹿な……炒った豆で私の剣を受けただと!?」



 普通、砕ける。

 というか、豆を人差し指と中指でつまんで受けるよりも、アレクであれば、普通に剣の方をつまんで止めた方が早そうな気がするのだが……

 彼は、いつもの笑顔のまま、言った。



「豆に魔力をこめれば簡単ですよ。普通にあるでしょう? 体内に魔力を通して身体能力を上げる技が。ロレッタさんの奥の手だって、剣や腕に魔力をこめているじゃないですか。それのちょっとした応用ですよ」

「……丈夫な武器や自分の肉体ならともかく、こんなもろい食物に魔力をこめて、なぜ崩壊しないんだ」



 魔力をこめる、というのは、案外難しい。

 丈夫な物体や『魔力伝導率』の高い素材であれば、簡単だが……

 魔力伝導率の悪く、もろい物体に魔力をこめるのはかなり難しい。

 魔力をこめなさすぎれば強度が上がらないし、こめすぎれば破裂する。


 もしロレッタが『炒った豆を、剣を受け止められる硬度にしろ』と言われれば、いったい何万粒の豆を破裂させれば可能になるのか、わからないほどだ。



「コツがあるんですよ。まあ、こればっかりは、経験ですかね……武器や防具を溶かす『王酸の洞窟』というところがありましてね。現地で拾った特殊な石で戦わざるをえなかった時に編み出した技です。慣れれば簡単ですけど」

「慣れるまでに何度死んだのだ」

「五十までは数えてたんですがねえ」



 アレクは笑う。

 ロレッタはため息をつき、大人しく剣を納めた。



「……いきなりすまなかったな。奇襲ならば通じるかと、一応試してみたのだが」

「ロレッタさんは本当に奇襲に向いてないみたいですね……カウンターを乗り越えて調理中の背中を斬ればよかったのに」

「さすがにそこまでは……」

「器物破損などがありましても、気にしないでください。さすがに人質をとられたりすると、俺も本気で対応せざるを得ませんが……」



 彼の視線は、客席のあいだでせわしなく注文を受けたり水を運んだりする、奴隷の双子にそそがれていた。

 やはり、相当、かわいがっている様子だ。

 奴隷は財産ではあるが、しょせんは財産にすぎない。

 金を取り戻すために同じ額以上の金を支払う者がいないように、奴隷を取り戻すために自分の命を賭けるような主も、普通、いない。

 だから、奴隷は人質としての価値をもたないというのが、普通だった。

 しかしアレクにとって、あの奴隷双子は、人質たりえると視線でわかる。



 ……というか、なにげなく客席を見回して気付いたのだが。

 ここの宿泊客は、今の『呼び出した店主にいきなり斬りかかる』という奇行を前にしても、なんら反応がない。

 やはりというか、なんというか。




「……ちなみにだが、アレクさん、ここのお客は、みな、あなたに一撃を与えるという修行をクリアしているのか?」

「そうですね。みなさん、それぞれの方法で、攻略なさってますよ。試しに相談などされてはいかがでしょうか?」

「ふむ」



 ロレッタは視線を客席に戻す。

 そこにいる四人の客たちはそれぞれ違った個性のありそうな、女性たちだった。

 ……一人、やけに幼い子もいるような気がしないでもないが。


 彼女たちの話を聞けば、直接の解法にならなくとも、大きなヒントにはなるだろう。

 しかし。



「いや、やめておこう」

「なぜです?」

「まだ私は、私だけでできることを試し終えていない気がするのだ。人を頼るのは、自分でできるすべてを試してからにしたい」

「真面目な方ですね」

「……よく言われる」



 自嘲するような声。

 真面目という評価は、ロレッタにとって、あまりいいものではなかった。

 彼女は話題を変える。



「そういえば、細君はいずこに? また奧で料理か?」

「ああ、そういえばロレッタさんにまだ朝食をお出ししていませんでしたね」

「まあそれもあるが……」

「妻は今、市場まで買い出しに出かけていますよ。実は昨日、別な方にほどこした修行で根菜を切らしてしまいまして」

「……そうか。私以外の修行も掛け持ちしているのだな」



 根菜を切らす修行とはなんなのかという疑問が湧かないでもなかったが……

 きっと、聞いてしまえば根菜を食べられなくなるたぐいの話だろうと判断した。

 なので聞かずに、別方向に話題を転換する。



「アレクさんはあまり休めてはいないのではないか?」

「そうですねえ。まあ、お気になさらず。体力はありますので」

「しかし、修行というのは見ている方もそれなりに神経を使うものだろう……」

「そうですね」

「あまり無理をしないようにしていただきたいが」

「…………」

「アレクさん?」

「ロレッタさんは本当に、真面目な方ですね」

「は? まあ、よく言われるが」

「あなたの修行は予定より長くかかるかもしれません。半日多くとれて幸いでした」

「はあ」

「朝食、なんになさいます?」



 どういうことなのか問い詰めたかったが。

 話題を変えられてしまった。

 これ以上話を続ける気はないのだろう。


 それに、空腹を覚えているのも事実だ。

 だからロレッタは、注文する。



「豆以外ならなんでもいい」



 そう言えばきっと、今日の修行に適した食事を用意してくれるだろう。

 たった数日だけれど、ロレッタはアレクのことを師匠として信用していた。


 ……であればおそらく。

 一見して無理難題に見える『アレクに一撃を入れる』というこの修行も、達成できるものだ。

 ロレッタはどうすればいいのか、アレクの動きをつぶさに観察し、考え続けることにした。

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