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136話

 現代に伝わる概略。

 多くの人が知っているであろう『アレクサンダーの伝説』をざっくり語ると、こうなる。


 その昔、まだダンジョンというものがよくわかっていなかった時代。

 世界はダンジョンからあふれ出したモンスターでいっぱいだった。

 人の集落は点在するだけで連携関係にはなく、人類は滅びを待つだけかと思われた。


 そんな時、大陸の東端にある人物が誕生した。

 アレクサンダーという、少年だ。

 その少年はすくすくと成長したが、十五になったある日、育った集落をモンスターに襲われてしまう。

 彼にはそれまで隠してきた力と、違う世界の記憶があった。

 しかし、彼は故郷を救えなかった。

 モンスターを倒しにダンジョンに出向いている最中に、村が襲われたのだ。



「一人でできることには限界がある。仲間を募ろう。強く、頼れる、仲間を」



 少年のアレクサンダーはその理念のもと、滅びた集落をあとにして、各地を回る。

 様々な人との出会いがあった。

 長く果ての見えない旅だ。モンスターという脅威をわかっていても、いや、わかっているからこそ、『この脅威はなくならない。だから、危険な旅なんかしないで、今の暮らしでいい』という人も多かった。

 それでも、共感する者もいた。

 アレクサンダーはそういった人々を束ね、大陸を東から西へ、モンスターを倒しながら横断していった。


 アレクサンダーの率いる特に強い戦士たちの名は、各地で神話や伝承に残っている。

 束ねるのは勇者たる『偉大なるアレクサンダー』。

 強大な癒やしの力を持つ人間族、イーリィ。

 獣人族で神と交信のできる予言者、カグヤ。

 寡黙なエルフの戦士、サロモン。

 鍛冶神の生まれ変わりとされる、ダヴィッド。

『真白なる夜』。

 賢き小さな大樹、ウー・フー。

 それから、名を語るもはばかられる『月光』。


 旅は続く。

 倒したモンスターは数知れず、救った人々の数も、数え切れなくなった。

 閉ざされた人の心を開く。

 最初は懐疑的だった世界が、彼らを認めていく。


 仲間が増える。

 一人だったアレクサンダーが、イーリィと二人になったように。

 二人が四人になったように、四人が八人になったように。

 十人は百人になり、百人は千人になり、千人は一万人になった。


 人々が呼応する。

 あとはもう、乾いた草地に火を放つがごとく、人類の反撃が始まった。


 モンスターはダンジョンに追い返された。

 完全とは言えない。けれど、人々は城壁を築き、自身の領地を確保した。


『偉大なるアレクサンダー』は国家を樹立する。

 誰しもが平和に生きていくために、人々の結束をなくしてはならないと考えたのだ。


 ……最初は、うまくいった。

 しかしモンスターという差し迫った脅威がダンジョンとその周辺に細々出現するだけとなった時代、人々は、隣人と自分の種族が違うことを思い出してしまった。

 自分ではない種族が優遇されていると感じれば、不平不満を漏らす。

 自分ではない誰かの幸福を、肩を組んで喜ぶのが、だんだん、難しくなっていった。

 仲間たちは事態を憂えた。

 そして、一つの決定をする。



「急速にことを進めすぎたのがよくなかった。違った種族同士がなんのてらいもなく協力関係を築けるようになるには、まだもう少し時間がかかる」



 仲間たちは、それぞれ、自分の種族を率いて大陸中に散らばることにした。

『月光』は静かに姿を消した。

 ウー・フーはドライアドたちとともに南東の森を住処に選ぶ。

『真白なる夜』は南の絶壁の向こう側に新天地を求めた。

 ダヴィッドはドワーフたちと鉱石を掘り暮らすため、山脈地帯に向かった。

 サロモンは北東にある森で静かなる余生を過ごすと決め、エルフは彼に従った。

 カグヤは最後までアレクサンダーのもとに残りたがったのだが、獣人の指導者にならざるを得なかった。だから、獣人を率いて王都周辺を移動しながら暮らすことで、少しでもアレクサンダーのそばにいようとした。

 イーリィとアレクサンダーは結婚し、子を成した。


 ……さらに数十年の時が経った。

 老いた『偉大なるアレクサンダー』は、長年連れ添った妻のそばで、最期を迎える。


 彼の伝説は、様々な語り口で各地に伝わっている。

 人間族においては『偉大なる初代大王』として。

 獣人族には『崇めるべき神の現身』として。

 エルフでは実に様々な話がある。これは、サロモンがあまりアレクサンダーについて無責任な武勇伝を語るのをよしとしなかったため、人々が勝手に想像した結果だろう。

 ドワーフのあいだでは『親しみのもてる人間』としての話が多い。伝承に、アレクサンダーとダヴィッドの友情を示す話が多いのが理由であったと考えられる。

 真白なる種族――現在で言われるところの『魔族』の存在は、一時期ぱったりと途絶えるので、そこでアレクサンダーがどのように語られていたのかを確かめる術はない。

 ドライアドでは『好色なる若き英雄』としての話が多いようだ。

 これは、ウー・フーにとってアレクサンダーがかなり年下だったことと、イーリィとカグヤの存在が理由だと考察できる。


 さらに長い時間が経つ。

 伝説は伝承になり、お伽噺になり、もう少し経てば神話となるだろう。

 伝聞と推測で彩られた物語は、もう、修正不可能なほど人々に根付いてしまっている。


 ――だから。

 この嘘だらけの話が神話なんぞに成り上がる前に、事実を伝えねばならない。


 これからするのは神ならぬ者の話。

 人並みに悩んだ、欠陥だらけの男の話を、始めよう。

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