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135話

 視界が力尽くで斬り拓かれた。

 ソレは突如視界に飛び込んだ輝きに、顔をそむける。


 いやにかび臭い空間だった。

 目が慣れてくる。

 どうやら、周囲は石で囲われているようだ。

 それも人工的にくみ上げられた石の壁ではなく、天然の鍾乳洞のような、石壁だ。


 足元には、水がたまっている。

 ピチャンピチャンとどこからかしずくの垂れる音。

 ……地下、そう浅くない位置にある牢屋だろうと、ソレは経験からあたりをつける。


 正面を見る。

 そこには、魔導具のランプを手にした男がいた。


 狐面をかぶっているため、顔はうかがえない。

 だが、ソレは、視界内の男の背格好や、そいつがまとっている銀の毛皮のマント――


 それから。

 腰に見える、無骨な短剣。

 ナイフ程度の長さの、しかし本来はナイフではなかった剣に、見覚えがあった。



「アレクサンダーか」



 ソレは笑う。

 手足はなにかに拘束されており、少しも動かせなかった。

 魔力さえ、自由にならない。

 なにかよくわからないもので封じられているらしい。


 なにより、あつらえられたよう体がピッタリとはまりこむ、金属の棺に入れられている。

 腕力だろうが魔力だろうが、この状況を打破するのは難しいとソレは判断した。


 絶体絶命。

 けれど、緊張感など欠片もなく、ソレは、仮面の男へ語りかける。



「よくぞ、わらわにたどり着いたのう。貴様には決してわらわのあとはたどれぬと、そう思っておったのじゃが」

「…………」

「……なにかしゃべれ。わらわと語りたくて、わらわを捜しておったのではないのか?」

「……いや、困るな」



 仮面をつけたまま、男がつぶやく。

 その声には、強い困惑の色が見えた。


 だから、ソレは問いかける。

 力が抜けたような声で。



「どうしたのじゃ、アレクサンダーよ」

「……こうして向かい合えば、自然とどうしたらいいかわかるというような話をされたんだけれど、どんな顔をしてあんたを見ていいのか、わからない」

「……それで仮面を外さんのか」

「たぶん、怒ったり、恨んだりすればいいんだろう。でも」

「わらわのことを、ずいぶん調べたようじゃのう」

「予言者カグヤ」

「正解じゃ。……半分はな」

「……半分?」

「わらわが『予言者カグヤ』であることは、ある意味で事実じゃな。しかし、それだけでは不十分じゃ。……貴様は、なぜわらわが五百年も生き続けておるのか、その仕組みを理解しておらんじゃろう?」

「まあ、そうだな」



 仮面をつけた男は、あっさりと認めた。

 カグヤはつまらなさそうに唇をとがらせる。



「……悔しがるとか、もうちっと面白い反応をせい。貴様との会話はいつからこのようにつまらんものになった」

「悪いが、あんたが『どのように』五百年を生きたのかは、俺にとって興味の対象じゃない」

「つれないのう」

「……質問は三つだけだ」

「言うてみ」

「一つ目。ヨミがあんたの実子かどうか」

「…………」

「二つ目。なぜ、『輝く灰色の狐団』を滅ぼしたのか」

「……ふん」

「三つ目。これは今思いついたものだけれど――なんのために、五百年も生きたのか。『どのように』ではなく、『なぜ』だ」

「……」

「正直なところ、一つ目以外は、どうでもいい。今さら知ってもどうしようもないことだ。そして、その一つ目の質問にしたって、あんたの持っていた日記を読めばいい。すでに没収済みだ」

「ならば、なぜ聞く」

「あんたの口から聞きたいからだ」

「ほう、どんな意味がある?」

「いつもやっていることだから、かな。裏を取るだけでは足りない。証拠をそろえ、嘘をつけない状況を作り、本人の口から証言させて、ようやく事実を事実と認める。それが俺のやり方というだけの話だ。あと……」

「……」

「まだ、あんたにどう対応していいか、俺のはらが決まっていない」

「…………」

「恨むか、怒るか、同情するか、共感するか。あるいは母との再会に喜ぶか、今までともに過ごせなかったことを恨み、嘆くか。話しているうちに、俺の気持ちも定まるかもしれない」

「……相変わらず、場当たり的な生き方をしているようじゃな。『はいいろ』に挑みかかり撃退され、そのまま『輝く灰色の狐団』を継いだ時と、なんら変わらんのう」

「言う通りだよ。だからこれは、成長のための儀式だ」

「……」

「あんたと対話することで、俺はようやく、前に進むことができる。…………先代の願いや想いじゃなくて、自分の意思で歩き出すことができると、思うんだ」

「貴様に『自分の意思』なぞあるのか?」



 カグヤは笑う。

 ようやく楽しくなってきた、とでも言うように。



「貴様は『輝く灰色の狐団』に来た当初からそうじゃな。強い目的意識もなく、誰かの借り物のような言葉をしゃべり、目の前に出される目標にただ従うだけじゃ」

「……」

「なぜ、『はいいろ』の修業を受けた? なぜ、『狐』の修業を受けた? なぜ、わらわの修業を受けた? それは『言われたから』ではないのか?」

「…………」

「『はいいろ』と『狐』は、貴様のことを褒めておったよ。精神は頑強には思えない。だというのに死を前提としたつらい修業を、文句を言いつつも淡々とこなす。『天眼』とか言うておったかのう。『修業をする自分』をどこか遠いところから観察しているようだ、とな。貴様にある唯一の才能じゃと。習得困難な達人の視点じゃと、そう言っておった」

「……」

「馬鹿を申せ、と思ったわ」

「……」

「貴様は、ただ、他人事なだけじゃ。空っぽの肉の器。目的なき生命。それが貴様の正体じゃろう。貴様のようなやつを知っておるぞ。貴様のようなやつはな、簡単に命を捨てる。自分に対し価値を見出しておらんから、自分を失うことへの恐怖がない。貴様の命は、常に『他者の目的』より軽い」

「…………」

「いくら師匠の頼みとはいえ、その目的のために、十年を超える歳月を費やすなど、ありうるのか? いくら師匠の娘をあずかったとはいえ、そやつの『結婚』という願望を叶えるためだけに、こんなにも面倒くさく隠れ続けたわらわを捕らえるなど、ありうるのか?」

「……」

「いや、そう思う時期があるぐらいなら、よかろう。しかし、貴様は追い続けた。ひとときも休まず、人生のすべてを、他者の願いに捧げ続けた」

「…………まるで、俺の心をのぞいたみたいに、断定的だな」

「のぞいたとも」

「……」

「そして、わらわは思ったのじゃ。――気持ち悪い、とな」

「……」

「おおよそ人の思考ではない。目的を持った時、横道に逸れぬ者は立派じゃが、立派なことを実際にやるのは『いかれ』じゃ。『立派』というのは、『普通の人はそうならない』という言葉を言い換えたものにすぎん。欲望にまったくなびかぬ者、目的を見据えて休憩せず走り続ける者など、気持ちが悪くてたまらん。そういうのをわらわは『人』には思えん」

「……」

「貴様は『おかしい』という点では、たしかに英雄アレクサンダーと似ておる。しかし、貴様のおかしさは、かの男とはまったく正反対じゃ。欲がなさすぎる。己がなさすぎる。生きて、いなさすぎる」

「……」

「さて、与えられた目標だけを一心に追い続けた貴様は、目標を達成したあと、どう生きるつもりじゃ?」

「…………」

「貴様に、『自分の意思』なぞ、あるのか?」

「…………」

「答えろ、アレクサンダー。未だに仮面さえとらず、表情さえさらさぬ抜け殻よ。貴様の答えいかんで、わらわも、貴様の質問に答えるかを、決めよう」

「なるほど」



 アレクサンダーはうなずく。

 そして、仮面を外した。


 苦悩。

 仮面の下からあらわれたのは、考えこむような、悩むような、そういう表情だった。



「俺に『自分の意思』はない」

「……ほう」

「色々な人を見てきた。裏切られてなお誇りある生き方を選ぶ人。捨てられてなお誰かのために尽くそうとする人。生まれ持った『他者からの期待』に振り落とされながらがんばる人。抱いた決意を真っ直ぐに追い続け、決して折れなかった人。弱い自分と過去を乗り越えたくてあがき続けた人。時代を変える才能を持ってしまい、古い者との軋轢に苦しんだ人。誰かを助けたいと思いながらも不器用さからどうにもできなかった人」

「……」

「彼女たちには、『自分の意思』があったと思う。……全員が報われたとは思わない。誰もが最高に幸せな結末を迎えるということは、決してなかった。でも、俺は、彼女たちに力を貸すことができて、嬉しかった」

「……ふむ」

「俺は、誰かのための『昨日』でありたい」

「…………」

「誰しもが救われる世の中は、俺の代ではきっと無理だ」

「…………」

「だから俺は、次代の踏み台になる。俺が駄目なら、俺の弟子が。それでも駄目なら、その弟子が。少しずつでも世の中をよくしてくれれば、きっと最終的に、みんな幸せになる。俺の過ごす『昨日』よりも、誰かの過ごす『明日』が幸せになってほしい」

「だからそれが、人でなしだと言うのじゃ。その博愛は人のものではありえない」

「……」

「かつて『はいいろ』が願ったのは、もう少し、利己的な理由じゃったぞ。あやつはな、己が幸福になれんと理解していた。それゆえに、他者の幸福という代償を求めたのじゃ。貴様とは違う。貴様のような――神の視点に立ったつもりの『人まがい』とは、違う」

「俺は人だ。『まがい』じゃない。この願いを抱くのは、人以外にありえないと、俺は思っている。人の幸福を願う、人の欲だ」

「…………それにしたところで、けっきょく、貴様の目的ではなかろう」

「たしかに、受け継いだものだ。まだまだ、『俺の意思』じゃない」

「……」

「だから、あんたを乗り越えて、『自分の意思』にする」

「……戯言じゃな」

「いや、違う。俺は『はいいろ』を継いだ。『狐』を託された。そして、あんたから、正式に、『輝き』を奪い取る。あんたたちを全部、俺の一部にして、ようやく俺は、『はいいろ』の願いでしかなかったものを俺の意思だと、胸を張って言えると思うんだ」

「……ふん。詭弁じゃな。貴様はやはり、自力で目標を定められん欠落者に変わりはない」

「欠落は悪いことじゃない。……人は、どこか欠けていたり、どこか尖っていたりするものだと、俺は思う。デコボコだから人は一人では生きられない。仲間が、必要なんだ。俺は、そう思い続けてきたよ」

「……はん。気に入らんのう」

「……」

「まことに気に入らん。……こうして、貴様らは、成長する。変わっていく。わらわの手を離れて――わらわを置いていく」

「…………」

「寂しいのう」

「……寂しいなら、なんで生きたんだ。誰かに置き去りにされる前に、誰かと一緒に生き抜くことも、できただろうに」

「ま、まずはそのあたりからじゃな」



 カグヤが静かに笑う。

 険がとれた、穏やかな微笑みだった。



「貴様の質問に、あますことなく答えよう。といっても、おそらくわらわの話にはならんじゃろうな。わらわの人生を振り返ることで、貴様の疑問には答えられん」

「……じゃあ、誰の話だ?」

「さて……誰の話、と言うべきか。男の話でもあり、女の話でもある。一方で、やっぱりわらわの話でもあるかもしれん」

「ここに来てはぐらかすな」

「そういうつもりではない。ただ、そうじゃな――おそらく、男の話に聞こえるじゃろう」

「……」

「アレクサンダー。……ああ、貴様ではないぞ。五百年前の英雄、アレクサンダー。わらわとともに生きた男であり、わらわの、初恋の相手じゃな。そやつの話に、聞こえるはずじゃ」

「……」

「微妙な顔をするな。質問に答えるのに必要な手順じゃ。母親の恋愛話など気持ち悪いかもしれんが、まして初恋相手の名前をつけられているなど、吐き気を催すかもしれんが――まあ、まずは聞け」



 カグヤが苦笑する。

 それから。



「昔々、あるところに、アレクサンダーという男がおった」



 ……いつか聞いた、切り出し方。

 昔話のように。

 あるいは、誰かの記した回想録のように――


 カグヤは。

 我が子に、話を語り聞かせ始めた。

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