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133話

 夕方ごろ。

 ヨミの体調は回復した。



「実は、こう見えて意外と体は弱くてねえ」



 目覚めたヨミは、迷惑をかけた謝罪、食事を作ってもらったお礼を述べたあと、そんなことを白状した。

 ヨミの体が『弱い』なら、体の強い人類はどのぐらいいるのだろうかと、ロレッタは疑問に思いもしたが……

 きっと刃が通るかどうかと、病気に抵抗できるかどうかは違うのだろう、と結論した。


 あるいはもっと納得できる『事情』があるのかもしれない。

 けれど、ヨミは彼女が不必要だと判断したことを他者に言わないだろうとも、思う。


 幼く、ほがらかで、常識的。

 ……あのアレクと長い時間を過ごしてもなおそう見えるということは、きっと、色々と抱えたり隠したり、誤魔化したりしているのだろう。

 長い時間を『銀の狐亭』で過ごしてみて、ロレッタはそう思っていた。


 ともあれ。

 ヨミはほぼ完全に復活した。


 病み上がりだしもう少し休むべきだという意見をおして、働いている。

 責任感が強いのか、『休む』ことに抵抗があるようだった。

 だから――


『銀の狐亭』一階、食堂。

 昼時にいったん、みんなそれぞれの仕事をしに行ったものの、また、全員がそろっている。

 ヨミはテキパキと、全員のための料理を用意していた。


 すっかりいつもの空気だ。

 宿泊客たちは、それぞれが今日のことを、口々に言い合っていた。



「いや、だからよ、違うんだってば! あたしはメイド服着るだけだし、なんもおかしなことは約束してねーって!」

「はいはいそうッスね。……あ、ところで今日の仕事で面白いお客さん来たんスよ」

「話聞けよ!」

「コリーさん、無視をなさらないであげてくださいまし。わたくし、ホーさんのメイド姿に興味がありますわ」

「姿に興味持つな! 経緯が別におかしくねーっていう話をしたいんだよ!」

「ホーはロレッタの家に就職するのか? オッタ知ってるぞ。永久就職だな?」

「違うわ! どうして話に尾ひれをつけたがるんだ……」

「話というのは尾ひれがついておもしろおかしく語られてしまうものであります。自分も、話した時はそんなつもりではなかったのに、いつのまにか取り返しのつかない……あんな、あんなはずでは……!」

「……トゥーラはマジで休め」

「しかし、自分はまだ勤めて日が浅いので、休暇をとりにくいような気が……」

「オッタが言ってやろうか?」

「……オッタさんの性格が非常にうらやましいのであります」

「……よくわからない。オッタはなにか、うらやましいのか?」

「物事を誰に対してもはっきり言えるところなど、自分にはない美徳でありますな」

「…………はっきり言いたいなら、はっきり言えばいい」

「それができないという話をしているのでありますが」

「……オッタには難しい」

「オッタさんは自由人ッスからね……」

「そうだな。オッタはもう奴隷じゃない」

「そういう意味じゃないんスけど……」

「……よくわからない。つまり?」

「……ホーさん、よろしくお願いするッス」

「なんであたしなんだ……」

「オッタさんの世話は、ホーさんの担当みたいなとこあるッスから」

「つってもなあ……まあ、アレだ。ほら、性格が自由っていうか、心が自由っていうか、そういうことだよ」

「心が自由? 心は体の中にあるぞ。どこにもいかない」

「そういう意味じゃねーよ。ええと、まあ、その、なんだ。……アレクさんに聞け」

「わかった」

「ホーさんが投げたッス……」

「最初に投げたのあんただからな」

「みなさん、お飲み物の追加などよろしいですかしら?」

「あー、こっち頼むわ」

「わかりました。他にお料理などは?」

「……モリーンさんマジでなんかもう、ウチに嫁に来ないッスか」

「あらあら、なにかよくわかりませんけれど、そんな、わたくしなんか……ああ、トゥーラさん、そんなに暗い顔なさってないで。果物などお召しあがりになられます?」

「モリーンさん……自分は、もう、もう……」

「はいはい、お仕事おつらいでしょうけれど、がんばってくださいまし」

「……うう……お城に戻りたくない……モリーンさんと一緒にいたい……」



 喧々囂々。

 もう、誰がどの言葉を言っているのかさえ、わからなくなりそうだ。


 ……冒険者ギルドに併設された酒場を思い起こさせる。

 複数の人が無節操に話し合う音の波。

 そこかしこで発せられる声は、ガヤガヤという意味をなさない音の波となって、ロレッタの耳朶を打つ。


 よく考えれば、普段、あんまり繁盛しているとは言いがたい『銀の狐亭』が、これほど騒がしいというのも珍しい。

 あとはソフィさえいれば、自分の知る宿泊客は全員集合なのにな――と、どこか的外れな残念さを、ロレッタは感じてしまう。


 そんなことを考えていると。

 コンコン、と遠慮するようなノックの音が響く。


 宿泊客だろうか。

 珍しい。

 全員の声がピタリとやんで、それぞれ、顔を見合わせる。



「はーい」



 厨房の中にいたヨミが、エプロンで手をふきながら小走りで駆けていく。

 そして、扉を開き、誰かを――食堂からではまだ見えない誰かを、出迎えた。



「おや、いらっしゃい。早かったね」



 ヨミのおどろいた声がした。

 話し方からして、知り合いだろうか。


 ほどなくして、ヨミがノックをした人物を連れ、食堂に戻ってくる。

 そして、全員が、おどろいた。


 来客は、金髪碧眼のエルフの女性だった。

 緑色の服装は、葉っぱをつなぎ合わせたエルフの民族服らしい。


 長い耳。

 美しい容姿。

 いずれもエルフの特徴だ。

 しかし、大きすぎる胸が、エルフらしいという感想を口にのぼらせない。


 その人物は、全員の視線を受けて、はにかむように笑った。

 それから、ホーに視線を向けて、言う。



「……お久しぶりです、みなさん」



 恥ずかしそうな声。

 視線を向けられたホーが、おどろいたように立ち上がる。



「ソフィじゃねーか!?」



 エルフの森に帰り、今は政治を取り仕切っているという、女王。

 ソフィ・ベルが宿屋に戻ってきた。

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