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132話

「ママ……」



 ノワは立って、ベッドに横たわる母親を見ていた。

 寝顔はずいぶんと安らかだ。

 先ほどまでうなされていたのだけれど、今はかなり、落ち着いている。


 広いベッドにヨミが一人。

 彼女の体が小さいこともあって、やけに寂しい光景に見えた。


 ……こうして、母を見ると。

 見た目だけならば、自分たちとそう年齢が離れていないようにも見えると、ノワは思う。



「……きっと私と同じことを考えてますねー」



 背後から、声。

 ノワが振り返れば、背後には『片割れ』がいた。


 白い自分。

 ブランだ。



「……ブラン、出られたの」

「お前の『拘束』なんか、時間をかけたらどうにだってなりますよ。……ひどいじゃないですか、いきなり動きを拘束して閉じ込めるなんて。その隙に私が変な人に誘拐されたりしたらどうするんですか。パパが悲しみますよ。パパを悲しませたら殺しますよ。本当に」

「……だってブラン、ママを倒そうとするの」

「私をなんだと思ってるんですか」

「…………危険人物?」

「お馬鹿。この、お馬鹿。いくら私でも弱ったママを倒そうとはしませんよ」

「え、でもさっき『今なら倒せそう』って……」

「みなさんがあんまりにも慌てているので、場を和ませるためのジョークです」

「……」

「だいたい、ママの評価を落としてから倒さないと、パパの心にママがいつまでも残っちゃうじゃないですか。そんなの意味ないですよ」

「…………」



 ノワはなにも言えなかった。

 ただ、自分の姉妹は、自分の想像より危険な人物だなと再確認をした。



「ママはまだ寝こんでいるんですね。……まったく、しっかりしてほしいですよ」

「……ブランはママのこと、けっこう好きなの?」

「パパが選んで、パパを選んだ人を、嫌いなわけないですよ。ただ、邪魔なだけです」

「…………ブランは危ないの」

「お前にはこの情熱はわかりませんよ。もっと想像力を持つべきです。世の中にはそれ以外どうでもよくなるほど熱い気持ちというものがありますからね」

「……わからなくてもいいと思うの」

「まあ、いいですよ。……ノワ、お前のことだから、どうせずっと看病してるんでしょう? このお馬鹿。お前まで倒れたらどうするんですか? ママがいつまで寝こんでるか予想もつかないんですから、体力を温存しながら、休み休み看病するべきですよ」

「……でも」

「第一、問答無用で私を拘束監禁するからいけないんです。私がいたら代われたのに。……まあそれはいいとしても、ホーさんとかモリーンさんとか、代わってくださる方はいらしたでしょうに」

「……でも、お客さんだから。それに、まだママが病気になってからそんなに経ってないし」

「敬語もろくに使えないお馬鹿が、なんで妙なところで気を遣うんですか。このお馬鹿」

「……馬鹿って言い過ぎ」

「だったら馬鹿なことはおやめなさい。……代わりますよ。お前は休みなさい。そもそも、まだお客様がいらっしゃるのに、ママの看病にばっかり集中する方が、お馬鹿です。体力を使うんなら、お掃除とか、お料理とか、ママの姿をじっとながめてる以外にもあるでしょう」

「……お料理はできない」

「お前はそんなんだから人のケガを治すつもりで人を爆散させるんですよ。魔力のコントロール下手すぎです。加減を覚えなさい。日常生活でも、それ以外でも。お風呂番が追加されたのも、お前の魔力コントロールが安定しないからなんですよ。パパの気遣いに感謝しなさい」

「……ブランに言われたくない」

「私は腕力のコントロールできてますよ。できてないのは情熱のコントロールだけです。……まったく、いらいらしますね、このお馬鹿は。大変な時なんだから、姉妹を信じて頼ればいいんですよ」

「……でも、ブランの普段の言動にも問題があると思うの」

「それはお前たちの受け取り方に問題があるのでは?」

「……危険人物」

「お馬鹿」

「……馬鹿じゃないもん」

「ここまで言って、まだ休みもせず、かといってお客様の様子を見ることもせず、ぼんやり意味なくママの寝顔をながめてるだけというのは、弁解の余地もなくお馬鹿だと思いますが、違うでしょうか?」

「…………うー」

「お前が私に口で勝てるわけないんですよ。いいから、ここは任せなさい。休むのが嫌なら、厨房にでも行ってきなさい。においでわかりませんか? 料理をしてくださってますよ、お客様が。お前がぼんやり突っ立ってるあいだにね」

「……」

「もう一度、お馬鹿と言いましょうか?」

「……わかった。行く。ママになんかしたら許さないからね」

「看病以外しませんよ。お前は私の目的を勘違いしてます。私の最終目的は、『ママを倒すこと』じゃありません。パパを奪うことが最終目的です。病気のママにとどめを刺したって意味ないですよ。きちんと、超えてからじゃないと。強さでも、人としても」

「……むー」

「まあ、初恋もまだで、知能も精神もお子様なお前には、わからない話だったでしょうか」

「……ばーか」

「ふふん、負け犬の遠吠えが心地いいですねえ」

「……うー」



 ノワがむずむずと口元を動かす。

 しかし、反論は出てこないようだった。


 そうこうしていると、部屋の扉がノックされる。

 ブランが顎をしゃくった。

 応対しろ、ということだろう。


 悔しかったが……

 ノワはたった今、口で負けたばかりなので、暫定勝者の言うことに従った。


 扉を開けば。

 そこには、トレイに乗せた料理を運ぶ、トゥーラがいた。



「ノワさん、お食事をお持ちしたのであります。……おや、ブランさんも。お話だと倉庫に監禁されているとか聞いたのでありますが……」



 トゥーラが苦笑する。

 それには、ブランが答えた。



「はい。さっき、出ましたよー。ママの看病をしないといけないですからね」

「なるほど。……なるほど? ま、まあ、お母様が倒れていらっしゃると、心配でありますからな」

「はい。とっても心配です」



 ブランがわずかに微笑む。

 ノワは「外面ばっかり」とつぶやいた。


 すねているノワを横目に。

 ブランが、続ける。



「あの、ところで、ノワを、食堂に連れて行ってくれますか? 今までずっと看病してたみたいだから、そろそろ休ませてあげないと」

「そうでありますな。……しかし、自分はこれから、女王陛下のご命令もあるので、ヨミさんの様子を観察させていただかないといけないのでありますが」

「……ご命令ですか?」

「そうであります。ヨミさんの自己治癒に任せれば間違いないとは思うけれど、万が一があるかもしれないということで……自分が聞いた話ではないのでありますが……実際に任務にあたる自分ではなく、オッタさんが聞いた話でありますが……」

「なんだかお疲れですねー……結構。なにかあったら呼びますから、トゥーラさんも食堂でお休みになっていてください」

「しかし自分、先ほど、食堂の空気を悪くしてしまったので、戻りにくく……」

「……わかりました。じゃあ、一緒に看病をしましょう。……ノワは食堂で休んできなさい」

「それがいいでありますな。看病は自分たちが代わるのであります」



 ブランの言葉に、トゥーラが賛同した。

 ノワは、姉妹のことをとてもずるいと思った。

 先ほどまでのやりとりを知らない人を味方につけられたら、断りにくい。


 ノワは不満そうに唇をとがらせて。

 ……反論が、見つからずに。



「わかった……行くの」



 渋々、母のもとを離れると決定した。

 ブランは笑う。

 眠たげな表情からの、かすかな、儚い微笑み。

 けれどノワには、勝ち誇った顔に見える絶妙な表情。



「……まったく、無理をして。このお馬鹿」



 最後にそんなことを言う、ブラン。

 反論できないので、逃げるように部屋の外に足を進める。


 部屋から出る直前、母の方を振り返る。

 まだ、目覚める様子はなかった。

 けれどその寝顔は落ち着いて見えた。


 ……昔、母がこういう症状になった時は、どうだっただろうか。

 ノワが今よりずっと幼かったというのもあるけれど、こうしてまた同じ症状になるまで忘れていたぐらい、記憶に残っていない。


 ということは、長くも重くもなかった、ということだろう。

 そのように前向きな解釈をして、ノワは部屋を出た。

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