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131話

 色々あって。

 料理ができあがった。



「あら、トゥーラさんもいらしてましたのね」



 できあがったものを運びながら、モリーンがその存在に気付く。

 トゥーラはわざわざ立ち上がって、姿勢を正し、礼をした。



「はい。トゥーラ・マカライネン、女王陛下の命を受け、ここに」

「……ええと」

「オッタさんが『ヨミさんの体調が優れない』と陛下へ奏上されまして。陛下が、ヨミさんの様子を見て報告するよう、自分に」

「お医者様を呼ぶというお話は……」

「なんでも、お医者様を呼ぶような症状でなし、しかし目は離さない方がいいと、そのように女王陛下が……命令を下した自分にではなく……自分のいないところで、オッタさんに、説明をされて……」

「……なんだかよくわかりませんけれど、元気を出してください」

「はい……もう……はい……」

「ヨミさんの様子は、もうご覧になられたのですか?」

「ちらりとならば、うかがったのであります。現在はノワさんが様子を見ているようで……食事ができたら、自分がノワさんのもとへ運んで、その足で看病を代わろうかと考えているのであります」

「あら、そうですの? 助かりますわ」

「はい。……モリーンさんと話していると、貴婦人とお話しているようで、安心するでありますな。時間の流れに安らぐと申しますか……」

「あらあら、もったいないお言葉ですわ。でも、そうおっしゃっていただけると、嬉しいですわね。こんな、わたくしなんかが、トゥーラさんに安らぎを与えられるだなんて」

「……自己評価の低さはなんというか、聞いていて胸が痛くなるのでありますが……」

「はい?」

「いえ……あ、ところで、ブランさんはどちらに? 薬の買い付けでありますか?」

「…………」

「モリーンさん?」

「……そういえば、まだ手足を拘束されて倉庫の中でしたわね」

「なぜ!?」

「それはその、わたくしではわかりかねると申しましょうか……詳しい話は、ノワちゃんに」

「は、はあ……では、ブランさんの分のお食事も運ばせていただくのであります」

「それがよろしいですかしら……? けれど、ノワちゃんの魔法による『拘束』ですから、彼女の許しがないことには、解放もままならないですわよ」

「……ブランさんはなにをしたのでありますか?」

「さあ……わたくしには、わかりかねますけれど……」

「……と、とにかく、ノワさんのもとへ運ぶお料理がありましたら、自分が持って行くのであります」

「そうですか、それでは……」



 モリーンがちらりと厨房の方を見る。

 そこには、料理の盛りつけを行っているコリーがいた。

 彼女がトゥーラの視線を受けて、たずねた。



「二人分ッスか? それとも三人分?」

「えっと、ヨミさんは……」

「そっちは別に作ったッスよ。だからえっと、ノワちゃんと、ブランちゃんと、トゥーラさんの分でいいんスかね?」

「そうでありますな。自分もせっかくなのでいただければ……」

「わかったッス」

「しかし急な来訪でありますから、もしかしたら、他の方の分を減らしてしまうのでは……」

「そんな遠慮される程度の分量じゃないッスよ……貴族様のお食事じゃないんスから、一人分一人分、キチッと測って作ってるわけじゃないッス。宿屋でいつも出る、冒険者飯ッスよ」

「そうでありましたか」

「ってアタシがやりましたみたいに言ってしまったッスけど、ほとんどモリーンさんがやったんスけどね」

「ちなみに、なんというメニューなのでありますか?」

「『チャーハン』ッス。あとスープとサラダと、オッタさんの持ってきた果物ッス。果物は結構な量があったんで全員に出しても足りるッスからね」

「いつの間にそんな量を……」

「女王陛下から下賜されたんスよね? 粋な方ッスねえ」

「ま、まあ……その、それはまったく同感でありますが、オッタさんではなく近衛兵である自分に持たせていただくべきな気が……い、いえ。そういえばチャーハンというのは、『銀の狐亭』オリジナルメニューでありますな」

「いや、なんかアレクさんの故郷の食事らしいッスよ」

「ああ、そういえば……異世界の……」

「……まあ、はい。異世界の人なんスよね、そういえば……」

「でありますな。女王陛下は全面的に信じておいでのようでありますが」

「非現実的な存在ッスよねえ、アレクさんは。あそこまで一貫して現実感ない人だと、逆に嘘に思えないっていうか」

「……で、ありますな。しかし、教官どのの修業のかいあって、我々も次第に、教官どののことを、とやかく言えないぐらいに非現実的な存在になってきている気が……」

「……」

「オッタさんが警備兵に見つからず陛下の寝室に入ってきても、特におどろかなくなっている自分が最近、とても嫌でありますな……だって、自分にもできてしまうでありますから……まあその、大丈夫、まだ大丈夫とは、思うのでありますけれど」

「……いや、気をつけた方がいいッスよ。アタシもね、気をつけてるんスけど、なんかもう、最近、言動の端々に、アレクさん風味が出てきている感じがしてるっていうか……」

「……そうでありますか」

「『必要な素材がレベル六十のダンジョンにあって取りに行けない』っていう冒険者のお客さんに、『その程度ならいけるっしょ』とか言ってしまった時には、死にたくなったッス」

「……ええと、どのあたりがおかしな点なのかが、よく……」

「普通の冒険者は、レベル三十程度のダンジョンでうろちょろしてるもんなんスよ」

「………………あっ」

「ヤバイッス。マジでヤバイッス。みんなアレクさんになるッス。基準値壊れるッス」

「じ、自分は、えっと、その、冒険者ではないでありますから……冒険者の基準に疎くてもまだ大丈夫だと……大丈夫だと……」

「自分だけは違うと思わない方がいいッスよ……油断してるとだんだんおかしくなっていくッスよ……市井に出た方がいいッス。『常識』を取り戻すッス」

「……自分は近衛兵でありますから、宿舎なんかも、教官どのの修業を受けた方々と一緒なのでありますが……」

「それ絶対ヤバイッスよ。トゥーラさんが今『常識』だと思ってることの多くが、世間にとっての『非常識』になってるッスよ」

「……やはり休暇をとるべきでありましょうか」

「絶対それがいいッスよ。今度、普通の酒場で、普通の人たちの会話を聞きながら、普通に食事するべきッス」

「……普通……普通とは、なんなのでありましょうか」

「アレクさん時空を身につけ始めてるッスね……戻れるうちに戻った方がいいッスよ」

「…………」



 トゥーラが深刻な顔になった。

 自分自身が、なにかよくわからないイキモノに変貌していく恐怖に気付いてしまったのだ。


 基準だと思っていたものが、基準ではなくなる。

 常識だと思っていたことが、常識ではなかった。

 立ち位置。

 己というものの立つ瀬を見失い、すぐそばにあったはずの日常を異常だと気付いてしまったトゥーラは、わずかに、けれど回復することのない程度、正気を失い、狂気を得た。


 カタカタと体を震わせるトゥーラ。

 彼女に声をかけたのは、今までテーブル席で壁と同化していたホーだった。



「おいトゥーラ、あんま気にすんなよ。……コリーは脅しすぎだ」

「ほ、ホーさん……いつからそこに」

「ずっといたよ。オッタにいじられながらな。それに、この宿にも、ずっといた。……あのな、ちょっとここにいた程度のあんたがアレクさん化するんなら、ずっとここにいるあたしはどうなるんだよ。もう骨の髄までアレクさんじゃねーか。それともあんたには、あたしがアレクさんに見えるのか?」

「……見えないであります」

「だろ? ようするに、気の持ちようだ。……だいたいさあ、専門職についたら、それ以外の人にはわかんねー言葉や言い回しを覚えるのは普通だろ? 近衛兵にとって『警備兵に見つからず陛下の寝室に入る』ってのが普通なら、近衛兵がそういう業界ってだけだ」

「……しかし、一般的ではないであります」

「近衛兵が一般的なもんかよ。貴族でもさらに一握りしかなれねー仕事だろ」

「……それは、そうでありますが……」

「だったら、いいんだよ。自信持てって。ショック受けるより自信もった方が、気分も楽なはずだろ」

「……そう、そうでありますな……ホーさんのお言葉に、感銘を受けたのであります。自分は自分を見失うところでありました」

「いいんだよ。あんたはまだ子供なんだ。困ったら大人を頼れ」

「ホーさん……」

「ふふん」

「そのご意見は非常にありがたいのでありますが、困っても大人を頼れない場合というのは非常に多いのであります」

「え」

「我々は近衛兵でありますから、女王陛下をはじめ、要人の方々の警備の際に、違う部署の憲兵の指揮権を貸与されることもあるのでありますが、そういう時に、我らが女子供という理由で、言うことをきかなかったりする大人は、非常に多いのであります」

「……あ、うん」

「そういう現場を見ていると、大人だから頼れる、子供だから頼れないと決めつけるのは早計だと、そういう思いを禁じ得ないのであります」

「は、はい」

「ホーさんのお言葉には非常に感銘を受けたのでありますが、大人だとか、子供だとか、そういう分類をされてしまうと、自分は、こう、ふつふつと、心の奥からなにかがわき上がるのを禁じ得ないと申しますか……ホーさんに申し上げても仕方ないことでありますが」

「……え、ええと。ごめんなさい」

「……いえ、ホーさんはなにも悪くないのであります。でも……でも……仕事が……仕事がつらくて……! どうして宮仕えはこう、年齢や家柄や、性別ばかりが……! だいたい、この国は女王陛下を冠しているというのに……!」

「ごめん……ごめんって……もうゆるして……ゆるしてよお……」



 トゥーラは休暇をとった方がよさそうだと、周囲にいた人々は強く感じた。

 理想を抱いた職場で現実に打ちのめされていく少女の未来を誰しもが憂えたのだ。


 取りなすように。

 ロレッタが言う。



「トゥーラさん、ノワちゃんにお食事を運んではくれまいか」

「……あ、ああ……失礼したのであります。ホーさんはなにも悪くないのであります……それなのに自分は……」

「……あまり、自分を責めたり、色々ためこんだりしない方がいい」

「…………お気遣いただき、申し訳ないのであります」

「あと、今度、休暇をとって、羽目を外した方がいい」

「そうでありますな……また教官とお話したいのであります。あの、頭がぼうっとして、なにをさせられているかわからない、不思議な会話をしたいのであります……なにも考えられなくなるような……なにも、もう、なにも、考えたくない……」

「休め……休むのだ……」

「……で、では自分は、ノワさんのところへ。女王陛下のご命令を遂行しなければ」

「ああ、その、職務にまじめなのも、ほどほどに……」

「はい。では」



 トゥーラは食事をのせたトレイを受け取り、食堂を出て行く。

 しばし沈黙。

 そのあいだ、オッタが、怖がるホーの頭をずっとなでていた。

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