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130話

『銀の狐亭』食堂。

 モリーンとコリーが調理のため厨房へ消えて、しばらく経ったころ。


 オッタが帰ってきた。

 医者を求めて女王のもとへ向かったはずの彼女だが――

 連れてきたのは、医者ではなかった。



「あの、自分はなぜ宿に呼ばれたのでありましょうか?」



 戸惑うようにそう言うのは、黒髪黒目の、幼い少女だ。

 種族は人間。

 まだ成人前ではあるが、白銀の鎧に身を包み、見事な意匠の剣を腰に差した姿には、堂々たる威風があった。


 それもそのはず。

 彼女は近衛兵と呼ばれる、女王陛下の側近であり、要人警護の専門家なのだ。


 名前をトゥーラ・マカライネン。

 この宿で修業をし近衛兵になった、ロレッタやモリーンの少しあとに来た少女である。


 トゥーラは状況をわかっていない様子だ。

 役割を得たロレッタは、トゥーラを手招きして隣に座らせると、状況の説明を開始する。



「実はだな、信じていただけるかどうかわからないのだが……ヨミさんが病気にかかってしまわれたのだ」

「あ、はい、それはすでに……教官どのの奥様ということで、どのようなモンスターなのかと思っていたのでありますが、ヨミさんは普通の人だったのでありますな」

「普通の人かどうかは置いておいて、ヨミさんがかかる病というのは尋常なはずがない。そこで、ヨミさん本人は『医者はいい』という書き置きを残していたのだが、心配したオッタさんが女王陛下にお医者様を紹介していただくべく、王宮に走ったのだ」

「なるほど。女王陛下とヨミさんは、なにやら懇意にされているようでありますからな。そのヨミさんがご病気と知られれば、御典医を遣わすぐらいは、やっていただけるでありましょうな」

「そして、そのオッタさんが連れ帰ってきたのが、あなただ」

「……なるほど」

「実はトゥーラさんは、お医者様だったのか?」

「…………いえ、その、別に医者ではないのでありますが……もちろん、近衛兵でありますから一通りの応急処置などは、訓練で行っているのでありますが……医療と呼べるほどたいそうな技術は持ち合わせていないと申し上げますか……」

「……では、なぜいらしたのだ?」

「それは自分が知りたいのであります」

「…………ええと、ここには、女王陛下のご命令で?」

「それはもちろん、勤務中でありますので……女王陛下のご下命がなければ、自分は陛下のもとを離れられないのであります」

「女王陛下は、オッタさんからの説明をうけて、どのようなお言葉を?」

「『ヨミちゃんが弱ってるとか、できたらあたくしが直接見たいんだけどお、ちょっと忙しいから代わりに行って、様子をまとめて報告なさあい?』と」

「……女王陛下はそのような話し方をされるのか。民衆の前で演説をされる時とあまりに違うというか」

「自分のものまねは女王陛下ご自身にもお褒めにあずかっているのであります。再現度は高いものと自負しているのであります」

「そ、そうか……ええと、それで、医者などは……」

「特には」

「……な、なるほど」

「…………あの、自分はなぜ、ここに遣わされたのでありましょうか」

「うむ、その、なんだ。あなたから聞いた話をまとめると、病気のヨミさんの様子を観察し、女王陛下に上奏するためだと思われる」

「……なんの意味があるのでありましょうか」

「…………さあ?」

「……」

「…………」

「……朝食は召し上がられるか?」

「…………そうでありますな。一応、いただいた命令には従うので、その前に一度ヨミさんの様子を拝見するのでありますが……命令は絶対であります……いかに意味不明でも……」

「近衛兵というのも大変なのだな……」

「……同情をしないでいただきたいのであります。最近、自分も、現実と理想との差異に悩まされ、時には悶々として眠れぬ夜などもあるので……今同情されてしまうと……」

「そ、そうか……すまなかった」

「いえ」

「…………」

「………………」



 間が持たない。

 ロレッタは思う。ひどい空気だ、と。


 しかし、女王はヨミの症状を聞いてなお、医者を遣わしてはくれなかった。

 懇意にしているということだし、意地悪ということでもないだろうが……


 ロレッタは、オッタの方を見る。

 彼女はホーの髪の毛をつんつんとつつき、ホーに「くすぐったいからやめろ」と言われているところだった。


 ……なにをしてるんだろう、あの人。

 ロレッタは疑問を覚えつつも、オッタへ話しかける。



「あの、オッタさん、お忙しいところ申し訳ないのだが、少しよろしいだろうか?」

「なんだ。オッタは別に忙しくないぞ」

「女王陛下には、どのように上奏されたのだ?」

「ヨミが病気で大変だ。起き上がれないって言った」

「それで、トゥーラさんを連れて来ることに? ……お医者様の手配などは」

「別になんも言わなかった。オッタは納得しなかったから、食い下がった」

「おお……女王陛下の決定に食い下がるとは、やるな」

「だってあいつ、おかしい。ヨミが病気だって言ってるのに、すごい楽しそうだった。ルクレチアはだいたいいつも楽しそうだけど」

「……一応、この宿ではいいが、他の場所で女王陛下を『あいつおかしい』などと言わない方がいいぞ。あと、呼び捨てもな」

「でも、オッタは、ルクレチアに呼び捨てでいいって言われた。それに、遠慮するなって」

「まあそれは、お二人のあいだにどのような会話があったかは知らないのだが……人が聞いたら顔をしかめると思うので、外ではな」

「……なるほど、わかったぞ。えっと……社会通念だな」

「まあ、そのようなものだ。それで、食い下がった結果、どうだったのだ?」

「ルクレチア……えっと、女王のやつが言ったことは……」

「『女王のやつ』という呼び方は全然まったくなにも改善されていない……あと、この宿の中であれば、呼び捨てても大丈夫だ」

「そうか? 難しいな……えっと、ルクレチアがアレクたちに助けられた時も、ヨミはこういう感じになったみたいだ。その時も放っておいたら治ったらしい。っていうかアレクに『医者では無理だから自己治癒に任せてほしい』って言われたらしい」

「……あの人は妻に対してもかなり厳しい……というか、まあ、そうか。そうかもしれないな。下手に外側からどうにかするより、ヨミさんご自身に任せた方が回復の見込みが強いというのは、ありえそうだ」

「だから、医者はいらないって。ただ、『万が一』があるかもしれないから目を離さないようにはするのがいいって、ルクレチアが言ってた。それでトゥーラを連れてきた」

「なるほど」



 ロレッタがうなずく。

 その正面で、トゥーラがおどろいた顔をしていた。



「……あの、自分はそこまで詳細な説明を受けていないのでありますが」

「トゥーラは出かける支度してたからな」

「なんで実際に役割を仰せつかった自分よりも、オッタさんの方が詳しく話をされているのでありましょうか……」

「ルクレチアは同じ話二回するの嫌いなやつだ。よくわかる。オッタも同じ話二回するの嫌いだ。一回目と内容変わる」

「それは『嫌い』とは違うような……あの、女王陛下は他になにかおっしゃっていなかったでありますか? 自分のいないところで」

「トゥーラは頭固いから困るって言ってたぞ」

「えっ……それは、その、そういう話を聞く心の準備ができておらず、どう申し上げていいかわからないというか……そ、そうではなく、今回、自分が受けた『ヨミさんの観察』という任務について、他に」

「知らない」

「……なにもおっしゃっておられなかったのでありますな?」

「たぶん。なんか言おうとしてた気がしたけど、果物おいしそうだったから、オッタは果物ほしいっていう話をした」

「…………お仕事つらい…………大事な話が入ってこない……」

「どうしたトゥーラ? ルクレチアがくれた果物食べるか?」

「持ってきていたのでありますか……」

「ヨミのためにもらってきたからな」

「……ああ、なるほど」

「でも、トゥーラがほしいっていうなら、あげるぞ。オッタはトゥーラが嫌いじゃない」

「お気遣いありがとうであります。……しかし、それはヨミさんへ」

「そうか? さっき保管庫に入れてきたから、そろそろ冷たくて美味しいと思う」

「……なんというか、オッタさんは行動がいちいち人の間隙を突いているのでありますな」

「つまり?」

「お話のたびにびっくりするのであります」

「オッタはびっくりか。トゥーラはびっくり、嫌いか?」

「い、いえ……まあ、その……できればあんまり、仕事の関係でびっくりしたくはないでありますな」

「そうか。気をつける」

「……ところで、女王陛下は自分について、なにか他におっしゃってはいなかったでありますか? 『頭が固くて困る』以外に……」

「言ってた気がする」

「なんと?」

「でも、オッタはおっぱいの話しか興味ないからな……興味ない話はあんま覚えてない」

「なぜぇ!?」

「おっぱいは、いいぞ。エンもソフィも、いいものを持ってた。ルクレチアも、柔らかい。ロレッタがソフィぐらいあったら、エンより好きになるかもしれない。あとコリーはあんまり触らせてくれない。悲しい」

「あの、その話は、自分にはどうでもいいのでありますが……」

「あ、そうだ。トゥーラは二年後に期待できるっていう結論になったぞ」

「女王陛下とどういう話をされているのでありますか!?」

「大きくする方法とか、かたちを維持する方法とか、食べるといいものとか、そういう」

「……なんだか女性と話している気分ではなくなってきたのであります」

「オッタは男じゃないぞ?」

「それは見たらわかるでありますが……あの、もっと、性格とか、そういう方面のお話は」

「頭が固くて困る」

「……他にはないのでありましょうか……」

「……………………」

「…………」

「……おっぱいの話に戻ってもいいか?」

「もうやだ……」



 トゥーラはこの世の絶望をすべて背負ったかのような、疲れ果てた顔になった。

 まだ幼いのにかわいそうだ、とロレッタは心の底から同情した。

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