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13話

 かくして、ロレッタ最後の修行が始まる。


「じゃあ、今から始めますので、ご自由にどうぞ」




 軽い調子だった。

 アレクはあくまでも次の修行内容を伝えに来ただけらしく、部屋を出て行こうとする。



 ロレッタは。

 きびすを返す彼の背中に、声をかけた。



「待ってくれ。今、試しに、一撃を入れてみたい」



 アレクは振り返った。



「あの、奇襲でもかまわなかったんですけど」

「そうは言うが、武装もしていない相手の背中にいきなり斬りかかるなど、私にはできない」

「……まあ、奇襲も正々堂々も結果はあんまり変わらないですし、やりやすい方でかまいません」

「必要なら奇襲も考えるが……まずは一撃だ。あなたの修行で私がどれほど強くなったのか、宿に来た日に試した技を、今一度、あなたに当ててみたい」

「なるほど。確かに、今のあなたのあの技でしたら、可能性はあるかもしれませんね。あれは俺も回避しようと思っていますし」

「……回避とかするのか」

「どうにも、わざと喰らってもレベルは上がらないみたいなので、それなりに本気で回避や防御もしますよ。それでもなるべく油断するように努めますが……」



 ロレッタは『油断するように努める』という彼の表現に、おかしさを感じる。

 わざとでもいけない。

 本気でいけない。

 普段は考えの読めない彼の葛藤が、その一言からは見えたような気がした。


 ロレッタは深く息をつく。

 そして、腰に刷いた剣の柄に、手を添えた。



「では――」

「あ、待ってください。セーブをしていただかないと」

「……そういえば、反撃するのだったな」

「はい。一応、攻撃された瞬間にこちらも臨戦態勢に入りますので、そのつもりで」

「わかった。鎧は脱いでおこう。修行が終わるころには跡形もなくなっていそうだからな」

「死ぬことに抵抗がなくなっていますね。いい傾向です」

「あなたのお陰だ」



 ロレッタは鎧を脱ぐ。

 アレクは、右手をかざして、セーブポイントを出現させた。



 暗い部屋の中。

 ふよふよと漂う球体――セーブポイントの淡い光だけが、あたりを照らす。



「セーブします」

「セーブする」



 儀式は終わり、死ねる状態になった。

 ロレッタはあらためて、アレクを間合いに入れ、剣の柄に右手を添える。

 彼は動こうともしない。

 本当に、攻撃をされるまでは臨戦態勢に入らないつもりのようだ。



 それを好機だとは、ロレッタにはもう思えなかった。

 彼は油断していても充分に強い。

 たった一撃当てるだけでレベルが五十も上がる修行を、今日までしてこなかった理由もわかる。



 当時の自分では、どうがんばっても、彼に有効打を与えられる可能性が皆無だったのだ。

 そうロレッタは判断していた。


 今、強くなった。

 頑丈になり、持久力もついた。

 腕力も上がったし、ダンジョン内での戦いで、脚力もずいぶんついた気がする。

 それに、戦いというものに対して、以前より深い理解をしている。


 死ぬ気で――いや、死にながら努力した成果だ。

 その努力に実を結ばせ、師匠であるアレクに報いるためにも――




「今度は軌道を明かさない。……今の私の本気、見てもらおうか」




 剣を抜き放つ。

 一撃は神速。

 軌跡に残る光の筋だけが、その剣の軌道を視認させてくれる。


 狙いは首。

 容赦のない、殺すつもりの剣だ。

 それはアレクという人物の強さに対する信頼の表れだった。


 そして。

 瞬きほどの時間もかからないその必殺の剣を――

 アレクは、身を軽くかがめて、かわした。



 瞬間。

 ロレッタはとてつもない怖気を感じた。



 反射的ですらない。

 本能的に、部屋の端まで跳びずさる。



 たったそれだけの動作で息があがり、ドッと汗が噴き出す。

 ……運動による発熱での汗ではない。

 恐怖による、冷や汗だ。



 ロレッタは視線をアレクへ向ける。

 彼は、今までロレッタの顔があった位置へ、右拳を突き出していた。

 ……あのまま立っていれば、頭部が弾けてロードやりなおしだっただろう。

 アレクはおどろいた顔をする。



「今の、よく避けましたね」

「アレクさん、女性の顔を殴るのに抵抗があるのではなかったのか?」

「臨戦態勢ですからね。相手の性別や種族なんか気にしてる余裕はありませんよ」

「なるほど。……改めて、本気というわけか」

「そうじゃないと訓練になりませんから。――さあ、死ぬ気でどうぞ。俺も、殺す気でいきます」



 アレクの言葉を聞いて。

 ロレッタは、笑った。


 高揚の笑みではない。

 もちろん、面白くて笑ったわけでもない。



 笑うしかなかった。

 改めて彼女は思う。


 ――とんでもない宿屋に来てしまったな、と。

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